#58 別れ際には花影を添えて。

 ――業務連絡ッ!


 そろそろビッグパーティーも終わりです。

 というか、もうほぼ終わったも同然な感じです。

 私たち使用人は後片付けをしています。


 ちなみに今この会場にいるのは、私と魔王さんとガルム紳士、あとワタリガラスの二人の五人だけ。

 それ以外は全員寝るか気絶かでそれぞれの部屋に移動しています。


 魔王さんは鼻歌を歌いながら、上機嫌でテーブルのお皿を片付けている。

 ほとんどパーティーに参加していないのに、なんだか申し訳ない。


「魔王さん、あとは私とガルム紳士でやりますから。お部屋で休んでて良いですよ」

「ううん、大丈夫。最後に沢山笑ったから、お陰で元気いっぱいだもん! あ~楽しかった!」


 うんうん。

 楽しんでくれたみたいで良かった。

 

 数分前までこの会場は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。

 苦しみ悶え絶叫するみんなの姿を見て魔王さんが爆笑するという、ビッグパーティーのラストに相応しい盛り上がりだった。

 しかも魔王さんが喜んでくれればくれるほど、みんなの罪悪感が浄化されるという、まさにウィンウィンの関係が生まれていたのである。

 

 ではここで、そんな地獄を生き抜いた三人を分析してみよう。

 

 まずはガルム紳士。

 彼は完全に策士だった。

 何も知らない牛の獣人さんたちにつけこみ、かつ席も隣だったことからガルム策士を発動させたのである。



『まさか魔王様の料理を食べられるなんて、感動っす!』

『ふぎゅう~。まさかこんな日が来るなんてえ~』

『ラティ様、レト様。もしよろしければ私の分も差し上げましょう。どうぞ召し上がってください』

『ええ! いいんすかガルム教官!?』

『ふぎゅう~。鬼教官がこんなに優しくなってるなんてえ~』



 相変わらずやりおる。


 そしてワタリガラスの二人。

 彼女たちは魔王さんの料理を見るのは初めて。

 ……ではなく。

 完全に知っている様子だった。


 きっと奈落の監視者として何らかの力を持っているに違いない。


 そしてなにより賢いのは、みんなが口に運ぶ瞬間まで食べるふりをしていたことだ。

 下手に悪目立ちしないよう、お風呂場での経験を見事に活かしたのである。


 ぐぬぬ。

 この二人もやりおる。

 

 という訳で、知略を巡らせなかったピュアな者たちは全滅してしまいました。


「奈落ちゃんは、大騒ぎして寝ちゃったみんなと違って元気そうだね!」


 魔王さんは両手で自分の倍の高さはあろうかという量のお皿を運んでいる。


 それ、一度に運びすぎじゃ……。

 前見えてますか。

 元気そうな私見えてますか。


 まあ私は魔王さんをラクナトモという自我丸出しの名前に命名しようとした罪を受け入れて、ちゃんと罰を口に運んだんだけど。

 全然なんともなかったんだよね。

 なんなら、普通に美味しかった。

 まあ、人の好みは千差万別だもん。

 ね!


「……では、我々もそろそろ失礼するよ」


 ワタリガラスたちが静かに席を立ち、私たちに向けて言葉をかけた。

 ぴたぴたの白いローブから、雫が滴っている。

 お風呂で濡れたまま、まだ乾いていないらしい。


「二人とも、今日はありがとうございました。楽しかったです」

「お礼を言うのはコッチだよ丸焦げちゃん! キャハ♪」

「……ラクナ様ッ!!」


 急にガルム紳士が大きな声を出して、厨房から駆け寄ってくる。


 どうしたんですかガルム紳士。

 なにごとですか。


「もしや喧嘩ですか!? 喧嘩ですね!?」

 

 どこをどう見てそう思ったんですか。

 あとなんでちょっと嬉しそうなんですか。

 心配して損したよ。


「それにしてもラクナ様。この姿の御二人と逢うのは初めてでは?」

「いえ、前に会ってますよ。ほら、王宮に一度来たじゃないですか」


 ……って、あれ?


 そうか、あの時ガルム紳士は居なかったんだ。

 てゆーか、なんで王宮に来たんだっけ?


 すると青髪のフギンがため息交じりに口を開く。

 

「……あの時は奈落の落下物を教えたのに、御前ら確認してないだろう」


 え。

 


『――……新たに落下物を感知した。そこそこの大きさだ』



 あ。

 やっべ。

 完全に忘れてた。

 

「まあ結局会えたみたいだし、結果オーライ! キャハ♪」


 会えた?

 その落下物と?

 

「……もしかしてその落下物って、アリスの事ですか?」

「ご名答~! 丸焦げちゃん三号だよ! キャハハ♪」


 うわああああ!

 アリスのこと報告してくれてたんだ!

 あぶない!

 アリスになにかあったら一生悔やんでるところだった!


「それにしてもフギン様。ずいぶんと柔らかい表情になりましたね」

「……ふ……ガルム。その言葉、御前にそっくりそのままくれてやる」


 この二人の絡みは初めて見るけど。

 奈落の情報を報告し合っているし、きっと長い付き合いなんだろうな。


「……まあ、ヘルにもよろしく伝えておいてくれ」

「あと可哀想なお兄ちゃんたちにも! キャハハ♪」

「うん! また遊びに来てね、フギンちゃん! ムニンちゃん!」


 魔王さんの言葉に、ワタリガラスの二人は顔を見合わせる。


 ん?

 なんだ?


