#54 楽な☆オードブル。

 ――業務連絡ッ!


 お風呂から上がりました!

 ……魔王さん以外は!


 という訳で、ヘル様のご希望通りシチューを食べましょう!

 アリスも楽しみにしてたしね!


 食堂には魔王さんを除いた総勢十三名が集まっています。


 すごい!

 これはパーティー!

 いや、これはもうパーティーを超えたパーティー!

 ビッグパーティーと名付けよう!


 あ、そういえばワタリガラスの二人も誘っています。


「という訳で、私のことはリーダーと呼ぶがいい」

「……分かった、ナラクの妹」

「分かったよ、丸焦げちゃん三号! キャハ♪」

「全然分かってないじゃないか!」

 

 うんうん。

 アリスは私と違って、すぐ人と打ち解けられて偉いなあ。


 ちなみに厨房には私とガルム紳士に加え、ヨルムンガントもメンバーに加わりました。

 どうやら腕に覚えがあるようです。

 どこから出したのかは分からないけど、なぜか白いコック帽を被っているし。


 そういえば、ヨルムンガントを近くでしっかり見たのは初めてだ。

 なぜか使用人のエプロンドレスを着ているけれど、筋肉質な体によって今にもはち切れそう。

 フェンリルも結構高身長だけど、そんな兄よりも更に大きい。

 そして顔は完全に緑の蛇。


 今は上機嫌に鼻歌を歌いながら、貯蔵庫の食料を眺めている。

 魔物はごはんに無頓着っていうイメージがあるけれど、ヨルムンガントは好きなのかなあ。


「料理ならアタシに任せなさい。やっぱりオトコの心を掴むには、まず胃袋をパックンチョするのが一番よ☆」


 胃袋をパックンチョしちゃダメな気がするけど。

 でもすごい自信だ。


 そして私たちにウインクをかました後、おもむろにナイフとキャベツを取り出した。


 タタタタタタタタタン。


 素早いリズムでキャベツを刻み、あっという間にひと玉分の千切りが出来上がった。


 ……この蛇、出来るッ!


「この人数、沢山の料理を用意しなくちゃいけないわ。という訳だから、まずはアナタたちの得意料理を教えて頂戴☆ あ、もちろんシチュー以外でね♡」


 くっ!

 突然仕切り出した!

 自分の実力を見せつけ、私たちの力量を計ろうとしている!

 私たちの厨房なのに!

 このままではヨルムンガントに乗っ取られてしまう!

 

 ここは正念場ですよガルム紳士。

 特にあなたは、ガルムコック長の名を欲しいままにした紳士。(すぐ手放しましたけど)

 私たちの実力を教えてあげましょう。


 まずは私の初作品にして最高傑作!

 生き血と死に血をじっくり煮込んだ至高のスープ!

 

「冷製スープのブラッド☆コングラッチュレーションんんん!」

「んんんっ! パワァァァァァッ☆!!」


 ビリビリィ!


 ヨルムンガントは突然マッスルポーズを決めた。

 パンプアップした筋肉により着ていたエプロンドレスはビリビリに引き裂かれ、緑色の鱗を纏った上半身が露わになった。


 えええ!?

 なにしてるのこの人!?


「勇者ちゃん。料理はパワーよ。この料理にはパワーが足りないわ☆」

 

 パワーだとう!?

 くっ。

 なにを言ってるのか全然分からないッ!


「ヨルムンガント様。無意味にエプロンを破るのはおやめください」


 ガルム紳士の至極まっとうなお叱り!


「見ちゃいやん♡」


 自分で破っておいて!


 いや、まずいなあ。

 こうやっていつもヨルムンガントのペースにはまってしまう。

 ガルム紳士、気を付けてください!

 奴は精神攻撃を得意としていますッ!


 ガルム紳士へ視線を送る。

 すると彼は大きい鉄板を両手で持ってやってきた。

 じゅうじゅうと蒸気を上げる鉄板には、青い食材たちが所狭しと乗せられている。


「ヨル様は青がお好きとの事ですので、この世の青をふんだんに盛り込みました」


 鼻を高くして、すこし自慢げに語るガルム紳士。

 ヨルムンガントは少し引き気味に、差し出された料理を凝視する。


「ガルムちゃん。青はね、食欲を減衰させるのよ……☆」

「ええ。それも織り込み済みです」


 それは織り込んじゃいけないのでは?


