#43 合言葉はラブ&ハッピー☆
――業務連絡ッ!
蛇の人、ヨルムンガントが残した緑の鱗。
その魔力が示す目的地に到着しました!
攫っといて手がかりを残す理由はよく分からないけれど、今は考えていても仕方がない!
目の前に見える塔はヒビだらけで、周りには瓦礫が散らばっている。
まるで元々高くそびえたっていたものが、そのまま奈落に落下したかのよう。
瓦礫の山の上で斜めに建った塔は、きっと高層部分だったんだろう。
あまり広くない。
落下の衝撃によってたまたま出来た穴が、入口のようにぽっかり空いていた。
私たちは瓦礫の山をかき分けて、塔の中へと歩みを進める。
中は薄暗い。
罠の可能性だってある。
一応、慎重に……。
「オラァ! かちこみに来たぜ人攫いのクソ野郎ども!」
大胆にッ!
「出てこないと、塔に火を放っちゃうよ!」
豪快にッ!
「元気ねえ。焦らなくても、アタシたちはここに居るわよ♡」
暗がりから野太い声が聞こえてくる。
部屋の奥には王宮で会った、あの時の四人が居る。
……ヘル様とシンモラさんはいない。
ヨルムンガントはちろちろと舌を出しながら、余裕の笑みを浮かべている。
しかし、その隣にいる赤髪のリーダーは落ち着きがなく、明らかに動揺していた。
「おいヨル! どうしてお姉ちゃ……勇者ラクナがここへ来てるんだ!」
赤いポニーテールを振り乱しながらまくし立てるが、ヨルムンガントは悪びれる様子もなくウインクを返す。
「アタシの座右の銘は、ラブ&ハッピーなはん☆」
「その二又の舌を裂かれたくなくば解るように話せ!」
「アナタの為に呼んだのよ♡ アタシはお節介が標準装備なの☆」
蛇の人、ずっとちょっと何言ってるのか分からない。
アリスもそう感じたのか、それとも理由が気に入らなかったのかは分からないが、即座に腰の剣を抜いて振り切った。
いやあ怖い!
アリスちゃん怖いよ!
どうしたの!
あなたはもっと天真爛漫でちょっぴり生意気ガールだったじゃない!
だが問答無用の一閃が蛇の舌を裂くことは無く、空を斬る。
ヨルムンガントは両手を上げて、くるくると高速回転をしながら斬撃を避けていた。
あまりに無駄だと言わざるを得ないほど、高速で回っている。
「エンドレス・とぐろッ☆」
いつまで回ってんだこの人。
「ヨルムンガントちゃん! 目が回っちゃうよ!」
魔王さんのツッコミも、何かズレている気がする。
アリスはこの不毛なやりとりには加わらず、静かに剣を収めた。
そしてそのまま何も言わずに奥の階段を上っていく。
「ま……まってアリス!」
私は声を振り絞る。
アリスは一瞬立ち止まったが、すぐに上階へと姿を消してしまった。
くるくる回っていた蛇も回転をやめ、こちらに向かって両手でハートを作りウインクを飛ばす。
「上で待ってるわ勇者ちゃん。合言葉はヘビ&スピンよ♡」
そこはラブ&ハッピーじゃないんかい。
ヨルムンガントは再びくるくる回り出し、そのまま階段を駆け上がって行った。
アリスには聞きたいことが山ほどあるし、沢山謝らなきゃいけない。
でも、外見も中身も私の知らないアリスになってしまっている気がして、少し追うのが怖くもあった。
ふわりと、バラの香りが漂う。
「奈落ちゃん、行こう。アリスちゃんが待ってくれてるよ」
「……魔王さん」
「塔を出ていくんじゃなくて上の階に行ったってことは、きっとそういう事だよ」
少し俯き加減でいると、魔王さんが優しく手を握って励ましてくれた。
ありがとう、魔王さん。
うん、そうだよね。
あの子は間違いなく私の妹、アリス!
なにを怖がってるの、ラクナ!
カツン。
私たちの様子を、見守るように黙って窺っていたフェンリルが歩き出す。
「そんじゃ、クソ野郎をとっとと追いかけてえところだが……」
口を開きながら向ける視線は、階段の横で静かに佇んでいる二人組。
あの時と同じ、使用人のドレスを身に纏っている。
パッと見は人間だが、獣人の様だ。
二人とも、頭には牛の様な耳と角、腰には尻尾が生えている。
「あなたがフェンリルさんっすよね?」
茶色い髪色をした牛の獣人が、フェンリルへ問いかける。
「だったら、なんだ」
「ふぎゅう。じゃあヘル様はお兄様に会えたんですねえ。良かったですう~」
今度はもう片方のピンクの髪色をした牛の獣人が泣き始める。
この子、初めて会った時も泣いてなかった?
「もぉぉぉぉぉう!」
……泣き方も牛みたいだ。
とりあえず、やっぱりこの二人はフェンリルを探して行方不明になった使用人さんたちで間違いなさそう。
それにしても、茶色い髪の獣人さんは男に見えるけど……。
使用人が問答無用でエプロンドレスなのは、フェンリルが来る前から変わっていないんだね。
「で、俺たちは上へ行きてぇんだが」
「ああ、全然行っちゃってオーケーっすよ。別に妨害なんてしないっす」
あら、すんなり通してくれるんだ。
てっきり通せんぼされるかと思ったのに。
じゃあ、牛さんたちの気が変わらないうちに、さっさと二階へ行きましょう。
「ただし、アンタは残ってください」
そう告げて指差すその相手は、魔王さんだった。
「え……わたし……?」
指名された本人も戸惑っている様子。
え?
なんで魔王さん??
牛さんたちは、そのリアクションに呆れたような笑みを浮かべた。
「ま、俺たちのことなんて覚えてないっすよね」
「はうう。ショックですう~」
魔王さん、この二人と知り合いなの?
でも、魔王さんも驚いているみたいだけど……。
茶色い髪の人獣は、黒い瞳を曇らせながら冷たく言い放つ。
「やっぱアンタ、魔王の器じゃないっすよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます