#59 逢魔が時に見上げる空。

 ――業務連絡ッ!


 太陽が沈みました。

 ビッグパーティーが終わり、私はいま自分の部屋にいます。


 それにしても長い一日だった。


 よく考えたら、もともと邪竜の元へ行くと言っていた時にパーティーをしようという話になり。

 その時はすでに夜だった。

 魔王さんの疑似太陽が沈んでいる、魔力回復タイムのはずだった。


 けれど突然の襲撃にあい、ヘル様が疑似太陽を作り出した。

 強制的に朝になり、そのままヨルムンガントを追って、なんかいろいろあって今に至る。


 そして本日二度目の夜。

 今度はヘル様の疑似太陽が沈んだのだ。


 この時点で、確実に二十四時間以上は起きていることになる。


 ああ!

 眠い!

 

 しかし、私にはまだやりたいことがある!

 まだまだ夜は終わらないぜえ!

 さあ行こう!

 出発しんこう丸~。

 ぶんぶーん。



 ◇ ◇ ◇

 


 コンコン。


 扉をノックすると、中から明るいお返事が聞こえてくる。

 私はゆっくりドアノブを回した。

 

 がちゃり。

 

「奈落ちゃんいらっしゃい!」


 部屋では椅子の上で本を読む魔王さん。

 どこから手に入れたのか、レースをあしらった優雅なネグリジェを身に着けている。


 なんだか今日は本当に色々あったので、最後にどうしても魔王さんとお話ししたくてお部屋まできちゃいました!

 読書タイムのお邪魔になってないかな?

 というか、魔王さんは本を読むとき眼鏡をするんだ!

 ひゃあ!

 眼鏡の魔王さんも可愛い!

 というか美人さん!

 

 ここに来るのは前に魔王さんが体調を崩して以来なので、結構久しぶり。

 部屋一面が真っ赤になっていたり、紫色の炎が燃える松明たいまつが立てかけてあったりと、あの時からだいぶカスタマイズが進んでいる。

 拷問器具みたいな、なんだかよく分からない物も沢山置いてある。

 そういえばいつだったかヘル様に掃除をしろって怒られていたっけ。

 

 好きなところに座ってと促されたけど、正直あしの踏み場が無い。

 とりあえず私は処刑台の上に腰かけた。

 頭上のギロチンがとても気になる。

 

「奈落ちゃんがお部屋に来るの珍しいね! なんだか嬉しいな! ふひひ」


 ふわふわで金色の髪に、眩しい笑顔。

 外の太陽が沈んでも、ここにいつでも会える太陽がいる。

 

「ごめんね奈落ちゃん。今日の戦いで消費した魔力がまだ回復してなくて。太陽を作るのもう少し待っててね?」

「いえいえ。大変な一日でしたし、今日はもうゆっくり休んでください」


 目の前の太陽でもう十分です!

 大満足!

 ほんとに!

 ああ!

 トリプル太陽を思い出すと震えが……ッ!


「うん、本当に大変な一日だったね。襲撃されてヘルちゃんとシンモラちゃんがいなくなって。しかも相手はヘルちゃんのお姉ちゃんや奈落ちゃんの妹ちゃんだったり」


 お姉ちゃん?

 ……ああ、ヨルムンガントのことか。


「アリスちゃん、すごく怒ってたけど。仲直り出来た?」

「あ、はい。私の見た目が十五年前から変わってなかったのを見て、魔物なんじゃないかって疑ってたみたいで」

「そっかあ。たしかに魔族は見た目があまり変わらないからねえ。わたしも五十年くらいは生きてるもん」


 この美しい見た目で五十歳なのかあ。

 パッと見、私と同い年でも全然違和感ないもんなあ。


「わたしには家族って呼べるのお父さんくらいしかいなかったから。奈落ちゃんやヘルちゃんが家族と仲直り出来て、本当に嬉しいな」


 魔王さんの屈託のない笑顔。

 この人は、中身まで太陽みたいな人だ。本当に。

 

 でも魔王さんのお父さんって、どんな人だったんだろう。

 魔王さんのお父さんだから、大魔王さん?


