#45 A story of hero saves evil.
――B-side. ▷▶▷ 魔王。
わたしはもう、ただ泣きながら玉座に座る人形じゃない。
魔王という名の、ただの置物でもない。
それを今から証明するから!
さあ二人とも、かかってきて!
「まおー様! 覚悟するですう!」
レトちゃんが両手で火球を作り出す。
無詠唱で、それも一瞬で炎を生み出すなんて。
あの子、相当の使い手ね。
わたしは口元に掌を当て、
【
レトちゃんの両手の先にあった火の玉は音も無く消え、煙だけが残った。
ふと視線を横へ送ると、ラティちゃんが拳を振りかぶって急接近。
速い。
警戒していなかった訳じゃないのに、一瞬で間合いを詰められた。
この子は近接戦闘が得意なのかな。
わたしは地面に向かって息を吐き、パチンと指を鳴らす。
【
自分の目の前に地面から氷壁を出現させる。
魔法で作った氷の盾だ。
ガッシャァァァァァン。
ラティちゃんはその拳を盾に向かって突き出し、見事粉々に打ち破った。
すごいパンチの威力。
そんな簡単に壊れたりしないのにな。
粉々に砕け散った盾の破片たちに手をかざす。
氷の礫を水に変え、生まれたいくつもの水流を、そのまま牛のように突っ込んできたラティちゃん目掛けて撃ち放った。
【
無数の水流で押し戻され、彼は元の階段横まで吹き飛んだ。
ついでにレトちゃんを巻き込むように。
「わわわ! こっち来るなですう~!」
ズドォォォォン。
巻きあがる土埃と共に、二人のせき込む声が聞こえる。
もみくちゃになり、レトちゃんの上にラティちゃんが乗っかっていた。
「重いです! 早くどくですう~!」
「ご、ごめんっす!」
体勢を立て直した後、今度はレトちゃんが両手を大きく上へ掲げる。
先ほどよりも一回り大きい火球を作り出した。
「ラティも魔力を送るです! 風魔法で消せないほどの大きい炎を作るです!」
ラティちゃんも火球へ手をかざし、火球はみるみる大きくなっていく。
そこでわたしも手をかざしてみる。
火球は三倍ほどの大きさにまで膨れ上がった。
うーん。
あんまりやりすぎると、この塔が本当に燃えちゃうね!
この辺にしておかなきゃ。
「え、まおー様も協力してくれるんですかあ? ありがとうですう~!」
にこにこでお礼を言うレトに対し、ラティは分かりやすく焦りを見せていた。
「ばか、そうじゃないっす! これはつまり、姫様の圧倒的な魔力で操作を乗っ取られたってことっす!」
わたしはかざしていた手をゆっくり振り下ろす。
すると同時に、巨大な火球は二人の頭上へと落下した。
ズガァァァァァァン。
着弾と共に小規模な爆発。
燃え広がった炎は【
残ったのは、黒焦げで煙を立てながら横たわる二人の姿だった。
「……だめっす。手も足も出なかったっす」
「つ、強すぎですう……」
二人は上半身をむくりと起こし、真っ黒なまま白い歯を見せた。
「……ははは、随分立派になったんすね姫……いや、魔王様」
「……あー。ラティがまおー様をえっちな目で見てるですう」
「ばか、レト! そういう意味で言ったんじゃないっす!」
ボロボロの姿でわちゃわちゃ揉める二人。
わたしも、その姿につられて笑顔が零れた。
もう、何言ってるの二人とも。
「でも、奈落を出て再び魔王をやりたいなんて。どういう風の吹き回しっすか?」
ラティちゃんのその言葉に、わたしはゆっくりを振る。
「昔はね、なんでわたしが魔王なのか、どうして魔王にならなきゃいけないのか。なにも分からずただ玉座に座ってた。毎日辛くて、早く勇者に倒して欲しくて、ずっと人間の本ばかり読んでたよ」
「まおー様……」
「そんな時、とうとう勇者に出会ったの」
そう。
銀髪で長い前髪が片目を覆っている、ちょっぴり内気そうな女の子。
「その子も、別に世界を救う為、とかそんなこと全然なくて。早く旅を終わらせたくて急いで魔王城までやってきた。そんな子だった」
「わたしに、似てたんだ」
仲間から信頼されていないところまでわたしにそっくり。
……なんて、奈落ちゃんが聞いたらショックかな?
