#40 幾星霜を繋いだ楔。

 ――緊急事態ッ!


 ヘル様が攫われてしまいました!


 私達は一旦食堂に戻り、集まっています!


「よし、さっさと追うぞ」


 フェンリルが拳を握っている。

 しかしガルム紳士は顎に手を当て、何やら考えている様子。


「とはいえ何処にいるのか所在が掴めません」

「わたしも魔力感知で探ってるんだけど、ヘルちゃんもシンモラちゃんも感知できないの」


 魔王さんは俯きながら、小さくため息をついた。


「ヘル様はおそらくグレイプニルの様な魔縄で拘束されているのかもしれません。ただ、グレイプニルの場合はその場から動かせませんので、別種の魔縄かと」


 そういえば、魔縄を使われると魔力を感知できなくなるんだよね。

 ガルムさんがそうだったもん。


「また、シンモラ様は魔法が使えないので、元々感知することは出来ません。これはフェンリル様も同様でしたので実証済みです」


 そっか、シンモラさんって魔法使えないんだ。

 だから初めて会った時、私の魔法を利用して宝物庫の扉を破壊したのね。


 一通り話を聞いたフェンリルは「ちっ」と舌打ちをする。


「つまり、八方ふさがりってことかよ」

「……そう、でも無さそうです」


 私は蛇の人から渡された、緑色の鱗を差し出した。


「これは……?」

「ヘル様を攫った一味の一人から渡されました。ヘル様がその人のことを『兄上』って呼んだんです。……フェンリルならもちろん誰か分かりますよね」

 

 私から鱗を受け取ったフェンリルは、ゆっくりと頷いた。


「ああ、そいつはヨルムンガント。正真正銘、俺の弟だ」

「そうですか……魔王さん、これで追えますか?」

「うん、やってみるね」


 魔王さんは掌に鱗を乗せると、静かに目を閉じる。

 

「……魔力感知、出来る。四人の居場所、分かるよ!」

「よっしゃあ、そこに乗り込むぞ!」

「そうと決まれば、早速準備を致しましょう」


 ガルム紳士が食堂を出ようとすると、フェンリルがそれを制止する。


「待て。行くのは俺と勇者と魔王の三人でいい」

「ええー! ボクも行きたいよ!」

「テメェらは王宮に残れ。ラタトスクの看病でもしてろ」


 その言葉に、ガルム紳士はすこしキョトンした後、口を開く。


「おや、ずいぶんとお優しいのですね」

「そんなんじゃねぇ。アイツを信用してねぇだけだ。ちゃんと見張っとけ」

「……かしこまりました」

 

 ガルム紳士は口元を緩めながら、首を左右に振って返事をした。

 

「おい、ちび助」

「ボクはちび助じゃないよ!」

「その金槌、勇者に貸してやれ」

「え!」

「こいつらの強さはテメェも知ってんだろ。なら託せ。こいつらを信じろ」

「……う、うん!」


 スルトくんは私の足元へ駆け寄ると、金槌を差し出してくれた。


「ボクの代わりに、頑張って! ラクナおねーちゃん!」

「ありがと! 頑張るね!」


 私はしっかりと、その金槌を受け取った。


「おい勇者。その金槌の名はミョルニル。ただの武器じゃねぇ。鉄製の手袋ヤールングレイプルは絶対に外すんじゃねぇぞ。テメェの腕が吹っ飛ぶからな」


 こ、こわあ。

 私やっぱり鹿の角でいいんですけど……。


「それじゃあ、準備オッケー?」


 魔王さんの問いかけに、私は言葉を詰まらせる。


 なにか。

 なにかが引っかかる。


「……あの、一つだけいいですか」

「うん。どうしたの奈落ちゃん」

「私って、奈落に落ちてからどれくらい寝てたんですか?」

「どれくらい? ……うーん、私はただずっと太陽作ってただけだから分からないな……ガルムさんは分かる?」


 私達の視線はガルム紳士に注がれるが、彼もまた同様に首を傾げて唸っていた。


「いえ、正確な時間を申し上げることは出来ません。こちらには人間界のような時間や暦はございませんので」


 あれ?


