#71 Longing for the moon, yearning for it.

 ――B-side. ▷▷▶ 魔王。


 ひゅうう、と風の音がする。


 ばさんばさん、と羽ばたく音がする。


 その音に合わせて、なんだか地面が揺れている気がする。


 それに加えて、肌に触れる風がとても冷たい。


 そんなことを思いながら、わたしはまぶたを開く。

 

 仰向けで寝ている視界には、真っ黒い雲が広がっていた。

 いつの間にか、疑似太陽が沈んでしまっている。

 あれから随分と時間が経ってしまったみたい。


 ……あれから……?

 

 そういえば、ロキはどうなった……?

 奈落ちゃんは……!?

 

 わたしが勢いよく上体を起こすと、となりで「あひゃ」と声がした。

 声の主は銀色の髪を冷たい風になびかせながら、うつ伏せの状態で両手足を伸ばして、虫みたいに地面に引っ付いている。

 顔も地面にくっつけたままで、ピクリとも動かない。

 間違いなく奈落ちゃんだ。


 いったい何をしてるんだろ。


 奈落ちゃんはそのままの態勢で、わたしが目を覚ましたことを喜んでくれている。

 どうやらロキに魔縄で縛られて、意識を失っていたらしい。

 あの時はわたしの魔法が全く効かなくて、作った剣も通らなくて、咄嗟とっさに奈落ちゃんを突き飛ばしてしまった。

 でも、まさか魔縄を使ってくるなんて。


 そのあと、奈落ちゃんはなんやかんやあって勇者のつるぎで倒したって言ってるけど、そのなんやかんやがとても気になる。

 今は背中に背負っている勇者のつるぎ。

 どこで見つけたのか聞くと、「剣の方から来てくれた」だって。

 

 なんだかいろいろとハテナがいっぱい。


 そもそも、ここはどこなんだろう。


 ふと疑問がよぎって、辺りを見回す。

 そしてその疑問はすぐに解決した。


 見渡す限り、真っ暗な空。

 そういえば、雲がとても近い。


 そうか、ここは空の上。


 真っ黒い大きな翼が羽ばたいて、地面が上下に揺れる。

 

 わたしたちは、邪竜のおじいちゃんの背に乗ってるんだ。


 奈落ちゃんはわたしのすぐ隣で、今もうつ伏せになったまま引っ付いている。

 ああそっか。

 そういえば、高いところが苦手だったんだっけ。

 本当に、いつも可愛いんだから。

 

 どういう成り行きで背中に乗せてもらっているのかは分からないけれど、とりあえずおじいちゃんにお礼を言ってみる。


 おじいちゃんは、「ぼっぴんちゃんとちい子ちゃんを乗せられるなら本望」って言ってる。

 ぼっぴんちゃんとちい子ちゃんて、なんのこと?


 体じゅう串刺しにされていたし、今も傷だらけだけど大丈夫なのかな。

 すっごく痛そう。

 傷跡をさすってみたけど、おじいちゃんは「たまらん!」って言いながら大笑いしてる。

 とりあえず元気みたいで一安心。


 奈落ちゃんは大丈夫だったのかな。

 ケガ、してないかな。

 一応、本人に聞いたら「無傷のパーフェクトゲーム」だそう。


 ……あやしい。


 わたしが奈落ちゃんに触れると、「ひゃあ!」と声を上げて距離を置いてしまった。

 うつ伏せのままカサカサと。


 奈落ちゃんから焦りの感情が伝わる。

 きっとうつ伏せなのも、高いところが苦手だからじゃない。

 傷を隠すためだ。

 わたしに心配させないように。


 眠っている間、わたしは夢を見ていた気がする。

 暗闇のなかに、わたしと奈落ちゃんだけがいる夢。

 そこでわたしはどんどん暗闇にのまれて行って、奈落ちゃんは輝きを放ちながら一生懸命わたしを追いかける。

 まるで、暗闇を照らす月のように。

 そしてわたしがすがるように伸ばした手を掴むと、闇から引きずり出してくれた。

 そんな夢だった。

 

 現実でも、きっと同じ様なことが起こっていたのかもしれない。

 傷だらけになりながら、わたしを助けてくれたのかもしれない。


 わたしは一言、「救ってくれてありがとう」と告げた。


 奈落ちゃんは、「友達なんだから当たり前です」と、うつ伏せのまま呟いた。

 


『――魔王さんを支えられるように。……私、頑張りますね!』


『――ありがとうございます魔王さん。私、やってみます!』


『――良いですね、やりましょう魔王さん!』

 


 わたしは奈落ちゃんに助けてもらってばっかりだ。

 ううん、わたしだけじゃない。

 奈落に来て、どれだけの人を救っているだろう。

 わたしもこんな風になりたい。

 なれなくてもせめて、いつかお返しをしたい。


 羽ばたく音に混じって、おじいちゃんの笑い声が鼓膜に触れた。

 奈落ちゃんに向かって、「あれは言わんでええのか?」と聞いている。


 なんのことだろう。


 すると奈落ちゃんが小刻みに震えだし、しばらく間を置いた後、早口で喋り始めた。

 もしかしたら余計なお世話かも、とか。

 いらなければいらないって言って欲しい、とか。

 とにかく前置きがすごい。

 何を言おうとしているのか、想像もつかない。

 わたしが「大丈夫だよ、どうしたの」と笑うと、深呼吸して話し始めた。

 

 奈落ちゃんは、わたしの名前を考えてくれたらしい。


 わたしに名前が無いことを、ラティちゃんとレトちゃんの二人から聞いたみたい。

 そして考えてくれたのは、わたしがよく『友達なら名前で呼び合うもの』って言ってるからかも。

 

 最初はみんなで考えたんだけど、全然まとまらず。

 だけど、さっき泉で思いついたそう。


 それは、『星』を意味する名前だった。


 奈落ちゃんはわたしの事を太陽みたいな人だって言ってくれた。

 でも太陽は、大好きな月と巡り合うことは決してない。

 だから『星』。

 『星』なら、月といつでも一緒。

 いつもとなりで、一緒に輝ける。


 すごく素敵な名前だった。


 なにより、わたしのために考えてくれたことが嬉しかった。


 わたしは少し距離を空けた奈落ちゃんのとなりに行く。


 そして、嬉しさのあまり抱き着いた。

 


「奈落ちゃん、すごく嬉しいよ! ありがとう!」


 

 わたしは月に焦がれて憧れる『星』。

 これからもずっと一緒に、となりで輝き続ける。

 

 そう、わたしの名前は――。



 ――――――#71 Longing for the moon, yearn『 ス テ ラ 』ing for it.






 

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