#55 オーバー・ファミリー(ズ)。

 ――業務連絡ッ!


 ヨルコック長の指示のもと、私たちは配膳を終えました!

 

 長いテーブルには沢山の料理が並び、席に着くのは総勢十三名。

 もちろんこんなにも大勢で食卓を囲むのは初めての事。

 すっごく賑やかだ。


 お。

 シンモラさんとスルトくんが、隣同士で仲良くお話してる。


「おおおおスルトさま。ワタクシの宝箱はまだお持ちでございましょうか……?」

「うん! いっぱい鍵がかかってて、全然開かなかったよ!」


 勝手に開けようとしてんのかい!


 そしてその隣にはガルム紳士と牛の獣人さん二人。

 ラティさんとレトさんはもともとヘル様の使用人で、フェンリルを探すために旅立ったあと行方不明になっちゃったんだよね。

 きっとその時にヨルムンガントに出会ったと思うんだけど、そのへんの話はまだ出来てないや。

 

「まさかお二人との再会が叶うとは。私は嬉しいですよ、ラティ様。レト様」

「じじ自分もっす! あ、ガ、ガルム教官! お飲み物お注ぎしまっす!」

「ふぎゅう。鬼教官が笑ってるところ、初めてみたですぅ~」


 そうなの!?

 ってゆーか鬼教官!?


 そしてその向かいにはリスとワタリガラスの二人。

 ここはどういう組み合わせなんだろう?


「ね、姐さん。おるんやったら言うといて下さいよ~。ははは……」

「……ふ、随分と好き勝手動き回ってるじゃないかネズミ」

「奈落脱出の手助け? ふーん、そんなことしていいのネズミちゃん? キャハ♪」

「……ネ、ネズミやのうてリスですわあ。嫌やなあ、もう……」


 なんかラタトクスがカラスに詰められている!

 だ、大丈夫かな……。

 

 うんうん。

 どこもかしこも気になる会話してるなあ。


 そんな中。

 ヘル様とフェンリルとヨルムンガントの三兄妹は、仲良く近くの席で食事中。


「それにしても、まさか兄上たちとまたこうして三人で暮らせる日が来るとは! わらわは嬉しい!」

 

 ナイフとフォークを両手に持ちながら、二人に満面の笑みを振りまく。

 

 なんだか、ヘル様も二人の前だとただの女の子になっちゃうね。

 微笑ましい。

 

 対照的に曇り顔をしている兄二人。

 少し間を開け、ヨルムンガントが口を開く。


「……ヘル。兄さん。二人には改めて謝るわ」

 

 頭を下げる弟に対し、フェンリルはテーブルに肘を乗せ、頬杖をついたまま目を瞑っていた。


「……もういいだろ」

「で、でも……」

「俺が奈落に封印されて、ヘルが管理人になって。その間、オマエだって色々思うところはあっただろう。いや、もしかしたら一番大変だったのはオマエかもしれねえ」


 ヘル様も「うんうん」とゆっくり頷いている。

 

「やっぱりオマエは妹想いの兄で、だからこそ俺らは戦った。それだけだろ。俺に謝る必要なんてねえよ」

「それもそうね☆」

「早えな」

「あとアタシは妹よ☆」

「うぜえな!」


 二人の会話を聞きながら、ヘル様は満足そうな顔でシチューを頬張っている。

 そんな彼女の頭を優しく撫でながら、ヨルムンガントは微笑んだ。


「アタシはもう、二度と兄妹ふたりを悲しませるようなことはしないわ。約束する☆」


 うんうん。

 塔で全力大乱闘をしていた時はどうなることやらと思っていたけれど、仲直りしたみたいで良かった良かった。


 そんな三兄妹を微笑ましく眺めていたら、フェンリルと目が合ってしまった。


 うぐ!

 盗み見ていたことがバレてしまった。

 ここは口笛で誤魔化そう!

 ミッション開始!

 

 ぷすー。

 

 ミッション失敗!

 

「なにをやっておるんじゃお主は?」


 ヘル様がもぐもぐしながら不思議そうにこちらを見つめている。


 どうしよう。

 吹き矢の練習をしていたという事にしようか!

 それならいけるか!


「テメェらには世話になりっぱなしだな。ありがとよ」


 フェンリルが相変わらずテーブルに肘をついたまま、ぶっきらぼうに言葉をくれる。

 その言葉を受けてヘル様はごくんと食事を飲み込むと、両手を勢いよくドスンとテーブルに置いた。


「兄上の言う通りじゃ! 特にヨル兄は勇者と魔王に感謝と謝罪をせねばならぬ! 命がけで喧嘩を止めてくれたのもそうじゃが、ヨル兄のせいで邪竜との約束も延期になってしまった!」

「確かにそうね。勇者ちゃん……本当にごめんなさい! あの姿になると、少し凶暴性が増すというか、自制がきかなくなっちゃうの! ガチのマジでぶっ殺してやろうって思っちゃったの☆」


 いやあ怖い。

 すごい怖いこと言ってる。

 

「い、いえいえ! 私も強力な金槌でぶっ叩いてますから、おあいこです」

「それもそうね☆」


 早いな!!


