#48 The day She became a hero.

 ――B-side. ▷▷▶ アリス。



 ◆ ◆ ◆ 



「どどどどどどーしようコレ」


 お姉ちゃんがいつにも増して、汗を流しながら帰ってきた。

 片手には美しい剣を持って。


「お、お姉ちゃん。その剣どうしたの?」


 豪華な装飾をあしらったその剣は、その辺の武器屋では到底手に入らないような見た目をしていた。

 手に持つ本人は、顔を青ざめながら見つめている。


「いや、勇者しか抜けない伝説の剣らしいんだけど。試しに触ったら簡単に抜けちゃって……」


 ええ!

 伝説の剣!?

 それをお姉ちゃんが抜いちゃった!?


「それ、たしか何百年間だれも抜けなかったっていう剣だよね? お姉ちゃんすごいね?」

「いや、でも私に仲間と魔王討伐なんて無理だよ!? どうしよう! どうすればいい!?」


 絶望に染まった表情で、伝説の剣を粗雑に振り回す。


 確かにお姉ちゃんは強い。

 木剣で決闘ごっこをしても、未だに一度も勝ったことがない。

 負けて倒れた後、「また私の勝ちだね」と言って優しく起こしてもらう。

 それがいつものお決まりの流れ。

 もしかしたら、魔王だって倒せちゃうんじゃないかなあ。


 どちらかと言うと、問題なのは魔王討伐。

 知らない人と旅に出るなんて、お姉ちゃんには絶対無理!

 お店の人とすら話せないんだから。


 でも、そんなに嫌ならどこかに捨ててくればいいのに。

 責任感があるんだか無いんだか。


「お姉ちゃん、その剣貸して! 私が捨ててきてあげる!」

「え、いいの?……いやいやいや駄目だよ! そんなことしたらアリスが……ヒッ!」

 

 外から何か聞こえる。

 地響きを立てながら、複数の足音がこちらへ近づいて来ていた。


「ああああああ! まずいいいいい!!」


 お姉ちゃんは突然叫び出すと、すぐさま家を飛び出し駆けて行った。


「いたぞ! 伝説の剣を抜いた勇者だ!」

「逃げるぞ! 捉えろ!!」

「いやああああああああ! これは何かの間違いです!! 人違いですううううううう!!」

 


 その後、王国へ連行されたお姉ちゃんは、お付きの仲間と共に魔王討伐の旅へ出ることとなった。


「えへへへへ。まあ、魔王なんてちょちょいのちょいだよ! 勇者ラクナにお任せあれい!」


 なんか乗せられたようで、出発の時はかなりノリノリになっていた。


 

 


 しかし。


 お姉ちゃんが魔王と相打ちになったと知らされたのは、そのたった六日後の事だった。



 ◆ ◆ ◆



 謁見の間。


「アリスよ。お主に、王国騎士団、騎士団長を命ずる」

「はっ。謹んでお受けいたします」


 勇者ラクナの死から十五年。

 私は、女性初の騎士団長任命を受けた。

 すべては彼女の代わりとなれるよう精進したからこそ。

 勇者ラクナが生きていれば、私なんかよりもっとすごい騎士になっていたに違いない。


 ……そう、お姉ちゃんが生きていれば……。


「素晴らしい!!」


 拍手をしながら、無駄に豪華なコートで身を包んだ大男がこちらへ近づいてくる。


 英雄テュール。

 お姉ちゃんと共に、魔王討伐の旅へ出た男。


「アリス殿。剣姫と呼ばれる貴女の剣技。まるで魔王を一撃で倒したあの時のお姉さまそのものだ!!」


 醜悪な笑顔で頷きながら、スローテンポの拍手で讃えている。

 

 ちょっと待て。

 今なんて言った?


 私は足早に近づき、奴の胸倉を掴んだ。

 王様も含め、周りは騒然としている。


「魔王を一撃で倒しただと? 勇者は、魔王と相打ちになったのではなかったか!?」

「い、いや。いい言い間違えただけだ」

「そもそもおかしいとは思っていたんだ! 相打ちになるほどの苛烈な戦いで、なぜ貴様らは無傷で生還しているのだとな!!」

「う……」

「どういうことなんだ! 説明しろ!!」


 私は怒りに任せて、掴んだ胸ぐらを力強く絞る。

 肉が食い込むほどに絞められた首に耐えきれなくなったか、苦悶の表情で口を開いた。


「ゆ……勇者が魔王を倒した後、俺たちは……勇者に魔縄グレイプニルを使ったんだ……」

「なん……だと……!!」


 私は拳に力を込め、テュールを思い切りぶっ飛ばした。


 情けなく倒れる英雄を、沸き上がる怒りを込めて見下ろす。


「ふざけるな!! 勇者は……お姉ちゃんは、家でのんびり暮らすのが好きな、優しい普通の女の子だった!! それなのに、なりたくもない勇者をやらされて! 出たくもない旅に連れ出されて!! 挙句の果てには魔王を倒した後に魔縄を使われただと!? どういうつもりだ!! なぜそんなことをしたッ!!」

