#66 邪悪なるディアブロ。

 ――業務連絡ッ!

 

 ふべる……。

 

 目的地の泉で、最凶の邪竜に会いました!

 

 とは言っても、なんだか泉の中央で世界樹の根を夢中でかじってるんだけど。

 こっちが必死に手を振っても、呼びかけても、ぜんぜん反応がない。


 おーい。


「しょうがないなあ」


 魔王さんがポツリと呟くと、両手を天にかざした。

 掌に魔力が集まっていく。


 ……魔王さん?


 ――ボガアァァァァァン!!


 ええええ!

 問答無用で爆裂させた!?

 ちょっと魔王さん!?


 煙立ち込める中、ギラリと赤い瞳がこちらへ向かって光を放った。


 ひい!

 ぜったい怒ってる!


「邪竜ちゃん! 会いに来たよ! 素材ちょうだい!」


 邪竜ちゃんて。

 なんてフレンドリー。

 爆裂させておいて。

 そういうとこ好きです。

 

 邪竜は目を細めてこちらを睨みつけると、ゆっくりこちらへ近づいてくる。

 その巨体が一歩踏み出すごとに、ジャバジャバと泉は大きく波打った。

 

 泉と言っても、ずいぶん浅いみたい。

 たぶん私達が入っても、腰が浸かるくらいしかない。

 

 邪竜が赤く大きな瞳で不機嫌そうに私たちを見下ろすと、ゆっくり口を開く。


「んん? なんじゃお主らは?」


 あれ。

 意外と怒ってない?


「約束した勇者と魔王だよ! ちゃんと二人で来たよ! 素材ちょうだい!」


 邪竜は、魔王さんの言葉に首を傾げている。


 ん?

 なんだなんだ?


「はて? そんな約束したかのう? まあボインのべっぴんちゃんの頼みとあらば、なんでもあげちゃうがのう! ウオッホッホッホ!」


 ぼいん?

 なんかすごい陽気だなあ。

 最凶でも邪竜でもない。


「えー! 忘れちゃったの、おじいちゃん? たしか死者の爪っていう素材だったと思うけど?」


 ああもう、おじいちゃんて呼んじゃってる。

 魔王さん。

 そういうとこ好きです。


「死者の爪かあ! ようし、ぼっぴんちゃんの頼みならすぐにあげちゃうぞい! ウオッホッホッホ! てゆーか死者の爪ってなに?」


 おーい!

 おじいちゃん!

 もしかして忘れちゃったのかなあ?

 たしかに約束の期日は大幅に過ぎちゃったけど。

 てゆーかなんだ、ぼっぴんちゃんて。


 これはアレだ。

 案内人さん!

 へるぷ!


「……あのー、ラタトスク。邪竜さん、約束忘れちゃってるみたいなんですけど。なんとかしてもらえますか?」


 ラタトスクは、私の問いかけにも不敵な笑みを浮かべたまま動こうとしない。


 逆に、邪竜が反応を示した。


「ラタトスク、じゃと? ちんちくりんのカワイ子ちゃんや。ラタトスクは儂の友じゃが、そこのリスはラタトスクではないぞい」

「え!?」


 声を上げ、私と魔王さんが同時に振り返る。

 が、そこにはもうラタトスクの姿は無かった。


「うーん。さすがにニーズヘッグは騙せないか。ふふふ」


 いつの間にか邪竜のすぐ横へ移動していた。

 そしてその言葉の後、ラタトスクの体を光がつつみ、別の姿へと形を変えた。


 その姿は、紫色の長髪に煌びやかな衣装を身に纏った人間の姿。


 やっぱりラタトスクじゃなかったのね!

 誰よこの人!

 

「ふむう。やはりお主じゃったか、ロキ」

「久しぶりだね、ニーズヘッグ」

 

 むむむ。

 なんていうかこのロキっていう人、只者じゃない雰囲気が漂っている。

 魔王さんも、険しい顔で凝視しているし。


「……気を付けて奈落ちゃん。この人……わたしたちを奈落に封印した人!!」


 ええ!?