「……でも、ヘル様がフェンリルを何百年もかけて探したって言ってましたよね?」

「ええ。あれはお二人が想像しやすいようになんとなくで言いました」


 なんとなく!?

 え。

 適当で言ってたの!?


 ……いやでも、よく考えたらヘル様も時間に関しては適当だった気がするなあ。


「なら、テメェの気色悪い趣味ならどうだ?」


 フェンリルがガルム紳士に向かってニヤリと口角を上げる。


 気色悪い趣味?


「気色悪い……。わ、私の唯一にして崇高なる趣味を……!」


 ガルム紳士は顔を覆い、その場でしゃがみ込んだ。


 なんか珍しくガルム紳士が落ち込んでいる!


「フェンリル! 人の趣味をそんな風に言うのは良くないよ!」


 そーだ!

 魔王さんが正しい!


「ガルムさん、ちなみにどういう趣味なのか聞いてもいい?」


 その言葉にガルム紳士はすぐに立ち上がり、息を吹き返す。


「勿論でございます! 私の趣味! それはまばたき数え!」


 まばたきかぞえ?

 なにそれ。


「娯楽の無い奈落で、唯一見つけた素晴らしい趣味でございます!」

「要はただ自分のまばたきを数える。それだけだ」


 フェンリルの端的な補足。


 いや、それ趣味なの?

 たしかにやばいかも。


「だがそれだけじゃねぇ。コイツはその回数をすべて正確に覚えてやがるんだ」


 せ、正確に……?

 えーと……聞くのが怖いなあ。


 魔王さんも少し戸惑った様子で、ガルム紳士へ問いかける。


「……例えばだけど、わたしたちが落ちてきてから奈落ちゃんが目を覚ますまでの間、何回まばたきをしたか覚えてる……ってこと?」

「左様でございます」


 左様なのかよ!


「な? 気色悪いだろ?」


 サイコパス!


「ち、ちなみに何回か聞いてもいいですか……?」

「ええ。その期間ですと、一億五千七百六十八万回でございますね」


 ……。


 ……は?


 いいいいちおく???

 いちおくごせんななひゃくまん???


 百五十七ミリオン!!


 うわあああ、予想よりはるかにやばいよこの人!

 ほら!

 あんなにかばってた魔王さんが、お顔真っ青でドン引きしてるもの!


 ……って。


「あの。まばたきって個人差ありませんか? 回数が分かったところで時間なんて分からない気が……」

まばたきは平均三秒に一回だと言われてる。なら正確とはいかないまでも、ざっくりの時間は分かりそうじゃねえか?」


 さ、三秒に一回。

 つまりガルム紳士のまばたきを三倍すれば……。


 ……。


 いや無理だよお!

 分からないよお!


「だいたい四億七千万秒だ。で、これを年単位で計算すると……」


 ……すごいなフェンリル。

 長い名前とかも覚えてるし。

 実はとんでもなく頭がよろしかったりする?


「約十五年、だな」


 ほほう。


 ……。


 ……じゅ?


「十五年んんんんん!?」

「うわあ! 急に叫ぶんじゃねえよ!」


 え、ちょっと待って!

 頭が変になっちゃいそう!

 え! え!?

 私が奈落に落ちてから十五年も経ってるの!??


 で、でも!

 だって!

 だとすると!!


「まままま魔王さん、十五年間も太陽を作り続けてくれてたってことですか!?」

「う、うーん。数えてないから分からないや」


 十五年。


 そんな。

 魔王さん。


 十五年。

 十五年……。


 十五年……?


 あ。


 十五年……。


 ……。


 そっか……。

 

 そういうことか……。


「……皆さん、ヘル様を攫った連中のリーダーが誰なのか分かりました」

「え! 本当!?」


『――私を見ても……分からないの……?』


 ……。


「彼女の名前はアリス……」


「私の……妹です」



 ――――――#40 幾星霜いくせいそうを繋いだくさび





  

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