「でもね、そんなわたしに似てる勇者が……ある日ヘルちゃんに言ったの。『勇者になりたい』って」
勇者になりたいなんて、きっと全然思ってなかったあの子が。
仲間に裏切られて、きっとつらい思いをしたはずの奈落ちゃんが。
「それからはもうどんどん成長していって――」
『――だから、その言葉を信じましょう。きっと、大丈夫です』
『――ガルム紳士! 私が代わりに縛られます!』
『――もちろんです! 私は友達を救う勇者、ですから!』
「……変わっていく彼女を見て、わたしも思ったんだ」
「自分の使命を投げ出すんじゃなくて、魔王から逃げるんじゃなくて。魔王になる理由を探したいって」
奈落ちゃんに出会わなければ、きっとそんなこと考えもしなかっただろうな。
「まあ、まだ見つかってないんだけどね! ふひひ!」
ラティちゃんは焦げ茶色になった髪をわしゃわしゃ掻きながら、大きくため息をついた。
「はあ……もうあの時の魔王様じゃないんすね」
「ふぎゅう。それにもう、負けた私たちに口出しする権利なんてないですう」
「さあ、さっさととどめを刺すっす」
「え?」
二人は揃って土下座のポーズをしている。
あ。
なんか懐かしいな、そのポーズ。
「俺らはアンタを殺そうとしたんすよ? さあ早く」
「そんなことしないよ! それに戦って気付いたんだけど、あなたたちに負の感情が全く無かった。殺気は本物なのに……どうして?」
二人は顔を見合わせると、困り顔のまま顔を俯かせる。
頭に付いた耳が、力なく垂れている。
「ふぎゅ。実は私、まおー様が魔力感知の更に上……感情を感知出来ることを知ってたです。……私も同じなので……」
レトちゃんも感情感知を?
確かに、彼女も魔力が相当高いなって思ったけれど。
「ウートガルザ王が去ったあと、まおー様に向けられた負の感情はとてつもない量だったです。そして、それが辛くて毎日泣いていたことも……知ってたです」
レトちゃんが泣いている。
泣いて……くれている。
「でもまおー様は、アナタは負の感情を向けてくる魔族たちを決して恨んだりはしなかった。憎んだりはしなかった。……本当に、優しい方です……まおー様は」
「だから、俺たちは……アンタを……終わらせようと……」
そっか。
わたしの為だったんだね。
見ていないだけで、わたしにも味方がいたんだね。
「間違ったやり方だって分かってるっす。奈落に落ちて当然だとも思ってるっす……」
わたしは頭を下げる二人に近づき、そっと抱きしめた。
「ありがとう。あの頃のわたしは、ずっと勇者に倒されたいって思ってたから、その選択は間違いじゃなかったかも!……それにあの時、わたしを想ってくれてた魔族が居たって分かって、すごく嬉しいよ」
「ま、魔王様……」
「でもね、今はもうそんなこと無いから! だから見てて! これからのわたしのこと!」
「ふぎゅう~! ま、まおー様あ! ごめん! ごめんなさいでずう~!」
「もう! どうして謝るのよ!」
今のわたしは、沢山の友達に囲まれている。
みんなと居れば。
奈落ちゃんと居れば。
きっとわたしの……魔王になる理由も見付かる気がする。
「でも魔王様……奈落を出たら、本当に魔王へ戻るんすか? 一緒に居る勇者の使命は、魔王を倒すことなんすよ? 当然、その勇者を魔王は迎え撃つことになるっす」
「大丈夫、戦ったりなんてしないよ! だって
それを聞いたラティちゃんは、呆れたように笑った。
「勇者が友達って。まったく、これだからアンタは魔王の器じゃないって言ったんすよ、もう」
『勇者と魔王』
お父さん。
あの時くれた本が好きな理由。
今ならわかる気がするよ。
これは善が悪を倒す物語なんかじゃない。
これは――
――――――#45 A
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