Chapter6-天涯比隣の楔。

#39 アンウェルカム・トゥ・ヘヴン。

 ――緊急事態ッ!


 王宮に侵入者が現れました!

 何者かは謎です!

 

 そしてなぜか、私を探しています!


「い、いませーん」


 と、とりあえずこれでいこう。

 全然知らない人たちだし!


 魔王さんがこちらへ近づき耳打ちをする。


「奈落ちゃん、あの人たち一体誰なの?」

「いや、暗くてよく見えないんですけど、私にこんな怪しい集団の知り合いなんていません。今ずっと喋ってる野太い声の人も、全然知らない人ですし!」

「あらん、野太い声だなんて。随分なご挨拶ねん♡」


 地獄耳ッ!


「ということはあの銀髪の子がラクナちゃんってことね♡ どう、リーダー?」


 リーダーと呼ばれたもう一つの人影は身を乗り出し、垣根からこちらを見下ろしている。


「ああ、間違いない。勇者ラクナだ……」


 え、わ、私を知ってるの!?


「ええい、誰なんじゃお主らは! 姿を見せよ!」


 その叫びと共に、ヘル様は超巨大な火球、疑似太陽を作り出し空へと放った。

 辺りは一瞬にして明るみに照らされ、奈落に朝が来る。

 気温も暖かい。

 

 そして垣根の上に居た四人の姿も露わになった。

 

 ずっと喋っていた声の野太い人。

 やはり体は大きく筋肉質で、肌は緑色。

 蛇の様な顔をしている、獣人だ。


 そのとなりにはリーダーと呼ばれていた赤髪の女性。

 美しく長い髪を、後ろで結んでいる。

 鎧を着て腰には剣を携えた、女剣士。

 見た目は私よりもだいぶ年上。

 たぶん二十代後半くらいの、大人のお姉さんな雰囲気。

 なぜか鋭い目つきで私を睨んでいる。


 そしてそのとなりに、ずっと沈黙している二人。

 頭に小さな獣耳が付いてるし、こちらも獣人かな?

 でもその恰好は、私達と同じく使用人のエプロンドレスを身に纏っている。


「わあお! 太陽作るなんてゴイスーじゃないヘル。大分、腕を上げたわね♡」


 蛇の獣人が両手を手に当てながら小躍りしている。


 ヘル様を呼び捨て!?

 知り合い!?


 ヘル様は口を開けたまま、目を見開き見上げている。


「あ、兄上……?」


 兄上!?

 ヘル様、フェンリルの他にもお兄ちゃんが居たの!?


「いやん! 姉上って呼んで♡」


 陽気ッ!


「それにラティ、レト! お主ら、生きておったのか……!」


 今度は私達と同じ使用人のドレスを着ている二人に声を向ける。


「お、オレ達のこと、覚えてくれてるんスね……!」

「はうぅ~。感動ですぅヘル様ぁ~」


 な、なんか泣いてる。

 この人たち、まさか行方不明になってた元使用人なのかな!?


「それに引き替え。は覚えてるんスかね、オレ達のこと」

「ふぎゅぅ~。たぶん記憶にもないと思いますよぉ~?」


 なんだかヘル様にゆかりのある人たちばっかり。

 この四人組、何者なの?


 そして、ずっと私を睨んでいる赤い髪の人……。

 怖い!

 やめて!

 なにかあるなら言ってッ!


 よし。

 そろーり挙手だ。


「あ、あのー。私になにか御用でしょうか……」


 ……。


 なんか睨みが更に増した気がする!

 どうしてッ!


「私を見ても……分からないの……?」


 ええええ。

 こんな大人の女性に知り合いなんて……。

 鎧を着ているし、王国の方?


 うぐぐぐぐ。

 思い出せえ!


 ぐがががが。

 思い出せえん!


 駄目だ!

 仮に話しかけられていたとしても、私基本的に顔見てないので……。

 申し訳……。


 話、合わせるべきかな?

 おっす!

 元気してた?

 みたいな……。


 ……。


 いやいや!

 ここは素直に謝ろう!

 そして誠意をもって、お聞きしよう!


「えーと。ごめんなさい、分かりません……。ど、どちら様でしょうか……?」

 

 赤い髪の女性は俯くと、こちらに背を向けてしまった。


「……行こう、ヨル」

「あらん、いいの? リーダー」

「もういい」


 小さく呟くと、赤髪の女性は高い垣根から飛び去ってしまった。


 な、なんかごめんなさい……。

 

「勇者ちゃん☆」


 蛇の人が私に声を掛けると、こちらに何かを放り投げた。


 私は何とかキャッチして、手のひらサイズのを確認する。


 ……緑色の……鱗?


「大切に想っているなら、追ってきなさい☆」


 そう言い残すと、他の三人もリーダーの後を追う様に去っていった。


 嵐のように去っていったなあ。

 いったい、なにが目的だったんだろう。

 そして、あの赤髪の女性は誰だったんだろう。

 

「ラクナ様! 魔王様!」


 ガルム紳士が珍しく焦り顔でこちらへ駆け寄ってくる。


「大変です! ヘル様がおりません!」

「あ、ああ。ヘル様ならここに……」


 あれ、ヘル様?


 ……ヘル様が居ない。


 私と魔王さんは顔を見合わせる。


『――大切に想っているなら、追ってきなさい☆』


 まさか。

 

 まさかまさか!


「ヘルちゃん、アイツらに攫われた!?」

「ヘル様が攫われた!? どういうことですか魔王様!」


 でもいつの間に……。

 ヘル様はずっと隣に居たし、アイツらだってずっと垣根の上に居たはずなのに……。

 

「もしかして他にも仲間が居て、私達の気を引いてる隙に王宮へ侵入していた……?」

「だとしたら妙です。王宮への侵入者が居れば、ヘル様はすぐに気が付くはず」

「で、でも……」


「おい、いったいどうしたんだ」


 王宮からフェンリルとスルトくんも駆けつける。

 ガルム紳士は胸に手を当てお辞儀をした。


「申し訳ありませんフェンリル様。ヘル様が何者かに攫われてしまったようです……!」

「ああ!? なんだと!」


 その横で、スルトくんも両手をバタバタさせている。


「大変だよ、おねーちゃん!」

「ど、どうしたのスルトくん」

「宝箱のおねーちゃんもいなくなっちゃったの!」

「え……!?」


 それを聞いたガルム紳士は深く頷き、ため息をついた。


「なるほど、そういう事なら……」

「……ど、どういうことですか……」

「つまり、ヘル様を攫ったのはシンモラ様、という事です」





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る