#56 彼方の軌跡。
――業務連絡ッ!
ビッグパーティー開催中です!
「お姉ちゃんお姉ちゃん」
隣のアリスがシチューを頬張りながら、相変わらず小さな声で脳に直接語り掛けてくる。
「これ、本当に美味しいね!」
「でしょ? 完全再現してるでしょ?」
「うん、お母さんの作るシチューと全く同じ! さすがお姉ちゃん!」
そういえば、アリスの話も聞かなくちゃ。
私が奈落に落ちてから十五年経ってるんだもんね。
「ねえアリス。お母さんは元気?」
「うん元気だよ! 街に建てられたお姉ちゃんの銅像を毎日磨いてる!」
そっか。
十五年も経っちゃって少し心配だったけど。
元気なら良かったあ。
……ん?
「どどどど銅像う!?」
「うん銅像」
「なんで!? なんで私の銅像!? 大丈夫!? なんか落書きとか卵投げられたりとかしてない!?」
「あはは、お姉ちゃんはなんの心配してるの?」
アリスが笑っている。
投げられてないの?
大丈夫なの??
教えて!
卵投げられてないかどうかだけでもいいから教えてえ!
「そういえばお姉ちゃん、仲間に魔縄を使われたんだよね?」
先ほどまでの笑顔がとつぜん真剣な顔に変わり、頬を膨らませる。
あう。
……そりゃアリスも知ってるよね。
あのあと、私のことはどういう風に伝えられているんだろう?
『勇者は魔王の手先だったので、奈落に封印しておきました!』
もしそんな報告をされていたら、家族であるアリスやお母さんは大丈夫だったんだろうか。
……そういえばそんな心配、一度もしなかったなあ、私……。
「いろいろ誤解があってね。まあ私が悪いんだけど。その、アリスは大丈夫だった? 私の所為でいじめられたりとかしなかった?」
「いじめ? なんで? むしろ伝説の勇者の妹としてちやほやのウハウハだったよ!」
そうなんだ。
ちやほやのウハウハかあ。
それなら安心だあ。
「それよりもお姉ちゃんを縛った仲間たち。とりあえず英雄気取りのテュールはぶっ飛ばしたから。あとは大魔女シグニューとメガネ」
テュール。
うん、誰だろ。
いや、そんなことよりも……。
「ぶ、ぶっ飛ばした!? なんで!?」
「あ、ごめんお姉ちゃん。そんなんじゃ足りないよね。次はぶっ殺すから安心して。ふふふ」
うわーお!
何言ってるのこの子は!
「だだだ駄目だよそんなこと!」
「優しいお姉ちゃんが出来ないのは分かってる。だから大丈夫、代わりに私があの屑どもを――」
「そうじゃなくて!」
私はアリスの固く握った拳を包むように掴んだ。
「私が心配してるのはアリスの事! くずだと思ってるなら、そんな人たちの為に手を汚すようなことはしないで欲しいよ。私はなんとも思ってないから」
「お、お姉ちゃん……」
がばっ。
顔を綻ばせたアリスが、急に抱き着いてきた。
「あああ、お姉ちゃんはやっぱり優しいなあ。私も十五年前に戻っちゃうよお」
いやもうこの子、十五年前よりももっと幼く感じるんだけど……。
私にとっては数か月前の記憶だから余計に。
ああ、顔をすりすりしないで。
くすぐったい。
でもきっと、リーダーモードのアリスが今の、二十七歳のアリスってことなんだよね。
王国の騎士団長になったって言ってたし、色々なことがあったんだろうなあ。
騎士団長がどれくらいすごいのかは、正直分からないんだけど。
「ねえアリス。騎士団長になるって、けっこうすごいことなの?」
「うーん、まあ。何百年続く王国の歴史で、女性は初めてらしいよ?」
ええええ!?
すご!
うちの妹すご!
「すごいねアリス! なんか成果をあげたりしたってこと?」
「うーん、まあ。迫りくる魔物どもをお姉ちゃんの仇だと思って一匹残らず殺しまくったからねえ」
こ、殺しまくった……。
こわ!
うちの妹こわ!
でも、そんなに魔物が迫りくる状況あるかなあ?
私が旅に出た時は一度も無かったけど。
「……ところで、いま世界ってどうなってるの? 一応魔王さんは討伐されたってことで平和なんだよね?」
「ええ? 聞いちゃう? それえ」
アリスは私に顔を押し付けながら、ふにゃふにゃのまま話している。
むむ。
なんだか含みのありそうな言い方。
気になる。
「んーとねえ、お姉ちゃんが魔王と相打ちになった後、人間と魔物はむしろバチバチだよ」
え。
バチバチ?
どうして?
「ふわーあ。魔王がばーんされて調子こいてワーってなった人間とさ、同じく魔王がどーんされてやりたい放題になった魔物がいるわけじゃない。そこがもうカキンカキンよ。むにゃむにゃ」
むにゃむにゃ!?
ちょっとアリス!
語彙が失われてる!
すごい大事な話!
なんで眠そうになってるの!?
「たぶんさ……それまで魔物たちを……魔王がうまく抑え込んでいたんだと思うんだよねえ……」
そ、そんな。
魔王さんがうまくやってくれていたの……?
「それって、結構まずいよね?」
「いまは……結構……均衡してるから……膠着してるよ……なんせ人間側には……剣姫の私がいるし……」
いや、いまアリス奈落にいるじゃん。
「ねえ! やっぱり早く地上に戻らないとまずいんじゃ!?」
「……けっこう……きんこう……あは……あははは……」
「ちょっと、なに言って……アリス!」
「すぴー。すぴー」
駄目だ。
鼻から風船みたいなのが出ている。
……まあこの子も疲れてただろうし、このままにしてあげよう。
でも気になる話を聞いちゃった。
これは邪竜の件、延期にしてる場合じゃないかもしれない。
魔王さんに相談しなくっちゃ!
「うむうむ。いつの間にか体を寄せ合うほど仲良くなりよって。実に良いではないか」
鈴を転がしたような可愛らしい声を聞き、私は視線を向ける。
そこには涎掛けをダイナミックに汚したヘル様が、満足げな表情で仁王立ちしていた。
あれ?
ヘル様??
「ど、どうしたんですかヘル様」
「実は相談があってだな。
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