「大魔王さんは今どうしてるんですか?」

「大魔王さん? お父さんのこと?」

「あ。そ、そうです。ごめんなさい」


 やばい、ついそのまま言っちゃった。

 魔王さんは優しいから笑ってくれてるけど。


「大魔王さんはねー、五十年前わたしを魔王に任命した後どこかにいっちゃったの。だから今なにしてるのかは分からないんだあ」


 むむ、そうなのか。

 大魔王さん、任命はしたのに命名はしなかったってこと?

 おかげであなたの娘さん、ヘルトモなんて名前になりかけてましたよ!

 

 あれ。

 というか魔王さん五十年くらいしか生きてないのに、五十年前に魔王に任命って。

 おいおいおいおい。

 大魔王さん、どうなってるんだい。


「魔王さん、生まれてすぐ魔王になったってことですか? 大変じゃなかったですか?」

「うーん、なかなか魔族のみんなにも魔王って認めてもらえなくて大変だったかも。……でも今は奈落ちゃんと友達になれて、すごく幸せだから大丈夫!」


 ……魔王さんって全然弱音吐かないんだよなあ。

 いつも明るくて前向きで。

 そんな魔王さんがって。

 たぶん相当大変だったんじゃないだろうか。

 


『――そのって呼び方やめて、フギンちゃん。この世で一番嫌いなの』



 魔物のみんなからは魔王って呼ばれずに、姫って呼ばれてたりしたのかなあ。

 しかもアリスが言っていたっけ。



『――たぶんさ……それまで魔物たちを……魔王がうまく抑え込んでいたんだと思うんだよねえ』



 それで余計に魔物たちからうとましく思われて……。

 ……って、ぜんぶ想像でしかないけれど。


 でも、嫌な思い出なら私がいちいち掘り起こすことはしたくない。

 それに、今が幸せって言ってくれるなら。

 私は魔王さんの今を、この笑顔を守る!

 

 あ。


 そうだ、アリスの話で思い出した!


「魔王さん、いま地上で人間と魔物がワーワーでカキンカキンみたいです!」

「わーわーでかきんかきん?」


 ああ!

 アリスの説明をそのまましたら語彙力が死んでいる!


「そっかあ。勇者と魔王が同時にいなくなったら、平和になるどころか戦争みたいになっちゃうのかもねえ」

 

 魔王さんに通じたみたいだ良かった。


 でも本当にどうしよう。

 せっかく魔王さんと友達になったのに、地上へ戻ったら人間と魔物が戦争状態だなんて。


 ……って思ったんだけど。

 なぜか魔王さんは赤い瞳に光を宿し、口角を上げている。


「見つかったかもしれない。わたしが魔王になる理由」


 魔王さんが魔王になる理由?


 その力強い眼差しで、彼女は私の両手を握る。


「わたしね、奈落ちゃんの言葉で心に残ってるものがあってね」


 え!

 私ごときの言葉で心に残ってるもの!?

 なんだろう。

 奈落のラクナかなあ。えへへ。


「『勇者になりたい』って言葉。それを聞いて、わたしもいつか魔王になりたいって思える日が来たらいいなって思ってたの。……そして今思えた。魔王になって、やりたいこと、見つかった!」


 魔王さんの大きい瞳は、さらにキラキラと輝きを増していく。


「奈落ちゃん、わたしたち友達だよね!」

「は、はい! もちろんです!」

「それなら、わたしたちで作らない!? 奈落ちゃんは勇者として、わたしは魔王として!」

「つ、作るって、なにを?」

「わたしたちにとって平和な世界! 人間と魔族が友達になれる世界!」


 人間と魔族が友達に……!


 そっか。

 勇者が魔王を倒したって、魔物たちにとっての平和は訪れないんだ。

 もちろんその逆も。


 それなら友達になればいい。

 一緒に暮らせばいいんだ。


 勇者魔王魔王さんが友達になれたんだから。


「良いですね、やりましょう魔王さん!」

「人間と魔族が仲良くなれるってこと、わたしたちが証明しよう! ふひひ!」


 私たちは、同時に窓から見える空を見上げた。


 今は真っ暗な空。


 でも、この先には光が広がっている。


 奈落を抜け出して、本当の意味で、私たちが世界を平和にするんだ。









 


 そう、思っていたんだけれど。





 

 ――緊急事態ッ!


 ラタトクスが行方不明になりました!





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