#64 ぴかぴかディパーチャー。

 ――業務連絡ッ!


 行方不明になっていたラタトクスが突然すがたを現し、私たちは邪竜の元へ旅立つことになりました。


 王宮のみんなが、入口の門にて送り出してくれています。

 丸焦げになった王宮を背に。


「君たち兄妹が揃う姿を拝めるなんて! 今日はなんて素晴らしい日なんだ!」


 ラタトスクは胸に手を当て、もう片方の手は天を仰ぎ、芝居じみた語り口でくるくると回転している。

 その様子を、ヘル様はぱちぱちまばたきしながら見つめていた。


「なんじゃこいつ? わらわたちのことはお主が居なくなる前に見ておろうが」

「てゆーか、かなり探したんだぜ。テメェ今までどこ行ってやがった」


 フェンリルの問いかけにも応じることなく、ラタトスクはずっと何かを語っている。

 神の国がどうとか。

 予言がどうとか。


 ……本当に、どこかで頭をぶつけたんじゃないだろうか。


「ラタトスクちゃん☆ あんまりおしゃべりが過ぎると、魔縄で縛られちゃうわよん。それとも捕縛が好きな変態さんだったかしらん?」


 ヨルムンガントの言葉で、ラタトスクは不気味な笑みを浮かべながらようやくその動きを止める。

 間違いなく変態さんではあったと思う。


「ああああ! お奈落さま! 馬子にも衣裳とはこのことですわあ~!」


 シンモラさんが、私の服装を見て急に声を張り上げた。

 ちなみに今着ている服はいつもと違う。

 邪竜は危険だからという理由で、無理やり鎧を着せられてしまったのだ。


 まあ鎧といっても、金属で出来ているのは胸の部分くらいで、他は動きやすい形をしてるんだけど。

 これが軽鎧っていうんだろうか。

 無駄にヒラヒラしてて、いつもの恰好の方が何倍も動きやすいのに。


 いや、そんなことよりも。

 いつもの半袖を取り上げられてしまったことが大問題!

 ううう!

 どうするの!

 あの寝巻きがないと寝れないよ!


「大丈夫だよお姉ちゃん。私が子守唄を歌ってあげる」


 アリスがなんか言ってる。


 たしかけっこう歩くんだよね。

 ううう。

 全身に泥をかぶせれば寝れるかな?


 私が頭を抱えていると、ラタトクスがフフンと鼻を鳴らした。


「心配いらないさ。目的地のフヴェルゲルミルの泉には、おそらく一瞬で着くからね」


 ふべる……なんて??


 てゆーか、けっこう歩くってアナタが言ってたんですけど。

 

 ラタトスクがパチンと指を鳴らすと、光のサークルが現れ、そこから金色のイノシシが現れた。


 ――ブルルルゥゥゥン!


 すごい!

 ぴかぴかのイノシシが出てきた!


「おい。そりゃグリンブルスティじゃねーか。なんでそんなもんテメェが持ってんだ」


 怪訝けげんな表情で、フェンリルが問い詰める。


 ぐりん……なんて??


「これはもともと僕が小人族に作らせたものだからね。なかなか可愛いだろう?」


 小人族ってぴかぴかのイノシシも作れるの?

 なんでも作れるにもほどがある。


「ちなみにいま君が持ってる金槌ミョルニルも、鉄の手袋ヤールングレイプルも、すべて小人族が作った物さ。奈落脱出の道具なんて、ワケ無さそうだろう?」


 確かに!

 素材さえ手に入ればきっと作ってくれそうだ!

 だってぴかぴかのイノシシを作れちゃうんだもの!

 なぜかずっと隣にいるアリスも、うんうんと頷いているし!


 するとアリスは腕組を解き、王宮のみんなに手を振った。


「よし。では行ってくる!」

「行ってくる! じゃないわよ。アンタはお留守番よ、リーダー☆」


 ヨルムンガントに諭され、頬を膨らませるアリス。

 どうしても一緒についてきたいらしい。

 今度は剣を抜いて、ラタトスクに迫る。


「おい。私がついて行くくらい良いだろう。なんとかしろ、リス」

「素材を渡す条件は勇者と魔王の二人だけで取りに来るっていう約束のはずだよ。君の我が儘わがままで素材が手に入らなかったらどうするんだい? 僕は責任をもたないよ?」


 アリスは静かに剣をしまうと、私に肩を寄せる。

 

「お姉ちゃん。このリスどうしたの? 泉にでも落としたの?」


 あ。

 やっぱりアリスもおかしいと思う?

 そうだよね。

 やっぱ変だよねこのラタトスク。

 

「そもそもグリンブルスティは二人乗せるのが限界なんだ。まあ安心してよ、君のお姉ちゃんはそれはそれは強いんだから」

「……そんなこと、貴様に言われなくても分かってる……」

 

 肩を落とすアリスに、ヘル様が笑顔で駆け寄る。


「まあ心配する気持ちは分かるが、安心せい。ラクナたちにはこれを渡すからの」


 そう言って、両手に持っている道具を私に差し出した。


 大きな、角笛……?


「この笛の音は世界のどこへでも響きわたる。もし危険を感じたら迷わず吹くのじゃ」

「おいおい。そりゃギャラルホルンじゃねーか。なんでそんなもんヘルが持ってんだ」


 フェンリルはなんでも知ってるなあ。

 そんな驚くほどすごい笛なのこれ?

 どうやって吹くのこれ?


 ぷすー。


 駄目だ、音でないや。


「奈落様。それはある者たちからお借りした物なのです」


 ガルム紳士。

 ……ある者たち?


「どうやら私たち以外にも、ラクナ様と魔王様を心配する者がいるようでして」


 ガルム紳士は、そう言って掌を空へ掲げる。


 その先には、くるくると円を描きながら飛翔する影。


 ――カー。カー。


 青と緑のワタリガラスたち。


 フギンさんとムニンさんがこれを渡してくれたの……?

 敵同士って言ってたくせに。

 なんだよもう。へへ。

 

「では、気を付けて行ってくるんじゃぞ!」

「うん! いってくるね、みんなー!」


 王宮のみんなに見送られ、笑顔で手を振る魔王さん。

 私も黄金のイノシシに跨った。


「お、お姉ちゃん! 気を付けてね!!」

「うん。アリスもあんまりわがまま――」


 ――ブルルルゥゥゥン!


 鳴き声と共に、急発進する。


 うわあああ!

 急に走り出したあああ!!


「奈落ちゃん! しっかり捕まってね!」

「は、はいいいい!」


 がしっ。


 爆速。

 景色を楽しむ余裕すらない。

 このあいだのフェンリルよりも、何倍も速い。


 こりゃあ魔王さんにしっかりがっちり捕まってないとね。

 すんすん。

 バラのいい匂い。

 えへ。


 こうして私たちはふべる……なんとかの泉へと旅立った。


「さあ行こう。神域の力が宿る泉のもとへ」

 

 ……様子のおかしい案内人と共に。





 

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