#67 それでも私は諦めない。

 ――業務連絡ッ!


 私たちはロキに騙されて、この泉におびき出されたようです。

 狙いは器がどうとか……よく分かりません。

 とにかく、今は――。


「邪竜のおじいちゃんを助けよう、奈落ちゃん!」

「はい!」


 邪竜はロキの出す黒い針みたいなもので串刺しにされて、今はぐったりしている。

 泉は大量の血で赤く染まっていた。


 邪竜の状態が気になるけど、とにかく今はロキを追い返そう。

 この人はやばい。


 私は腰に手をかける。

 ……が、そこにあるはずの物は無かった。


「探し物はこれかい?」


 ロキが両手を差し出す。

 そこには私が持っていた筈の金槌と角笛があった。


 どうして!

 いつの間に!?


 ロキは肩を揺らしながら静かに笑うと、両手から黒い球体を作り出し、その球体が小さくなって消えていくと同時に、金槌と角笛も消滅した。


金槌ミョルニル角笛ギャラルホルンも、元の持ち主に返させてもらったよ。……それにしても、あの従順だったカラス共が、まさか神具を盗み出すなんて驚きだなあ」


 フギンさん。

 ムニンさん。

 

「奈落の監視者を放棄して、人形の味方をするなんて。馬鹿なやつらだ。ふふふ」

「あ……あの二人は、どうなるんですか……?」

「使い魔の分際で神に背いたんだ。どうなるかなんて、想像つくでしょ?」

 

 ……!!



『――あなた達には友達になってもらいます! いいですね!?』

『――……ふ、そうか。それは楽しみだ』

『――丸焦げちゃん、決闘楽しみにしてるね! キャハ♪』



 …………ッ!!


「奈落ちゃん!」


 魔王さんの声と共に飛んで来た物を、私は片手で受け取る。


 これは、剣……?


 でも普通の剣じゃない。

 透明で、まるで水で出来ているような……。


「レッスン3! 性質変化の応用だよ!」

 

 なるほど。

 水を性質変化させて、剣の形にとどめることで武器を作ったんだ。


「わたしは諦めないよ! 邪竜ちゃんも、フギンちゃんも、ムニンちゃんも! 救えるならみんな救う!」


 うん、そうだ。

 フギンさんもムニンさんも、まだどうなるかなんて分からない。


 私は、水の剣を構えた。


 ロキは両手を広げて、芝居がかった所作と笑みを浮かべる。


「ニーズヘッグを救う、ねえ。いいじゃないか。ま、もう死んでるかもしれないけど」


 ……こいつ!!


 魔王さんが両手をかざして火球を放った。

 青い火球はロキへまっすぐに飛び、着弾と同時に大きな爆発を起こす。


 その瞬間、私は走り出す。

 距離を詰めて一撃を放つ。


 爆発の煙で影しか見えない。

 でもその影に向かって水の剣を振りぬく。


 ……が、私の剣はびくともしない。

 振りぬけない。

 思い切り力を込めているのに。


 煙が立ち消え、ロキの姿が露わになる。

 私の剣は、人差し指一本で止められていた。

 

 ……!!


「弱くなったね、君。これじゃ無理だよ、誰も救えない」


 びくともしない!!

 どうして!!


「まあ君も用済みだし、ここまで器を連れてきてくれたお礼も兼ねて、カラスたちと同じ場所へ連れて行ってあげる」


 ロキの黄金の瞳が光った。

 同時に足元が輝き、黒い針が出現する。

 


「――奈落ちゃん!!」


 

 黒い針が地面から現れて、邪竜のように串刺しにされる瞬間!

 横から突き飛ばされて、ごろごろと地面を転がった。


 私はすぐに顔を上げ、起き上がり、叫ぶ。


「魔王さん!!」


 魔王さんは私の代わりに串刺しに……されてはいなかった。

 黒い針は形状を変え、まるで縄のように彼女の体を縛り上げている。

 黒い光を放ちながら、宙に浮いている。


「あっぶないなあ。大事な器を穴だらけにするところだったよ」


 でも魔王さんは目を瞑り、意識がない。

 黒い縄、禍々しいオーラ。

 まるで、あれは……。


「これは魔縄だよ。縛られたことのある君なら当然知ってるでしょ? 僕ね、魔縄を作り出すことが出来るんだ。それだけで君たちに勝ち目がないの、分かるでしょ?」


 魔縄を、作り出せる……?


 魔縄の恐ろしさは当然知ってる。

 奈落で何度も味わった。

 そして、縛られてしまえば、もう自分では対処出来ない。

 

 それを、あんな簡単に作り出せる……?


 そんなの、勝てるわけ……。


「あーあ。戦意喪失しちゃった? ま、器も大人しくなったし結果オーライかな? それじゃ、さよなら」


 ロキは背を向け泉の中央、世界樹の根へと歩き出す。

 縛られ苦しい表情の魔王さんを連れて。



 ……。



 ……勝てるわけ、ないけど……。



 ……それでも……!!



「待ってください!!」


 ロキは、振り向くことなく立ち止まる。


「魔王さんを……どうするつもりなんですか!!」


「……僕は世界の終わりに乗じて、世界のへんかんを起こす。これはそのために必要な器なんだよ」


 なんなのよ……!

 魔王さんのことを器、器って……!

 

 魔王さんは……。

 魔王さんのやろうとしてることは……!!



『――それなら、わたしたちで作らない!?』

『――わたしたちにとって平和な世界! 人間と魔族が友達になれる世界!』

 


「……なんなんですか、本当に……! 器だの、世界の終わりだの……訳の分からないことをずっと、ずっと……!! そんなことの為に、私の友達を巻き込まないで下さい!!」


「そんなことの為……?」


「私と魔王さんにはやりたいことがあるんです! あなたなんかに魔王さんは奪わせない! 絶対に救います!!」


「くくくく……ははははは……」


 ロキは、額に手を当て不気味に笑っている。

 そして、意識の無い魔王さんに向けて小さく呟いた。


「よかったね。あのとき誰も助けに来なかった哀れな王に、彼女は救いの手を差し伸べてくれるみたい」


 わざとらしく胸に手を当て、仰々しく天を仰ぐ。


「嗚呼、勇者。君は変わったね。本当に変わってしまった。哀れだが、それも面白い」


 そして私に視線を下ろすと、禍々しい笑みを浮かべた。


「僕を倒さなければ、君の大事なこの器は、役目を果たして消滅するだろう。さあ、見せてくれ。勇者が魔王を救う姿を。善が悪を救う物語を」





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