#51 火を以て非を救う。
――業務連絡ッ!
喧嘩を力技でやめさせました!
人型に戻ったフェンリルとヨルムンガントは、背中合わせで魔縄に縛られたまま地面に座り込んでいる。
すっかり大人しくなった二人を、腕組みしながらじっと見下ろす青髪の少女ヘル様。
凛とした表情は、奈落の管理人。
玉座で腕組みをしている、いつもの顔だ。
まるで罪人のようにお縄についている二人は、俯き加減で口を開く。
「お願いヘルぅ。解いてぇ……☆」
「くそ……力が入らねえ……」
あんなに強くて
魔縄グレイプニル恐るべし。
それにしても、フェンリルは魔縄を使われるのが今回で二回目になるのよね。
冷静に考えると、私たちと一緒にヘル様を助けに来たはずなのに、どうして彼は縛られているんだろう。
ヘル様を泣かせる奴は許さん!
って思ってたけど、なんだか可哀想になってきた。
その様子を見下ろすヘル様は、フッと鼻で笑った。
「兄上! ヨル兄! お二人には言いたいことが三つある!」
「みっつう?」
「まず、
フェンリルの耳は垂れ下がり、ヨルムンガントは俯いている。
アリスも言っていたけど、ヨルムンガントがヘル様を攫ったのは奈落から連れ出すためなんだよね。
フェンリルも、妹想いって言ってたもんなあ。
私も、悪い人じゃないと思ってる。
すぐ回るし変だけど、悪い人じゃないとは思ってる。
「二つ!
背中合わせのまま、視線を落とす二人。
うんうん。
お兄ちゃんたちはヘル様のこと大好きだもん。
きっと分かってくれているはず!
「そして最後に! お二人とも!
ヘル様は白い歯を見せながら、太陽みたいに笑った。
いやっほう、ヘル様あ!
これは二人も大喜び!
……あれ?
二人はうなだれたまま、目を瞑っている。
あ!
やばい!
魔縄に繋がれてるせいで、気を失っちゃったのかも!
ヘル様が二人を心配して駆け寄る。
「コラお二人とも! なぜじゃ! なぜ今寝るんじゃ!!」
心配っていうか文句言ってた!
ああ、すっごい肩をゆさゆさして……。
やめてあげてください!
たぶん、魔縄のせいで気絶してるだけです!
すかさず魔王さんが荒ぶるヘル様の元へ走る。
「やめてあげてヘルちゃん! たぶん二人とも、もう死んじゃってるよ!」
いやいや魔王さん!
死んでないですよ!
私は金槌で、魔縄グレイプニルを破壊した。
繋がれていた二人はぐったりと地面に倒れこむ。
「最後が一番大事なことじゃ! 聞いておったのか!?」
ヘル様は容赦なく、ゆさゆさの手を緩めない。
……まあとりあえず、この兄妹はもう大丈夫かな。
よかったね、ヘル様。
ようし、あとは……。
私が周囲を見回すと、同じようにキョロキョロしている魔王さんと目が合った。
「どこ、だろうね?」
人差し指で頬を掻きながら、赤い瞳で左右を見渡す。
きっと、魔王さんも目的は同じだ。
「お姉ちゃん、じゃなくて勇者!」
アリスの声だ。
っていうか合ってるよ。
私お姉ちゃんだよ。
「コホン……ヨルの部下なら、塔の裏にいる」
「塔の裏?」
「……ずっと泣いていたよ。奈落と魔王を連呼しながら」
魔王さんと、再び顔を見合わせる。
「ふひひ! 迎えに行こっか!」
「はい!」
塔の周囲をぐるりと回る。
歩みを進めると、微かにすすり泣く声が徐々に近づいてくる。
「シンモラさん!」
「シンモラちゃん!」
長い黒髪に隠れた背中を向けて、しゃがんで俯くその姿。
黒いドレスに身を包んだ彼女は、私たちの呼びかけにゆっくりと振り返った。
「お、お奈落さま……。お魔王さま……」
「お手紙読んだよ! 雇い主のヨルムンガントちゃんもみんなと仲直りしたし、シンモラちゃんも一緒に帰ろ?」
魔王さんは目線を合わせるようにかがみ、手を差し伸べた。
「……駄目ですわ。ワタクシは皆様を裏切ってしまったのですわ」
「そんなの、わたしたちが気にしてないから問題ないよ。そうでしょ? ね、奈落ちゃん」
「そうですよ。あの手紙を読んで、シンモラさんも辛かったんだって事、分かってますから。だから、私たちはシンモラさんも救いに来たんです」
私も手を差し出した。
それでもシンモラさんのどんよりとした表情は変わらない。
首を横に振り、俯いたままだ。
「もーう、しょうがないなあシンモラちゃんは」
そう言ってくすっと笑うと、掌を空に掲げる。
ん?