 そうなの!?

 センシさんたちじゃなかったの!?

 で、誰なのこの人!?

 

「ふふふ。そう警戒しないで。言ってるだろう、僕は世界で唯一、君の味方だって」


 ロキが、魔王さんに向かって不気味に笑う。

 

 奈落に封印しておいて、なにが味方だあ!

 そもそも世界で唯一の味方あ?

 魔王さんの味方なんて、もっといるわあ!

 

「で、お主はいったい何しに来たんじゃ? カワイ子ちゃんたちをここへ連れてきて、なにを企んでおる?」

 

「『――十三の刻が十三廻訪れた時、ムスペル族が世界を焼き尽くす』……予言の示す百六十九年後の今、いよいよ世界の滅亡が訪れようとしている」


 予言?

 世界の滅亡?

 相変わらずこの元リスは、よく分からないことを。


「そして僕の目的は器の回収。あの世界樹の根をつたって、長いあいだ守り抜いたこの器を世界の中心へ持っていく」


 器の回収?

 うーん、本当にずっと分からない。


「本当はラタトスクに持ってきてもらう予定だったんだけど、アイツ使えないからさ。結局、僕が迎えに行くことにしたんだ」

「ほう? それでダシにされた儂の友人はいま何処に?」

「さあ? どっかで死んでんじゃない?」

「笑えない冗談じゃな小童こわっぱ


 空気が重く、振動する。

 ぴん、と張り詰めている。

 

「安心して。もうアンタも用済みだからさ。そこをどくか、リスと同じ場所へ行くか選んでよ?」


 ロキは相変わらず不敵な笑みを浮かべている。

 同様に、邪竜も大口を開けて笑っていた。

 

「ウァッハッハッハ!……舐めるなよ。神族気取りの出来損ないが」

 

 邪竜は腕を大きく振り上げ、そのままロキへ向かって振り下ろした。


 激しい音と衝撃。

 大量の血痕が飛び散り、地面は地割れのように亀裂が入る。


 ロキは大きな拳に潰され、一瞬で決着。……したかに見えた。


 しかし、邪竜の拳から突き出た一本の巨大な黒い針。

 魔法陣のように黒く輝く地面から出現したその針は、拳を貫通し、大量の血が噴き出している。


 針によって持ち上げられた拳の下から、全身血まみれのロキが、涼しい顔で姿を現す。

 その血は、すべて邪竜のもの。

 ロキは無傷だった。


「残念でした」


 冷たく言い放ったその言葉と共に、邪竜の足元が広範囲に輝く。

 その瞬間、地面から無数の黒い針が出現し、邪竜の体を、翼を、喉元を、串刺しにした。


「……ぐ……が……おぬ……し……」


 言葉と共に、邪竜から大量の血が吹き出る。

 

「舐めてたのはアンタの方だったね。能ある鷹は爪を隠す……ほら、君の友達にもいるでしょ?……って、ありゃ鷲か」


 ロキは邪竜を見上げる。

 赤い瞳は死んでいない。

 それどころか、反撃をしようと、血をまき散らしながら前へ進もうとしている。

 

「年寄りの執念はすさまじいね。これだから嫌いだなあ。ま、すぐに役立たずのお友達と同じところへ連れて行ってあげるから、安心して」


 ロキは、再び邪竜の足元に黒く輝く魔法陣を作り出す。

 そして、次の瞬間――。


 ――ボガアァァァァァン!!


 ロキは爆発に飲まれ、煙が立ち込める。


 それを放ったのはもちろん。


「やめてッ!!」


 魔王さんだ。


 直撃を受けたはずのロキには、傷ひとつ見当たらない。


 そして、私たちへ向けて、不気味に笑った。





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