#49 泣いとらんわ。

 ――業務連絡ッ!


 妹と十五年ぶりに剣を交えました!


 急に叫びながら突進してきた時は、めちゃくちゃびっくりしたけれど。

 びっくりして全然力の加減が出来なかったけれど。

 借りた剣もひしゃげて使い物にならなくなっちゃったけど。


 でもやっぱり、むかし木剣で騎士団ごっこした時のこと思い出したなあ。

 うんうん、楽しかった。えへへへ。


「ぐす……ぐすす……」


 床に倒れこんだアリスは、俯いたまますすり泣いている。


 ああああ!

 やりすぎちゃった!?

 

 よく見たら鎧の腰あてが粉々に砕けている。

 聞くまでもなくやりすぎだった。


「ごごごごめんアリス! 大丈夫!?」


 急いで駆け寄ると、アリスは両手を広げてこちらへ飛び込んできた。


「お姉ちゃんんん!! 良がった……生ぎでて良がったあああああ!!」


 うわあ、びっくりした!


「私ね、お姉ちゃんが奈落に封印されたって聞いで、探しに来だのおおぉぉ!!」


 えええ!?

 奈落に来た理由、私に関係ないって言ってたのに。

 私を探すために自分で大穴に飛び込んできたってこと!?

 何してんのこの子は!!


「もう会えないって思っでだぁ! 嬉しいよおおぉぉ!!」

 

 ……いや、今はそんなこといっか。


「私も会えて嬉しいよ。助けに来てくれてありがとう、アリス」


 私はアリスを抱きしめ、背中を叩く。

 

 こうすると落ち着くんだよね。

 いつも魔王さんにしてもらうから、分かるんだ。えへへ。


「……ひっぐ……お姉ちゃん、十五年前と何にも変わってないんだもん。もしかしたら魔物が擬態してるのかも、とか……色々考えたんだけど……でも……話して分かった。戦って分かった。お姉ちゃんはお姉ちゃんだった……!」


 あー、そっか。

 十五年経ってるのに姿が一切変わってなきゃ、そう思っても無理ないかもな。

 ましてや最初、アリスのこと分からなかったし。

 

「うんうん。私もアリスが一気に大人になっちゃって驚いてる。十五年、きっと色んなことがあったよね。あとで、沢山聞かせてね」

「……うん……!」


 あ、そうだ。


 ちょっとごめんよアリス。


 私は振り返ると、地面で横になっているヘル様の元へ駆け寄った。


「ああああ! 捨てないでえお姉ちゃんん!!」

「す、捨てないよ!! ちょっと待ってて!」


 なんかむしろ十五年前よりも幼くなってない??


 と、とりあえずヘル様。


 ヘル様は魔縄で縛られたまま意識は無い。

 ガルム紳士の時みたいに、金槌で破壊しよう!


 スルトくんから借りた金槌を、魔縄目掛けて振り下ろした。


 バリバリと音を立て、閃光が走る。

 と同時に、ヘル様を縛っていた魔縄は灰となり消えて行った。


「う……」


 小さなうめき声と共に、ゆっくりまぶたを開く。


「ヘル様! 大丈夫ですか!?」

「……おお勇者。助けに来てくれたのか」

「はい! ヘル様の使用人こと、シチューの女ラクナ! 只今参りました!」


 ヘル様はうつろな表情のまま、むくりと上体を起こす。


「シチューの女、じゃと? お主はわらわのともだちではなかったのか?」

「はい! 間違えました! ヘル様の友達です!」

「じゃが」

「じゃが?」

「……シチューは食べたいな?」


 その言葉と共にニヤリと口角を上げ、私の顔を覗き込むように見上げた。


「えへへ、そうですね。帰ったら、ヘル様のシチューでパーティーの続きをしましょう!」

 

 ヘル様、元気だ。

 良かったあ。


「え、シ、シチュー?」


 アリスが目を輝かせている。

 そういえばこの子もシチューが大好きだったね。


「そうだよ。私がお母さんのシチューを完全再現したの。食べたいでしょ?」

「食べたい!!」


 そう言うと、両手を合わせて満面の笑みを咲かせた。

 その様子を、不思議そうな顔で見つめるヘル様。


「なんじゃあやつ。王宮で会った時とはまるで別人じゃな」

「ふふ、ですよね。アリスって言います。私の妹です」

「妹? 姉にしか見えんな」

「……妹だ!!」

 

 ああ、またアリスがほっぺた膨らませてる。

 

 でもこれで、ヘル様を救い出すことが出来た。

 次は――。


 ズドォォォォォン。


 刹那、大きな揺れと共に激しい衝撃音が鳴り響く。

 塔全体が揺れ、私は尻もちをついてしまった。

 

 いたあ!

 なななななにごと!?


「まずいぞ勇者ラクナ!」

「どうした妹アリス!」


 ってゆーかはどうした?

 

「あの二人が大変なことになっている!」


 あの二人!?



 ◇ ◇ ◇



 塔の外へ出ると、一階にいた魔王さんと獣人二人も口を開けながら空を見上げていた。


「ま、魔王さん! これは一体!?」

「あ、奈落ちゃん!」


 外へ出て、即座に状況を察した。

 揺れの原因も分かった。


 私たちが今まで入っていた塔。

 それと同じくらいの大きさをした、緑の大蛇が姿を現していたのである。

 

 で、でかあああああ!!

 しかもあの蛇って。


「ラブ&ハッピーの人お!?」

「そう! ヨルムンガントちゃん!」


 シャアアアアア!


 大きな口を開き、二又の舌を出す。

 睨みつける瞳は赤く充血し、その迫力たるや恐ろしさで動けなくなってしまいそう。

 

 その姿はもう、ラブでもハッピーでもない。


 そしてそのおぞましい大蛇と激しい戦闘を繰り広げているのは。


「テメェはなにも分かっちゃいねえ!!」


 青い大狼にして長兄、フェンリル。


「あらん☆ あの子が奈落に縛られているのは誰の所為かしらん☆」


 なんか兄弟げんか始まってるんですけどお!


 その様子を、ヘル様は苦悶の表情で見つめていた。


「おい! やめんか二人とも!!」


 ズウウウウン。


 戦いは続く。

 問いかけの返事は無い。

 帰ってきたのは虚しい戦いの衝撃波だけだった。


「くそ……。わらわの声が届かぬのか……」


 発した言葉に力は無く。

 ただ悲哀の表情で、両手を強く握りしめたまま見上げる。


 ヘル様……。

 嫌ですよね、家族同士の争いなんて。

 しかも、自分の為に争っているなんて。


「ヘルちゃん」


 魔王さんが静かにヘル様を抱きしめる。


「大丈夫だよ。わたしと奈落ちゃんで、あの二人を止めてくるから」

「魔王……」

「ね、奈落ちゃん!」


 優しい表情のままこちらに目線を向け、ぱちんとウインクを飛ばす。

 もちろんですとも、魔王さん!

 あ。

 あれ。

 やっぱウインク、むずかし……。

 

「こら勇者! こんな時に変顔とはどういうつもりじゃ!!」

 

 ごごごごめんなさい!

 ってゆーか変顔じゃないんです!!


「アハハハ! もう奈落ちゃん! ふざけてないで、行くよ?」


 私は金槌を握りしめ、眼前の大狼フェンリル大蛇ヨルムンガントを見つめる。


「はい! 私は友達を救う勇者ラクナ! 友達を泣かせる奴は、誰であろうと許しません!」


 少し間を置き、背中から小さな呟きが聞こえる。


「ふ……泣いとらんわ」


 ヘル様は指でまぶたを拭い、笑った。





 

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