魔王さん?
「シンモラちゃん。わたしたちと最初に出会った時の事、覚えてる?」
「も……もちろん覚えてますわ。お奈落さまの情けないお尻もち姿を」
お尻もち姿ッ!
「その時のお願いも覚えてる?」
「その時の……お願い……ですの……?」
『――罪には罰を! お与え下さいまし~!』
「罪には……罰を……」
「そうだよ! あと『全力でかましてくださいまし』って言った!」
ヴゥーン。
魔王さんの掌に作られた火球がみるみる巨大化していく。
さらに、燃え盛る赤い火は、徐々に青く変色していった。
こ、これは!
魔王さん、本気だ!
えええ?
魔王さんの全力??
大丈夫なのそれ!?
「ああああああ! お魔王さまああああああ!!」
シンモラさんは涙を流しながら、恍惚の表情で見上げている。
なんか喜んでるううう!
相変わらずリアクション間違ってるよシンモラさん!!
「じめじめしてるシンモラちゃんには、火あぶりの刑ー!」
青白く輝く火球を、魔王さんはなんのためらいもなく投げつける。
【
ちゅどおおおおおおん!!
とてつもない爆発と共に、激しい衝撃波がこちらまで一気に伝わる。
強い光と強風に、つい顔を覆ってしまう。
まともに立ってもいられない。
あまりの威力の大きさに、爆発に巻き込まれた塔もガラガラと音を立てて全壊した。
ぎゃあああああ!!
とんでもない威力!!
これが魔王さんの全力!!
ここで出す!?
振動が収まると、辺りには黒煙が立ち込めた。
がらがら……。
「ぷは」
瓦礫の山の中から、黒焦げになったシンモラさんが顔を出した。
髪の毛はちりちりになり、口から煙を吐いている。
よかった、生きてた!
「お。お魔王さま」
魔王さんは腰に手を当てて、白い歯を見せてキラリと笑う。
「きっちり罰を受けたから、これでシンモラちゃんの罪は帳消しね!」
ぱちんとウインク。
シンモラさんは両手で顔を覆い、再び涙を流した。
「こらあお主ら! 何をやっておるのじゃ!」
あ、ヘル様だ。
やべ。
「シンモラちゃんがわたしたちを裏切った罪で、爆裂させたの!」
まあ確かに爆裂しましたね。
「なるほど。裏切った罪の
罪が分裂したッ!
「ああ、おヘルさま! 更に罰を与えてくださるのですか!?」
なんかもう喜んじゃってるじゃん。
「いや、許してやろう。
ひゅーう!
やったねシンモラさん!
「しゅん……」
ああ違う。
逆だ、リアクションが。
「ただし条件がある!」
いつもの条件来た!
「お主はこれから
「……はい……! ありがとうございます、おヘルさま……!!」
よかった。
これでシンモラさんも救えた、よね。
あ、そうだ。
「シンモラさん。最後に私から、とっておきの罰を差し上げます」
「え、お奈落さままで!? いったいなんですの!?」
私の言葉に驚き、泣き腫らした大きい瞳を更に見開く。
「シンモラさんがいつも大事に抱えていた宝箱。あれ、おスルトくんに渡しちゃいました!」
「な! な! な! なんですってえええええ!!」
顔を火が吹き出そうなほど真っ赤にし、頭からは勢いよく蒸気が噴き出す。
「これはもう、意中の殿方と伝えたも同然ですかね? えへへ」
「おおおおお奈落さま! それはいけませんわ! 逸脱した罰ですわあああああ!!」
「知りません! そんな大事なものを置いて行った罰です!」
「ああああ駄目ですわ! 早く! 早く王宮へ帰りませんとおおおおお!!」
咎人の悲痛な叫びが、瓦礫の山から立ち込める黒煙と共に、空へと舞い上がった。
うん。
ガルム紳士とスルトくんが待ってる。
みんなで帰ろう、王宮に。
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