 いやまあ、これくらいカラッとしてくれていた方がありがたいかあ。

 私はいつまでもじめじめ引きずっちゃうから羨ましい。

 

「お詫びと言ってはなんだけど、二人にはアタシの鱗をプレゼンツするわ☆」

「あ、いや、大丈夫ですよ。お構いなくです」

「遠慮することないわ。受け取って頂戴☆」


 本当にいらないだけなんだけど、そんなこと言えるわけもなく。

 私は魔王さんの分も含めて緑の鱗を二つ受け取った。

 

 そういえば魔王さんはどこかなあ。

 まだお風呂に入ってるのかなあ。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん」


 まるで脳に直接語り掛けるかのように囁くアリス。

 口元には手を当て、体を寄せてひそひそ話す。

 

 この子はどうしてずっとこんな感じなんだろう。


 あ。


「そうだアリス。良い物あげる」


 私はたった今もらった緑の鱗を差し出した。

 が、アリスは勢いよく首を振り、長いポニーテールは鞭のようにひゅんひゅんとしなっている。


「いやいらないよ! 明らかに要らないのに、断り切れずに受け取ってたの見てたよ!」

「あ、そっかそっか、アリス知らないか! これ奈落の通貨だよ!」

「嘘が下手すぎるよ! これヨルの鱗でしょ! 知ってるよ!」

「分かった! じゃあもう一個付けるから! ね!」

「交渉が下手すぎるよ! なんでゴミを更に増やすの!?」


 くそう!

 私にもっと交渉人としての腕があれば!

 これはもっと腕を磨かないと!


「なんやなんや、こちらのべっぴんさんはどちら様や?」


 お、ラタトクスがやってきた。

 たぶん、カラスから逃げて来たな?

 

「なんだリス。私はいま勇者ラクナと楽しくお喋りしているだろうが。失せろ」


 アリスがゴミを見る様な目で睨みつけて吐き捨てる。

 さっきまでとはまるで別人だ。


 出た、リーダーモード。

 怖いんだよなあこのアリス。


「おお、そのさげすんだ様な冷たい視線! なんや最高やないか! 興奮してきたでえ!」


 うわあ変態だ!

 変態が出た!

 よく見たら全裸だし!

 とてもじゃないけど私の手には負えない!

 

 ヒュッ。


 アリスは目にもとまらぬ速さで剣を抜いた。

 その切っ先は、ラタトスクの鼻に寸でのところで止まっている。


 ……いや、ちょっと当たってるかも。


「もう一度言ってやる。失せろ。鼻の穴を増やされたくなければ、な」

 

 ラタトスクの顔は青ざめ、カタカタ震えている。

 鼻は少し赤くなっている。


 うん、やっぱ当たってるよね。


「そういえば貴様、約束がどうとか言っていたな?」

「そ、そうです。勇者と魔王はこれからニーズヘッグのトコに行かなアカンのです」

「これをやるから、勇者ラクナの都合に合わせろ」


 そう言うと、先ほど押し付け合った緑の鱗をラタトスクへ放った。


「え、なんやこれ……要らな……」

「何か言ったか?」

「いいいいや、ありがたく貰うときます! ほんで勇者はんの都合に合わせます! いつでもよろしいんで、行くとき声かけてください! ほな!」


 ラタトスクは逃げるように、緑の鱗を二つ抱えて走り去っていった。


 すごい。

 変態と緑の鱗を同時に対処した。

 ついでに私の都合まで。

 この子はすごい交渉人だ!

 

「さてと。じゃ、お姉ちゃん。シチュー食べよ!」


 そしてこの切り替わり。

 色んな意味で恐ろしい。


 ま、とりあえずありがとうアリス!

 食べよう、シチュー!

 

 私たちは揃ってシチューを口に運ぶ。

 そして同時に顔を見合わせると。


「「美味しいーぃ!!」」


 こうして二人で並んでシチューを食べるのは、いったい何年振りなんだろう。


 小さなテーブルで、一緒にお母さんのシチューを食べた時の記憶が、情景が、一気に蘇った。

 まるであの時に戻れたかのような。


 久しぶりの出会いはなかなかに最悪で、剣を交えたりもしちゃったんだけど。

 

 

 いま私たちは本当の意味で、十五年ぶりの再会を果たしたのかもしれない。

 なんだかそんな気がして、二人で笑い合ったのでした。





 





『ほ~ら、今日はふたりの大好きなシチューだよお!』


『やったあ! 早くよそってよそって!』


「ちょ、ちょっとアリス! そっちの大きい皿は私のお!」


『アハハハハハハ!』





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