#41 ずっと抱えていたもの。
――業務連絡ッ!
ヘル様を攫った連中のリーダー……赤髪の女性は、私の妹でした。
魔王さんは、大きな瞳をさらに見開いて口を開く。
「な、奈落ちゃんの妹!? あの赤い髪の子が!?」
私がゆっくり頷くと、魔王さんは口をおさえて眉をひそめた。
「すみません。十五年経っていたとはいえ、全然気づけませんでした……」
あの子の……アリスの言葉が何度も頭の中で木霊する。
きっと、哀しかっただろうな。
怒ってるだろうな。
私はお姉ちゃん失格だ。
「仕方ないよ。奈落ちゃんは十五年経ってること知らなかったんだもん」
魔王さんは私が無意識で作った握りこぶしを、両手で優しく包んでくれた。
彼女の手は、いつだって温かい。
魔王さん……。
私は……。
「魔王さん、十五年間も私の為に太陽を作り続けてくれて本当にありがとうございます。あと……すみませんでした」
「どうして謝るの?」
『――奈落ちゃんが目を覚ますまで、すっごく時間がかかったんだよ!? その間、ずっとうなされてたよ! 苦しんでたよ!?』
「……私が洞窟で魔縄に縛られることを提案した時、魔王さん必死に止めてくれたじゃないですか。あの時、どんな思いで止めてくれてたのかと思うと……本当に申し訳なくて……」
十五年。
十五歳の私にとって、十五年は人生そのものだ。
その間、目を覚ますかも分からない私の為に、魔王さんは毎日太陽を作り続けた。
作り続けてくれた。
とてもじゃないが、想像を絶する。
頭の悪い私には、想像なんて出来ない。
きっと私ならとっくに諦める。
『――もう、起きないんじゃないかと思ったよ……。本当に良かった……!』
私が目を覚ました時、魔王さんは涙を流して喜んでくれた。
その意味に、やっと、今更気付くなんて。
黙って俯いていると、魔王さんはなだめる様に背中を「ポンポン」と叩きながら、私を抱きしめてくれた。
「気にしないで。いつも言ってるじゃない。わたしがしたくてしてるだけ!」
バラの香りがふわりとそよぐ。
この匂いでいつも心が落ち着くのは、きっと眠っている十五年間ずっとこの香りに守られていたからなんだろう。
そして目の前の太陽は、更に眩しく私を照らす。
「それに、いま謝るなら妹のアリスちゃんに、でしょ!」
うう。
確かにその通り。
それに、これ以上私が落ち込んだら、魔王さんが困ってしまう。
「……はい、そうですね。行きましょう、二人を救いに!」
私のその言葉に、ガルム紳士が首を傾げる。
「二人……?」
顎に指をかけ二の句を紡ぐ前に、ガシャンガシャンと騒音をまき散らしながらフェンリルが食堂へやってきた。
宝物庫に行っていたのだろう。
服装が、黒いロングコートに変わっている。
そして、両手には見覚えのあるものを抱えていた。
「おい、宝物庫にこんなものがあったぜ」
それは、シンモラさんがいつも抱えていた宝箱。
あんなに大事そうにしていたのに、置いて行っちゃったんだ……。
「あと、こんなのもあったぞ」
フェンリルは白い便箋を差し出した。
小さな文字で『お皆さまへ』と書かれている。
これは……手紙……?
――――――
お皆さまへ。
このお手紙をお読みになっているという事は、ワタクシはもうそこには居ないのでございましょうね。
そして、おヘルさまも。
ワタクシは元々おヨルムンガントさまの命により、王宮に送り込まれたおスパイでございましたの。
おヘルさまを連れ去るというお使命を授かっておりましたわ。
しかし、自分の欲望を止める事が出来ず、お任務を続けることが出来なくなりました。
欲に溺れた咎人だと、自分を責める毎日でしたわ。
でも、そのお陰でお奈落さまとお魔王さまに出会うことが出来ました。
宝物庫の前で尻もちをついて滑稽なお姿のお奈落様と最初に出会った時のこと、今でも覚えております。
そしておヘルさまのローブをボロボロにして怒られておりました。
その後お魔王さまに馬糞の様なファッションを披露し、怒られておりました。
別の日には汚いお部屋をおヘルさまに見られ、怒られておりました。
時にはお風呂場の壁を破壊し、怒られておりました。
大変、羨ましゅうございましたわ。
――――――
フェンリルは読み終えると、ふうとため息をついた。
「……だとよ」
だとよ、じゃないよ。
なんだこれ。
「途中から、奈落ちゃんの観察日記みたいになってたね!」
私は虫か?
「……一応、もう一枚あるみたいだぞ」
――――――
ご冗談はさておき。
宝物庫から抜け出せた後も、ずっとお任務を遂行出来ずにおりましたわ。
そう、これを書いている今も。
正直に言いますわ。
ワタクシ、王宮のお皆さまを裏切りたくなくなってしまいましたの。
お皆さまを好きになってしまいましたの。
嗚呼、でも。
これを読んでいるという事は、ワタクシはもうお皆さまの前から姿を消しているという事なのですものね……。
お奈落さま。
お魔王さま。
こんな咎人を使用人として扱ってくださって。
お友達と呼んでくださって。
本当に感謝しております。
ワタクシにとってお二人こそ、かけがえのない宝物でございましたわ。
本当にありがとう。
さようなら。
――――――
シンモラさん……。
「シンモラちゃん、いつかこの日が来るって分かってたんだね。きっと辛かっただろうな」
「そうですね……」
私はフェンリルから、宝箱を預かった。
……重い。
こんなに重い物を、シンモラさんはずっと抱えてたんだ。
「……スルトくん」
「なーに? ラクナお姉ちゃん」
「私が金槌を借りる代わりに、この宝箱を預かっててもらえないかな?」
私が膝をついて宝箱を差し出すと、スルトくんは両手を上げてしっかりと抱えてくれた。
「私がみんなと無事に帰ってきたら、その宝箱と金槌を交換こしよう!」
「うん、分かった! じゃあ絶対に帰ってきてね!」
私は立ち上がり、魔王さんとフェンリルへ視線を送る。
「おう、じゃあ行くか」
「うん! 今度こそ準備万端、だね!」
「はい。行きましょう、ヘル様とシンモラさんを救いに!」
後ろから「ふふ」とガルム紳士の笑い声が聞こえて振り返る。
「シンモラ様も、お救いになるのですね」
その質問に、私も笑顔でお返しする。
「もちろんです! 私は友達を救う勇者、ですから!」
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