「悲しいけど、次に会う時は敵同士だよ! キャハ♪」

「え! どうして?」


 お皿のタワーからひょこりと顔を傾げる。

 

 魔王さん、お皿邪魔じゃないですか?

 一旦置いた方がよくないですか?


「……御前たちは奈落を出るつもりなのだろう。我々は奈落の監視者。封印された魔物を監視するのが我らの務め」

「奈落を出るなら全力で阻止するよ! キャハハ♪」

 

 う。

 やっぱりそうなりますか。


 でも奈落の管理者は、私たちにすっごく優しいのになー。

 のになー。

 

 その言葉に魔王さんはしゅんとしている。


「せっかく二人とは仲良くなったと思ったのにな」


 俯いた顔が手に持っているお皿タワーにコツンと当たり、ぐらぐらと揺れている。


 あぶない。

 お皿が気になって、話に集中できない。


「つまり奈落脱出をかけた決闘をされるという事でしょうか? 会場はどちらですか? どこでなら見られますか?」


 ガルム紳士が興奮気味に身を乗り出している。


 なんでテンション上がってるのこの人。


「ラクナ様、魔王様。この決闘お受けいたしましょう! 私たちはどんな者が立ちはだかろうが、絶対に奈落を脱出すると決意したのですから!」


 なんでガルム紳士が一番盛り上がってるんですか。

 そもそもあなた奈落脱出しないでしょうが。


 その言葉を受けて、魔王さんの周りが輝きだす。

 持っていたお皿はぐるぐるとねじれ、一本の長い棒になった。

 その白い棒をカツンと地面に叩くと、光が弾けて白く美しい杖に姿を変えた。


「うん、そうだね! その決闘、受けて立つ! わたしたちは二人に勝って、奈落を出ていくよ!」

 

 おお、魔王さんもやる気だ!

 しかもすごい!

 お皿がひとつになって、杖に変わっちゃった!

 これも魔法!?

 すごいなあ!


 すごいけど……。


「お皿を杖に変えるのはお止めください。最強ウェポンクリエイター様」


 ほらやっぱりガルム紳士に怒られた。


 てゆーか自分が出した案なのか知りませんが、魔王さんを勝手に変な名前で呼ぶのはやめてください。


「ふひひ! ありがと、ガルムさん!」


 いや褒められてないですよ、魔王さん。


 まあこのカラスたちと会うのはまだ二回目だけど。

 魔王さんの言う通り、結構仲良くなった気がするんですよね。

 裸の付き合いもしたわけですし。


 よーし。


「フギンさん、ムニンさん。その決闘、受けて立ちましょう。ただし条件がある!」

「……そもそも我らは決闘するなど一言も言ってないぞ。御前らが勝手にけしかけて、勝手に条件を提示しているぞ」

「まずひとつめ!」

「……しかも複数あるのか」


 などとツッコみつつも、フギンさんの無表情は変わらない。

 

「私たちはまだどんな道具でどうやって脱出するのかなにも知りません。なので決闘はその道具を手に入れた後にしていただきたい!」

「……まったく構わない。というかそもそも我らは決闘するなど――」

「ふたつめぇ!!」


 私は二本の指を突き出した。

 フギンさんは口を開けたまま静かになった。

 いつも落ち着きがないムニンさんもぱちぱちと瞬きをしながら真顔になっている。

 

「もし私たちが負けたら、素直に奈落で暮らします! その代わり私たちは敵対する意味がなくなるので、その時は友達になってください!」

「もし負けたら奈落脱出は諦めるってこと? それなら良いんじゃない、フギン。キャハ♪」

「……まあ、いいだろう」


 そして私は三本の指を突き出す。


「そして三つ目! 私たちが決闘に勝ったら、もちろん奈落は出ていきます! そしてあなた達には友達になってもらいます! いいですね!?」


 どうでしょう、この作戦!

 どっちに転んでもお友達大作戦!


 周りがぽかんと静まり返った。

 後ろに控えている魔王さんとガルム紳士も首を傾げて眉にシワを寄せている。


 あれ?

 すごくいい条件を言ったと思ったんだけど。


 すると。


「……ぷっ。……アハハハハハハ!」


 ひとりが大笑いをした。

 涙を浮かべながら、お腹を抱えて笑っている。

 その様子を、目を真ん丸にして見つめるムニンさん。


 そう。

 大笑いをしているのは、無表情でおなじみフギンさんだった。


「おいナラクノラクナ! それでは結果がどうあれ我らはともだちになってしまうではないか! ハハハハハハ! はあ、両腹が痛いぞ!」


 え。

 そんなに面白かったですか?

 えへ。

 えへへへ。


 フギンさんは笑いながら私たちに背を向けた。


 あ、あれ。

 急に帰っちゃう感じですか?

 あと両腹が痛いってなんですか。

 片腹のフルバージョンみたいな。

 

 立ち去ろうとする彼女に、ガルム紳士が声を掛ける。


「きっとあなた方は負けますよ、フギン様、ムニン様。私の友人たちは強いのです」

「……ふ、そうか。それは楽しみだ」


 背中のまま返事をし、そして食堂を去っていく。


「フギンがあんなに笑ってるの、初めて見た。丸焦げちゃん、決闘楽しみにしてるね! キャハ♪」


 緑のツインテールを振りながら、体を躍らせ去っていく。


 ここから私たちは敵同士。

 でも、決闘のあとは友達だ。


 私も楽しみにしてますよ。

 フギンさん、ムニンさん。





 

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