 それにしても、鉄板の真ん中に配置されてる食材。

 魚かな?

 体が長くて青い、珍しい魚だ。


「ガルムちゃん、この真ん中の食材は☆?」

「こちらはこだわり抜いた、青蛇にございます」


 あ、青蛇!?

 すんごい毒ありそうですけど大丈夫ですか!

 ある意味ヨルムンガントへの毒にもなっているような気がしますが。


「ガ、ガルムちゃん? 大丈夫なの、蛇なんて食材で使って……☆」

「ええ、新鮮なので大丈夫です。それどころかまだ生きてます!」

「全然大丈夫じゃないじゃないッ☆!!」


 おお!

 流石ガルム紳士!

 ヨルムンガントを動揺させている!


 すると突然、ヨルムンガントは顔を自身の手で覆い、笑い始めた。


「くくくく……あは……アハーッハッハッハ☆! やってくれるじゃないガルムちゃん☆ アナタの毒、なかなか効いたわよッ!!」


 するとガルム紳士がこちらに体を寄せて耳元で囁く。


「……ラクナ様やりました。よく分かりませんが効いているとの事です」


 よく分からない?

 いやいやガルム紳士。

 精神攻撃のお返しで、青蛇を食材に選んだんじゃないんですか?

 

 ……まさか本当に分かっていないのだろうか。

 これは天然ガルム紳士?

 それともおとぼけガルム策士?

 ……ぐぬぬ。

 分からない。


 まあとりあえず、ガルム紳士の料理はかなり効いている様子。

 ここは私の新作で一気にとどめを刺すッ!


「はい、いらっしゃいませえーっ!」


 コト。


「こ、これは……☆!?」


 私は二人の前に、渾身の料理を置いた。

 温かみを感じさせる土鍋に、ぐつぐつと煮えたスープ。

 まるで毒そのものを体現したかのような紫色に、鼻をつんざくような芳醇な香り。

 魔王さんの料理にインスパイアされ、私なりのアレンジを加えた渾身の快作ッ!!


「その名も、デス☆ヘヴンズドアッ!!」


 私は魔王さんの料理を食べていないけれど、あそこまで人の心を揺さぶる料理は見たことがない。

 という訳で見よう見まねでオマージュさせていただきました!

 うんうん。

 二人も食べる前から既に感動で打ち震えている!


「こ、これは、料理!? それとも兵器ッ☆!?」

「兵器!! あらゆる美食達を過去のものに変える、料理の頂点に君臨するにふさわしい一品ッ!!」

「すごい拡大解釈!! 全然褒めてないわよ☆!!」

 

 これはもう私たちの勝ちかもしれない。

 今のはもはや敗北宣言と言ってもいい。

 なんなら、食べる前から意気消沈している様子だし。


「ラクナ様、お見事でございます。私のやり方ではまだまだ生ぬるかったことを痛感致しました」


 ガルム紳士にも褒められちゃった。

 やったあ!

 私たちの厨房は私たちで、しかも私たちの料理で守ったんだ!

 

「ふぎゅう~」


 喜びに打ちひしがれているのも束の間、牛の獣人レトさんが厨房へやってきた。


「なんか、すごいにおいがするですう~。なにやってるんですかあ?」

「ああレトさん。私たちはいま、誰がこの厨房を仕切るに相応しいか料理で対決していたところです。そして勝者は厨房のコック長となるのです!」

「へええ~、ドトゥーさんもお料理作るんですかあ。ちょっとレトも見てみたいですう~」


 ドトゥーさんて誰やねん。


 最初は笑顔で厨房の料理を見つめていたレトさんの表情が、みるみる青ざめていく。


「な、なななななんですかあこれはあ~??」

「ふっふっふ。レトさんもどうぞお食べになってください。この、勝者に相応しい破壊力満点の一品をッ!」

「こ、こんなの。勝者なんて食べなくても分かるですう~!!」

 


 ――勝者は、キャベツの千切りを作った、ヨルムンガント~!!!


 カンカンカンカーン!


 

 というわけで、厨房のコック長はヨルムンガントに決まりました。





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