#47 天涯比隣シスターズ。

 ――業務連絡……。


 私はいま、最上階への階段を上っています。


 うう、足が重い。

 十五年ぶりに会う妹に、どんな言葉をかけようか。

 いやまあ、私には十五年ぶりの感覚は無いんだけれど。


 怒ってるんだよなあ。

 口も利いてくれない感じだったもんなあ。


 えーと。

 えーと。

 アリスは何が好きだったっけ。

 アリスが欲しがってた物。

 アリスが欲しがってた物……。


『はい、お姉ちゃん! 誕生日おめでとう!』

「うわあ! オシャレなブーツ! ありがとアリス! えへへへ」

『ごめんね。お姉ちゃんが本当に欲しい物は友達だって分かってるんだけど、それはあげられないの』

「いやあいやいやいや! ななな何言ってんのアリス! 私、めっちゃ友達いるよ!? 多すぎて逆に少なく見えるパターンだよ!?」

『そんなパターン無いよお姉ちゃん!!』


 ……ぐわあああ!

 これは私が欲しがってたものッ!

 

 階段を上りきると、少し暗い部屋の奥に人影が見える。


 赤いポニーテールに王国騎士の甲冑。

 腕を組んで俯き加減のアリスは、相変わらず不機嫌そうにしていた。


 やっぱりまじまじ見ると、大人になったなあアリス。

 昔から可愛い顔してたけど、今はすっかり美人さんだあ。

 十五年後だから、二十七歳か。

 私の十二歳年上になっちゃった。

 そりゃあもう大人の女性だよね。


 と、とりあえず久々の再会!

 とりとめのない話で緊張をほぐそう!

 ミッション開始!


「ひ、久しぶりですね、アリス。ほ、ほほ本日は御日柄も良く――」

「全然良くないだろう。奈落はずっと曇っている」


 ミッション失敗!


 うううう、どうしよう。

 こういう時はどうすれば……。


 あ。


 こういう時こそ陽キャパワーを発揮するとき!


「ようようアリスちゃん! そんな不機嫌そうな顔してどうしたんダイっ!」

「斬っていいか?」


 斬っていいかッ!!


 いや待てよ。

 くるくる蛇には問答無用で斬りかかってたわけだし、全然優しい対応なんじゃないだろうか。


 やったあ。

 優しくされたあ。

 アリスう。

 えへへ。


 アリスは大きくため息をつきながら口を開く。


「……他の連中は? どうしてお……しか居ないんだ」


 お勇者!

 そんな礼儀正しい呼びかた!

 大人になったなあアリス。


「なんか、皆さんすんなり通してくれました」

「チッ、あいつら……」


 不満げに小さく呟くと、頬を膨らませ眉間にしわを寄せる。


 うんうん。

 怒るとほっぺたを膨らませるところは変わってないなあ。


「ところでアリスは、どうして奈落にいるんですか?」

「おね・勇者には関係ない……ってゆうかなんで敬語なんだ!!」


 おね勇者ってなんだよお。

 とにかくすっごく怒ってるよお。


 ま、まあ妹に敬語って変だもんね。

 十二歳年上だけど。


「ご、ごめんごめん。アリスがすっごく大人の女性になっちゃって、つい。えへへ」

「おねしゃは……全然変わってない……な」


 ああもう、おねしゃになっちゃってる。

 呼び方が。

 

