Chapter7-ビッグ・パーティー。

#53 湯の児戯は水になる。

 ――業務連絡ッ!


 かぽーん。


 私たちは王宮の大浴場へやってきました。

 旅の疲れを癒すため、ガルム紳士が用意してくれていたようです。


 立ち込める湯気。

 硫黄の香り。


 うーん。

 これだけで、お家に帰ってきたような安心感があるなあ。

 さあ入ろ、入ろ!


 みんながコートやらドレスやらを脱いでいる間、私はもう既に生まれたての状態!

 なんせ半袖にズボンなので!

 もう脱衣なんてすぽーん! ですよ、すぽーん!


 という訳で、一番風呂は私が頂きます!

 わあーい!

 一番風呂、だーい好き!


 がしっ。


 え?


 お風呂へ向かって駆け出そうとした瞬間、後ろから体をホールドされてしまった。

 

 なにやつ!


 振り返ると、上半身のみドレスを脱いだ、半裸のヘル様が私に抱き着いていた。


 へ、ヘル様!?

 そんな!

 今回の一件で、私の好感度が爆上がりしている……ッ!?

 

「ヘル様、そんな。いくらなんでも裸同士は照れちゃいますよ。えへ。えへへへへへ」

「なにを想像しておるんじゃ馬鹿者! お主、わらわが前に言ったことをもう忘れたのか!」

「えへ?」

 


『――お主はなぜあるじであるわらわを差し置いて先に風呂へ入っとるんじゃ!』


 

 あ。


 ヘル様は私の表情を見ると、ニヤリと口角を上げる。


「どうやら思い出した様じゃな? 主よりも先に入ることは許さぬぞ!」


 むぐぐぐ。

 ヘル様はまだ半裸のくせにいいい!


「いーや! 私とヘル様は友達です! そこには主従を超えた関係があるのですッ!」


 私が無理矢理先に進もうとするも、未だにホールドは解いてもらえない。


「ぬぐぐぐ! 勇者! お主! 親しき中にも礼儀ありという言葉を知っておろう!」


 うがががが。

 ああ言えばこう言う!

 だが、私も負けるわけにはいかないッ!


「でしたらという言葉は知ってますか!? 礼儀にかまけてたらせっかくのお風呂が冷めちゃいます!」

「ぐぐぐ……お主……!!」


 よし、効いている!

 一気に畳みかけろッ!


「なによりお風呂とは裸で入るもの! そこには身分なんて関係ない! あるのは生まれたての姿! 対等なただの人と人だあッ!!」


 私は絡まった腕を振りほどく。


 そして、お風呂へ一直線に走り、勢いよくダイブした。


 ざっぱーん。


 っひゃー!

 一番風呂気持ちいいー!!


「……おい、激しすぎるぞ奈落のラクナ」

「お風呂大好きなんだね、丸焦げちゃん! キャハ♪」

「ああ、すみません。ちょっと興奮しすぎました……」


 ……え。


 えええええええええ!?


 なんか先客がいるんですけどおおおおお!!


 しかも、青髪の冷たそうな女の子と緑髪の落ち着きがない女の子!

 この二人は!!


「ワタリガラスの二人!!」

「……久しいな」

「丸焦げちゃん、ちょっと太った? キャハ♪」


 確かに久しぶりだ。

 あれ、最後に会ったのいつだっけ?

 もう思い出せないくらい前のような……。


「あれっ。フギンちゃんムニンちゃん!」


 魔王さんをはじめ、他のみんなもぞろぞろとやってきた。

 ちなみにヘル様はまだ来ていない。

 そりゃあまだ着替えも済んでないのに、私とあんな事してたら出遅れるでしょうね。


 それにしても、この人数で入るとこの大浴場の広さを実感するなあ。

 えーっと、私に魔王さん、シンモラさんにアリスとレトさん。

 それに加えてワタリガラスの二人。

 七人が全員で一度に入っても、全然ゆとりがあるんだもんなあ。


「……随分賑やかになったんだな」


 フギンが全員を見渡しながら、淡々とした口調で話す。

 魔王さんはその問いに、嬉しそうに笑顔で応えた。

 

「うん、王宮のお友達沢山増えたんだよ! それにしても二人がココに居るなんて珍しいね! 何か用があるんでしょ?」

「ご名答~! 本当はミョルニルを返してもらいに来たんだけど、ちょうど入れ違いになっちゃったの! キャハハ♪」


 みょるにる?


 あ、フェンリルが言ってたな。


「もしかして、金槌のことですか?」

「……ああ。実はアレの持ち主は我らの知り合いでな。いつか返してもらおうと思っていたんだ」


 ああ、思い出したぞ。

 二人と最後に会ったの。

 スルトくんを襲っていた時だ。

 なるほど、あの時は金槌を返してもらおうとして襲っていたのか。

 

「……ま、今日のところはもういいかな。今すぐ必要という訳でもないし」

「そだねー。お風呂が気持ちよすぎて、どうでもよくなっちゃった。キャハ♪」

 

 二人は顔を赤らめながら目を細めている。

 と、そこへ赤髪の美女がこちらへ近づいてきた。


「ねえ、お姉ちゃん」


 ああ、アリスか。

 結った髪も解いているし、一瞬誰だか分からなかった。

 相変わらずひそひそ話すのね。


「この子たちは誰なの」


 髪を下ろすと、余計に美人が際立つなあ。

 うんうん、立派に育って。

 それにしても、魔王さんに引けを取らないほど立派だなあ。

 ひゃーっ。

 立派立派!

 私も十五年後はこんなに育つのかなあ。


「ねえ、お姉ちゃん聞いてる?」

「うん、立派!」

「なにが立派!?」


 それにしても、やっぱりお風呂はいいなあ。

 心にもゆとりが生まれる。

 ほっこりするう。

 喧騒とは無縁の世界。


「こらあ! お主らなにやっておるんじゃあ!」


 喧騒キタ!


 ヘル様が眉間にしわを寄せながら、ワタリガラスの二人を指差し叫んでいる。


「なんでお主らは、ローブを着たまま風呂に入っとるんじゃああ!!」


 え。


「……え?」

「……キャハ?」


 うわあああ!

 ホントだ!

 よく見たら白いローブ着たまま入ってるよお!

 ちょっと!

 何してんの!

 

「てゆーか、なんでお主も気付かんのじゃ!!」

「すみません、あまりに自然だったので……」


 そもそもローブ着たままだなんて思わないもの!!


「……なんだ、ローブはNGなのか?」

「ローブっていうか衣服全般NGです!」

「し、知らなかったんだよ、お風呂初めてだったから! キャハハ……♪」

「ええい、初めてなど関係ない! 皆の者囲め! ワタリガラスの身ぐるみを剝ぐのじゃ!!」


 私たちは二人を囲み、にじり寄る。


「……ま、待て。我らは奈落の監視者。このローブを脱ぐ訳には……」

「初めてなら教えておいてやろう。お風呂場では身分など関係ない! そうじゃな勇者!」

「その通りです! あるのは生まれたての姿! 対等なただの人と人だああああッ!」

「……あ。ちょっと、やめ……」

「ひい、ひいやああああああッ!!」


 大浴場に、ワタリガラスの鳴き声が響き渡った。

 


 かぽーん。





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