#42 秒針分歩のオーバーロード。

 ――業務連絡ッ!


 私と魔王さんとフェンリルの三人は、王宮の門の前にいます。

 ヘル様の太陽のお陰で明るいし、気温も暖かい。


「じゃあ、道案内頼むぜ」


 フェンリルが腕組をしながら仁王立ちしている。

 何度も見てきた立ち姿。

 妹と全く同じポーズである。

 私が「ぷっ」と噴き出すと、『なにを笑ってやがる』と言いたげにじろりとこちらへ視線を向けた。


「任せて! とりあえず向こうへ真っすぐ! 距離はえーと……フェンリルと出会った洞窟の二倍はあるね!」


 魔王さんは片手に緑の鱗を握りしめ、延々と続く地平線の向こうを指差した。


 それにしても……二倍……ッ!

 そんな……。

 あの時ですらとんでもない時間をかけて歩いたっていうのに……。

 えーと。

 確か三十六時間で着いたんだよね。

 という事は、今回は七十二時間かかるってことかあ。


 ……いや待て。

 あれはトリプル太陽がキまってたわけで。

 七十二時間で着きたければ、寝ずにぶっ通しで歩かなければならないという事に……。


 ……いや!

 泣き言は言ってられねえ!

 友達を救う為だ!


「私は七十二時間、歩き続けます!」

「は! 死ぬ気か?」


 フェンリルは私の決意表明を一笑に付すと、体を白く発光させる。

 その光はみるみる大きくなり、視界いっぱいに眩く広がっていった。


 パアン!


 突然光が弾けると、目の前には巨大な狼が姿を現していた。

 

 青い狼。

 もしかして……!?


「なに口開けて突っ立ってんだ。さっさと乗れ」


 この声は、やっぱりフェンリル!

 え! 乗っていいの?


「そういえば奈落ちゃんは、この姿見るの初めてだったね!」


 上方から魔王さんの声がして見上げると、すでにフェンリルの背に跨っていた。


「魔王さんはこの姿見たことあるんですか?」

「うん。洞窟の帰りはみんなでフェンリルに乗って帰ったんだよ!」


 そっか。

 私寝てたんだもんね。


 差し出してくれた魔王さんの手を取り、私もフェンリルの背に跨った。

 

 う。

 思ってたより高い。

 ちょっと怖い。

 でも、ふわふわのもっふもふだあ。

 うひゃあ、気持ちいい!

 えへへへへへえ。


「おい! 急に抱き着くな!」

「奈落ちゃん! 抱き着かないで!」


 あう。

 は、はい。


 なんか二人に怒られてしまった。


「んじゃ、飛ばすぜ! しっかり捕まれよ!」

「はい、分かりましたッ!」


 がしっ。


「しっかり捕まらないで、奈落ちゃん!」

「はい、分かりましたッ!」


 ……。


 いや、どっちどっち!?


 ビュンッ。


 そしてフェンリルは、猛スピードで駆け出した。

 見渡す限り黒い地平線が続く奈落の大地を、真っすぐに駆けていく。

 本当にすごいスピード。

 これならあっという間に着いてしまうかもしれない。


 それにしても、風が気持ちいい!

 これで雲が無ければもっと最高だったかも!


 ただ、作り出した太陽はあの雲よりも高度を上げないと、灼熱の気温になってしまうらしい。

 いつも太陽が雲に隠れているのは意図してやっているんだって。


 そんな太陽作りのエキスパートである魔王さんも、美しい金色の髪をなびかせながら気持ちよさそうに鼻歌を歌っている。


「ふふ、この間よりもスピード出てるかも!」

「あ、そうなんですか?」

「きっとヘルちゃんが心配なんだね!」

「おい魔王。聞こえてんぞ」


 大きな耳をピンと立て、顔を少しだけこちらに傾け、大きな目玉をじろりと向ける。


「うん! だって聞こえるように言ってるもん! ふひひ!」


 悪戯っ子のように笑う魔王さんを「ちっ」と舌打ちすると、フェンリルは更に加速した。


「それにしても、あのヨルムンガントって子はどうしてヘルちゃんを攫ったの? お兄ちゃんなんでしょ?」


 魔王さんが人差し指を頬に当てながら質問を投げかけるが、その答えが返ってくることは無かった。

 フェンリルは口を紡いだまま走り続けている。


 聞こえてない……訳ないよね。

 さっきそれをフェンリル自身が証明してたし。

 答えたくないってことなのかなあ。


 魔王さんは後ろから身を乗り出すと、大きく張ったフェンリルの耳を引っ張った。


「こらー! 聞こえてるんでしょー!」

「ああうるせえ! 振り落とすぞ!!」

 

 ……魔王さん、フェンリルにだけは容赦ないなあ。


「アイツを攫ったのは、俺たちと同じ理由だろうよ。俺なんかより、よっぽど妹思いだからな」


 私達と同じ理由?

 ヘル様を奈落から解放しようとしてるってこと?


「ねえ、それならわたし達、戦わなくてもいいんじゃないかな?」


 魔王さんが体を横に傾けながら話しかける。


「ああ、もとからそのつもりだ。準備したのは念のため。魔物に出会わねえとも限らねえしな。そもそも勇者。テメェも妹と戦うつもりなんかねぇだろ?」

「……はい。それどころか謝りたいくらいで」

「うんうん、そうだよね! それじゃあ魔法使っちゃっていいかな!」

「あ?」

「え?」


 魔王さんが突然後ろを向いて、両手を突き出している。


 ん?

 魔王さん、なにをするつもりなんだろう?

 

「おい、何か嫌な予感がするぞ。おい勇者! 魔王を止めろ!」


 いや、止めろと言われましても。

 何をするのか私も分かってないのですが。


「奈落ちゃん。わたしの体、押さえててもらってもいいかな?」

「お任せください!」

「止めろや!」


 キュイーン。


 魔王さんの両手がオレンジ色に輝き始める。


「じゃあ、いっくよー!」


 ボブゥゥゥゥゥーン。


 魔王さんの両手から青い炎が噴射した。

 同時にフェンリルの体は一気に加速。

 というか、もうとんでもないスピードで飛空していた。


「アアアアアアア! 止めろ止めろォォォォォォ!!」


 怒り交じりの叫びと共に。


 ボガアアアアアン!


 景色など見る余裕も無いまま、私たちはいつの間にか岩山に激突していた。

 フェンリルがブチ切れたのは言うまでもない。

 人獣の姿に戻って腕組の仁王立ち。

 魔王さんを睨みつけている。


 そんな魔王さんは乱れ切った金色の髪を掻きながら、ぺこりとお辞儀をした。


「ちょっとやりすぎちゃった! ごめんね!」

「どこがちょっとだ!」

「魔王さん、可愛いです! 許します!」

「テメェが勝手に許すな!」


 しかし、ふと目の前に視線を送ると、そこには見慣れない景色があった。

 らせん状の巨大な塔が、瓦礫の山の中で斜めにそびえ立っている。

 外観もヒビだらけでボロボロ。

 まるで塔が奈落に落ちて来たかのようだ。


「ここだよ、ヨルムンガントが居るのは」


 魔王さんが緑色の鱗を差し出しながら、塔へと視線を向ける。


「癪だが、コイツの暴走のお陰であっという間に着いちまったみてぇだな」


 本当にあっという間だった!

 グッジョブ魔王さん!

 

 この塔の中に、きっとヘル様もシンモラさんもいる。

 そして……アリスも。


 ……二人とも、待っててください。

 いま、助けに行きます!





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