#44 A story of hero defeating evil.

 目の前に居る二人の魔族。

 この子たちは私が魔王だという事を知っている。


 でも、わたしはこの子たちを覚えていない。

 もしかしたら、思い出すことも出来ないかも。


「ま、魔王さん……」


 奈落ちゃんが、いつも以上に眉を引き下げ心配してくれている。


 ダメダメ!

 暗い顔をしてたら、奈落ちゃんが前に進めない!


「わたしは大丈夫だよ! ほら、早くアリスちゃんを追わないと!」

「で、でも……」

「おい勇者! グニパヘリルの時と違って、今のアイツは魔法が使える。大丈夫っつってんなら、何も心配いらねえだろ」

「……魔王さんは、洞窟の時と違って魔法が使えます。その魔王さんが大丈夫って言うなら、私は何も心配しません。先に上で待ってますね!」

「俺が言ったことそのまま言ってるだけじゃねえかコラァ!」


 二人は若干揉めながら、がやがや階段を昇って行った。


 わたしを信じてくれてありがと、二人とも。


 ……さて、わたしに残れって言ったこの子たちは、どんな用があるのかな?


「初めまして、じゃないんだよね。あなたたちの言う様に、覚えてないの。ごめんね」

「良いっすよ姫様、分かってたことっすから。ちなみに俺の名前はラティっていうっす」

「こらぁラティ~。もう姫様じゃなくてまおー様なんですぅ~」

「ああ、そうだったっす。ごめんっす、レト」

「謝るならレトじゃなくてまおー様に、ですぅ~」


 ラティちゃんとレトちゃん。

 わたしを姫と呼ぶってことは、魔王城にいたのかな。


「えっとそれで、わたしになにか用、かな?」

「……姫様。なんでアンタが奈落にいるんすか?」

「あー。……えっとね、勇者に負けちゃって。封印されちゃったの!」


 うん。

 その上わたしはその勇者を助けるために全力を尽くした。

 ラティちゃんの言う通り、わたしは魔王の器じゃ無い。


「良かったっすね、姫」


 返ってきた言葉は、意外なものだった。

 二人は顔を見合わせ微笑んでいる。 

 

「昔、ウートガルザ王が姿を消し、アンタが魔王になった日のこと。覚えてるっすか?」

「うん、もちろん」


 ウートガルザ王。

 元魔王。

 わたしの、お父さん。



 ◆ ◆ ◆



 ――六十九年前。


「ここがおうち?」


 わたしは目を覚まして間もなく、お父さんに連れられ魔王城へやってきた。

 

 その時はまだわたしの父、ウートガルザ王は魔王として魔族を統べていた。

 突如として現れた魔王の娘に魔族たちは動揺していたが、わたしの事を姫と呼び、温かく迎え入れてくれた。


 


 それから四年後のある日。

 お父さんが本をくれた。

 お父さんがわたしにくれた、最初で最後の、唯一のもの。


 本のタイトルは『勇者と魔王』


 伝説の剣を手に入れた勇者が、魔王を倒す話。

 たぶん、人間が書いた本。


 どうしてこの本をくれるのかと尋ねると、「僕が一番好きな物語だから」と答えた。


 魔王なのに、魔王が倒される物語が好きなことに私は笑った。

 でも、お父さんは。


「それは善が悪を倒す物語じゃない。その物語は――」


 お父さんはいつも鎧兜を身に着けている。

 でもその時は、どんな顔をしているのか知りたかったな。 


 次の日、突如として魔王は姿を消した。


「おとーさん、どこいっちゃったの?」


 その問いに、誰も答えてくれる者はいなかった。

 それどころか、


「……逆にこちらが聞きたいくらいですよ、姫」


 お父さんへの怒りや猜疑心は全てわたしに向けられた。


 お父さんは娘であるわたしを魔王に任命するとだけ言い残し、手下の静止を振り切り城を後にしたのだ。


 わたしは幼いころから魔力が高く、魔力感知よりもさらに機微な、感情すらも感知することが出来る。

 

 その日から、わたしは魔族たちの負の感情をひたすら浴び続けることになった。 

 

 その間にも、激化する人間と魔族の争い。

 戦いによる人間の怒りや憎しみも、魔王であるわたしに日々流れ込んできた。

 

 わたしはただ玉座に座る、魔王という名前の人形。

 人間の憎悪と魔族の嫌悪に晒され続ける、ただの置物。


 嫌で辛くて、ただ泣いている毎日だった。


 そんな時にふと思い出す。


 お父さんがくれた唯一のもの。


『勇者と魔王』

 

 勇者が魔王を倒す物語。

 

 その日からわたしは待った。


 人間に関する本を読み漁り、待って待って待ち続けた。


 わたしを苦しみから解放してくれる存在。


 勇者と呼ばれる人間が、わたしを倒してくれる、その日を――。



 ◆ ◆ ◆



 ウートガルザ王が姿を消してから、全ては変わってしまった。

 忘れたくても忘れられるわけがない。


「あの日、俺らはアンタを殺そうとしてたんですよ」

「……え?」


 わたしはそれ以上の言葉が出なかった。

 ラティちゃんは変わらず柔らかな笑みを浮かべたままだ。


「だって、アンタみたいな幼い子が魔王なんて、まっぴら御免だったんす」

「ふぎゅう。でもその日、紫色の髪をした人間に邪魔されて、私たちは奈落へ封印されちゃったんですう~」


 レトちゃんは目元に両手を当てて泣いている。


 紫髪の人間……。

 わたし達を奈落へ封印したのも……。


 いやでも、ラティちゃん達は五十年前の話だし、さすがに別人か……。


「まあ、アンタも奈落へ封印されたなら、これで一安心っす」

「ふひー。殺す手間が省けましたあ~」


 二人は顔を見合わせて笑い合うと、片手を階段の方へ向けた。


 話は、これで終わりらしい。


 それじゃあ奈落ちゃん達を追いかけよっか!


 ……。


 ……って思ったんだけど。

 ……なんだろう、この気持ち。


「……ねえ、二人とも。わたしが『魔王になりたい』って言ったらどうする?」


 投げかけた質問に、二人の笑みは一瞬で曇る。

 耳も眉も、腰から伸びる尻尾も垂れ下がる。


 二人とも、分かりやすいな。


 ラティちゃんは茶色い髪をわしゃわしゃ掻くと、眉をひそめながら口を開く。


「奈落に封印された時点で、もうアンタは魔王じゃないっすよ。魔王である必要が無いんすから」


 確かにそうだね。

 でも。


「ごめんね。わたし、奈落を抜け出すつもりなの」

「奈落を!? ふぎゅう、そんなの無理ですよお~」

「今ね、みんなに協力してもらって、あと一歩まで来てるんだよ!」


 ラティちゃんの顔が曇る。

 今度は眉を吊り上げ、尻尾を鞭のようにしならせ地面を叩いた。


「……言ったはずっす。アンタみたいな魔王、まっぴらごめんだって」

「あんなに泣いていたのに、まおーに戻りたいんですか? あなたはここで! 奈落で暮らしたほうが幸せなんですう!! たとえ力づくでも、まおーになんてさせないんですう!」


 二人は戦闘態勢に入る。


 わたしも、握り拳に力を込めた。


「ありがと、二人とも! じゃあわたしが負けたら大人しく奈落で暮らすね!」


 挑発しちゃってごめんね二人とも。


 でも。

 ただ泣いてるだけだった、あの頃を知ってる二人に見て欲しいんだ。


 わたし、友達と出会って。

 少しだけ変われたよってこと。



 


 

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