「そうでしょ? なんか十五年間眠ってたみたいでさあ。まあそれもついさっき知ったんだけど」

「……そう。だから私だと気付かなかった訳だ」

「うん。ご、ごめんね」


 アリスは険しい顔のまま俯いている。


 うーん、弁明したものの、まだ怒ってるなあ。

 ほっぺたぷっくり中だもの。

 まあ家族なんだから気付いてよ、って思ってるよねえきっと。


 でも、本当にどうしてこの子は奈落にいるんだろう。

 関係ないって言われちゃったけど。

 まさか誰かに封印されたのかな。


「ア、アリス。なんか嫌な事でもあった? もももし良かったらお姉ちゃんに話してみなさい」

「……思春期の娘でも相手にしてるのか? 私はもう二十七だぞ!」


 ううう。

 また怒られたあ。


 と、とりあえず話題を変えよう。


「ア、アリス。あの魔物たちとはどういう関係なの? お友達ならお姉ちゃんにもちゃんと紹介して」

「と、友達などではない! だとしてもなぜ紹介せねばならんのだ! 子供扱いするな! 私はもう二十七だぞ!」


 あああ。

 ごめんよおアリス。

 女の子に年齢を連呼させてしまってごめんよお。


「あいつらは、奈落に落ちた時たまたま知り合っただけだ。私の目的を手伝ってもらう代わりに、私もあいつらの目的、奈落の管理人を攫う手伝いをする。ただそれだけの関係だ」

「じゃあなんでくるくる蛇はあなたをリーダーって呼んでるの?」

「そ……それは……」


 ん?

 なんかアリスが顔を真っ赤にしてもじもじしているぞ。

 どーしたどーした。


「……リーダーって呼ばれると……気持ちいいから……」


 ええ!

 ただそれだけの理由!?

 なんか急に妹感を感じたよ!

 え?

 アリスう!


「えー! じゃあお姉ちゃんも呼んじゃおう! アリスリーダー!」

「お! お姉ちゃんは呼ばなくていいから!!」


 わお!

 お姉ちゃん!

 久しぶりに聞いたなあ!

 えへへへえ。


「……くそっ。興奮してお姉ちゃんって呼んでしまった……」

 

 いや、いいじゃない別に。

 なんでそんなに落ち込んでるの。


 まあとりあえず、そんなに深い関係でもないんだね。

 結局、アリスの目的は分からないままだけど。


 あれ、そういえばヘル様は?

 くるくる蛇がここに居るって言ってたはずだけど!


「アリス、攫った女の子はどこにいるの?」

 

 私の問いに、アリスは視線を後ろへ向ける。

 碧色の瞳が示す先には、魔縄で縛られたヘル様が横たわっていた。

 意識は無いのか、目を瞑っている。


 ヘル様……!!


 私が駆け寄ろうとすると、すかさずアリスが剣を向けた。


「ヨルの目的はこの子を連れ出すこと。渡すわけにはいかない」

「アリス! 魔縄で縛られた人は魔力を吸い取られちゃうの! 魔物は魔力が空っぽになったら死んじゃうの!」

 

 私の言葉は全く届いていないのか、剣と冷たい視線をこちらに向け続けている。

 

「いい機会だ。それなら私から力づくで奪ってみればいい。勇者ラクナ」

「な……」

「アナタが勝てばこの子は返すし、私が奈落に来た理由も話そう」

 

『――お姉ちゃん、遊ぼ!』


 そういえばこの子は昔から剣士に憧れて、よく騎士団ごっこに付き合わされてたっけ。

 うーん、でも今はなあ……。


「ア、アリス。お姉ちゃん武器持ってないんだよ! こんな金槌じゃ戦えないしさ! ね! あとにしよ、あとに」


 両手をぱたぱた振って丸腰をアピールしてみる。


 しかしそんな抵抗も虚しく、地面を滑るようにして剣がこちらへ届く。


「ちょうど剣を二本持っていたんだ。それを使え、勇者ラクナ」


 んもおう。

 どんだけ勝負したいのよ、私の妹は!


『――お姉ちゃん! どっちが正しいか勝負で決めよー!』


 ……うん。昔から変わってないな。

 

 私は渡された剣を手に取り、構える。

 

 早くしないとヘル様が危ないもんね。


「わかったよアリス。じゃあパパっと始めよう!」

「……私は王国の騎士団長に任命されたんだ。舐めてると大けがじゃ済まないぞ!!」


 アリスは姿勢を低く、剣を構えたままこちらへ突っ込んでくる。


「勇者ラクナァァァァァァァァ――――



 ◆ ◆ ◆



 それは、あまりにも突然だった。

 

 十五年前の、雲一つない良く晴れた朝。


 その日。


 お姉ちゃんは、勇者になった。



 ――――――B-side. ▷▷▶ アリス。





 

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