#50 『 Hero and Evil. 』
――B-side. ▶▷▷ ヘル。
兄上とヨル兄が激しく衝突している。
数百年ぶりに会えたというのに。
あんなに仲の良かった二人が、
……正直、目をそむけたくなる光景じゃ。
「ヘル様、これ。預かってて下さい」
勇者が
何故こんな物を、とも思ったが。
とりあえず何も言わずに受け取ることにした。
「勇者、くれぐれも無理だけはするなよ。あの姿の兄上らは、力を完全に開放しておる状態なんじゃからな」
「任せてください! 私にはこの金槌があります! それに、必殺技も考えましたから!」
必殺技……?
「それじゃあ、行ってきますよお!」
何故かいつもより自信満々なのが、逆に不安なのじゃが。
「く……お、おねえ……ちゃん……」
リーダーと名乗っていた赤髪の女が、ふらふらになりながら手を伸ばして歩き出している。
こやつは勇者の妹、名はアリスだったかのう。
「その体では無理じゃ。勇者を信じろ。あやつはとんでもなく強いぞ」
「ふ、ふん。そんなこと貴様に言われなくても分かっている!」
ふふ、姉に似てなかなか生意気ではないか。
「ヘル様、助け出されちゃったんすねえ」
「ふぎゅう。まあ、ヘル様が無事ならなんでもいいですう~」
「うむ。久しいな、二人とも」
逆に、ラティとレトはおとなしいな。
地面に座り込んで、静かに見守っておる。
……まあこっちもかなりボロボロじゃし、何も出来んか。
とはいえ、
魔縄の所為で、魔力を大分失ってしまった。
勇者はヨル兄の尻尾に飛び乗ると、持っている金槌を大きく振りかぶった。
「いくぞお! スーパーアルティメットアタァァァァァック!」
ダサい!!
必殺技の叫びと共に金槌を打ち付けると、激しい振動と共に雷光が走った。
「いったあああああい☆」
ヨル兄は大きく口を開けながら、その巨躯をのけ反らせる。
うむ、効いておる様じゃ。
そのまま更に駆け上がろうとする勇者目掛けて、二又の舌を鋭く伸ばす。
パチン!
【
勇者を守るように、氷の壁が足元から出現した。
ガシャァァァァン!
成る程。
魔王が後方から魔法でサポートをするのじゃな。
いいコンビネーションではないか。
本来であれば兄上たちと
近づくことすら困難であろう。
全く、面白い奴らじゃ。
「おいテメェ! 危ねえぞ! 引っ込んでろ!」
兄上が、ヨル兄へ牙を突き立てながら忠告する。
「フェンリル、喧嘩をやめてください! ヘル様が悲しんでます!」
「ハ! 残念だがそいつは無理だ! 俺もアイツも、どっちが正しいかを譲る気は無え!!」
「そうですか! ではあなたにもこのハイパースペシャルバスターをお見舞いしますからね! 覚悟しておいてください!!」
「なんで俺も!? つーか名前ダセェな!!」
おーおー。
珍しく勇者が挑発的ではないか。
反対に魔王はと言うと、至って冷静に見える。
いたずらに近づこうとはせず、体制を低く取り、腰を据えている。
よく見れば、片手で勇者のサポートをしながらもう片方の手は地面につけ、ぶつぶつと何かを唱えている。
とんでもない奴じゃな。
そして勇者は氷の盾に守られながら、尚もヨル兄の体を駆け上がっている。
「いい加減に……しなさーい☆!!」
ヨル兄がその巨体を高速で一周させた。
当然、勇者は一蹴され空中へ放り出される。
「勇者ちゃん! 悪い子は御仕置よ☆!!」
ヨル兄の口がオレンジ色に光を放つ。
い、いかん!!
「――目覚めよ、深淵に眠りし
【
魔王の詠唱と共に地割れが起き、間欠泉のように地面から水流が湧き上がった。
「きゃあああああん☆」
「ぐわああああッ!」
直撃を受けた兄上たちは、揃って悲鳴を上げる。
宙を彷徨っていた勇者は、その水流に打ち上げられるようにして、ヨル兄の巨躯をゆうに超えるほど天高く舞い上がった。
魔王は、その様子を笑顔で見上げている。
「いけえ! やっちゃえ奈落ちゃん!」
成る程。
あの高さから金槌ミョルニルをぶちかます訳じゃな。
水に濡れて、雷の通りも良かろう。
「いやあああああ! た、たかいいいいいい!!」
なんか悲鳴を上げておるが。
しかし魔王は目もくれず、両手を合わせて再び詠唱を始めている。
ふ、何も心配しておらぬという訳か。
「そんな簡単にやらせるもんですか☆」
ヨル兄は先ほどよりも更に高速に、まるで巨大な竜巻のように回り始めた。
「スーパーハイパーエンドレススピンッ☆!!」
なんかヨル兄も必殺技っぽく張り合っておる!
巨大な体が繰り出す大回転は、こちらにも衝撃波となって襲い来る。
ここにおっても感じるすさまじい衝撃!
流石に不味い。
あの回転に落下すれば、勇者とてただでは済まぬ。
ヨル兄は勇者を本気で殺す気なのか!?
「――始まりと終わりの奈落世界。全てを凍てつくせ!!」
【
魔王の詠唱と共に、大気が凍り付く。
ヨル兄とその近くで攻撃を仕掛けていた兄上は、もろとも巨大な氷塊となって氷漬けにされた。
「ああああーん☆」
「なんで俺まで!!」
そして。
勇者は両手で金槌を握りしめ振りかぶると、落下の勢いそのままに例のダサい必殺技を叫んだ。
「うおおおお! 超スーパー究極アルティメットアタァァァァァック!!」
振り下ろしたミョルニルはヨル兄の脳天に直撃し、激しい衝撃波と稲妻が巻き起こる。
その反動で、勇者の体は弾かれるように放物線を描いた。
「こ……この……オ……!」
ヨル兄の瞳が赤く燃える。
地鳴りのような激しい振動と共に、パキパキと氷塊が音を立ててひび割れていく。
駄目だ。
これでも倒れぬのか……。
すると、すかさず二人が叫ぶ。
「さあ、ヘル様!」
「今だよ、ヘルちゃん!」
……!!
ふふふ、成る程。
勇者が
魔縄グレイプニル。
勇者を奈落へ貶めた、忌まわしき魔道具。
そして兄を縛り上げ、
こんなものをどこから、と思ったが。
そうか。
勇者を縛った魔縄がまだ残っておったのか。
今度はこれを兄上たちに。
なんとも皮肉な話ではないか。
兄上。
ヨル兄。
お二人の想いは分かっておるつもりです。
ただ、
そして、そんな想いにしてくれたのは――。
『――ヘル様は私の主であり、友達です。すごく大事な人です』
『――奈落脱出の道具が手に入ったら、ヘルちゃんも一緒に出ようよ! もう奈落にいる必要、無いでしょ?』
「勇者! 魔王! お主らは最高のともだちじゃ!!」
両手で伸ばした魔縄グレイプニルを、巨大な氷塊に向かって投げつける。
「ああああ! ヘル!? どうしてそんなものを持っているの☆!?」
「つーか、なんで俺も一緒なんだああああ!!」
氷漬けになっている二人を、魔縄はぐるぐるとまとめて縛り上げた。
「問答無用! 喧嘩両成敗じゃ!!」
「その通ーり! 流石ヘル様! えへへへ」
「やったねヘルちゃん! ふひひ!」
勇者――。
魔王――。
――ありがとう。
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