 

 怒りが無限に溢れてくる。

 このまま、この男を殺してしまいそうだ。


 テュールは頬に手を当て、涙を浮かべながら口を開く。


「し、し、仕方なかったんだ! 魔王を倒した後、勇者が俺たちに切りかかってきたんだ!」

「そんな見え透いた嘘を!!」

「ほ、本当だ! それに、勇者が魔王の手先だって噂もあった!」

「そんなことある訳ないだろう!! そんな噂を貴様らは信じたのか!!」

「だ、だってそれを話してたのが、王族の方だったから! ま、魔縄だって、その方から頂いたんだ! もし勇者がおかしなマネをしたら使えって!!」


 なんなんだ。

 誰なんだそいつは!!


 いや、そんなことはもうどうでもいい。

 確かめに行かないと!


「アリス殿! ど、どこへ行く気だ!?」

「魔王城だ! その話の真偽を確かめに行く!!」

「今更行ってどうなる!? それに、勇者が別の場所へ連れていかれたのは確認してる!」

「どういうことだ」

「勇者に魔縄を使った後、俺たちは我に返って魔王の部屋へ引き返したんだ。そしたら、俺らに魔縄を渡した王族の男が、勇者と魔王を抱えて外へ連れ出して行っちまったんだよ!」


 また、その男……!!


「誰だ、その王族の男っていうのは!!」

「分からねえ。紫の髪色をしていた。しかも勇者を魔縄グレイプニルに繋いだまま運んでたんだ。只者じゃねえ」

「……それで、そいつはお姉ちゃんをどこへ!?」


「奈落だ」


 は……?

 奈落だと……?


「封印されてた。入ったら二度と出ることの出来ねえ、あの奈落に」

「その男はなぜそんなことを!!」

「知らねえよ。だからもう、姉さんのことは忘れるんだな」


 奈落……。

 凶悪な魔物を封じるための大穴。


「……王様。騎士団長のお話。折角ですがお断わりさせて頂きます」

「なんじゃと?」

「おい、アリス殿。まさか……」


「私は、勇者ラクナを探して参ります」

 

「なんと! 自ら奈落へ飛び込むつもりか!?」

「あれから十五年も経つんだぞ! もうとっくに死んでるぞ!」


 ……!!


「黙れ!! お姉ちゃんを利用して成り上がった屑め!!」


 私は再びテュールを殴りつけた。

 大きな体は回転をしながら吹き飛んでいく。


 ……私は終わらせない!


 勝手に期待されて、その期待に応えるために旅に出た優しいお姉ちゃんの最期が、そんな終わり方でいいはずがない!!


 私は……諦めない!!


 私は――!!

 

 

 ◆ ◆ ◆



 私は――!!


 ずっとあなたを目標にして生きてきた!

 会いたかった!

 生きててよかった!

 会えて本当に嬉しいよ!


 お姉ちゃん!!

 


「――勇者ラクナァァァァァァァァ!!」


 お姉ちゃんは私の突き出した剣先を、そっと掬うように下から刀身を当てる。

 しゃりしゃりと音を立てながら火花を散らし、ほんの数ミリ軌道のズレた突きを最小限の動きで躱すと、すれ違いざまに剣を払った。


 ギィィィィィン!

 

 お姉ちゃんの斬撃は私の腰あてを正確に捉え、金属音の数秒後に遅れて来た衝撃を脳が把握した時には、既に膝をついてドサリと倒れ込んでいた。

 

 私は何が起こったかも理解できないまま、気付けばヒビだらけで破壊された甲冑と共に床に伏している。

 体が、動かない。

 

 私は勇者ラクナの……たった一撃の剣戟に倒れたのだ。


「アリス、大丈夫?」


 優しい声に振り返り、見上げる。


「また私の勝ちだね! えへへ」


 お姉ちゃんはまるで児戯を終えた子供のように、無邪気に笑った。



 


 

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