#35 小さな運び屋。
――業務連絡ッ!
なんか色々拾いました!
というわけでフェンリルと一緒に、謁見の間へ向かっています。
両手いっぱいに拾得物を抱えて。
きっとヘル様、喜ぶぞお!
がしゃん。
がしゃん。
「テメェ、いつまでその恰好でいる気なんだ?」
フェンリルが不可解なものを見る目で私を見下ろす。
脱げなくなったなんて、恥ずかしくて言えない。
フェンリルの問いは華麗にスルーして歩みを進めると、扉の前でガルム紳士が佇んでいた。
「ラクナ様、お待ちしておりました」
「へ? 私を待ってた?」
部屋の奥へと促されると、玉座に座るヘル様の前に来客が見える。
ここからでは後姿しか分からないが、それは全身茶色の毛に覆われた、まごうことなき獣だった。
体と同じくらい大きな尻尾が特徴的だ。
大きさは私の腰らへん……スルトくんと同じくらいだろうか。
私たちの足音に気付いたのか、耳をピクンと動かしこちらへ振り返る。
「おおー! アンタが噂の勇者かいな。なんや、思てたよりべっぴんさんやなあ!」
その顔は前歯が大きく出たげっ歯類のような見た目。
うん。
簡単に言うと、大きなリスだね!
言葉を操ってるし、魔物なのは間違いないけど。
全身を揺らしながら、こちらへ手を振っている。
陽気だなあ。
一応、私も腰のあたりで小さく手を振る。
「おっ。なんやなんや、元気あらへんなあ。ほら、せっかく手え振るんやったらもっと思いっきり振らな!」
うう。
リスが。
リスが元気の強要をしてくるよう。
元気ハラスメントだよう。
私が無理矢理元気に手を振ると、隣のガルム紳士が耳打ちをする。
「彼がこの間お話しした、食料を運んでくれているラタトスクという男です」
「ども! おおきにー!」
陽気だなあ。
「そんなことより勇者よ! なんじゃその恰好は!」
ヘル様が立ち上がり声を張り上げる。
私の恰好。
なんだかみんなこの甲冑に反応してくれる。
みんな私のファッションに夢中という事ッ!
「ヘル様、この無敵要塞がお気に召したようですね?」
「召しとらんわ! なぜ鎧の上からいつもの半袖を着とるんじゃ! というかどうやって着た!?」
「知りたいですか? ラクナスタイルの虜になってしまいましたね?」
「誰が虜か! 鼻につく!!」
ヘル様は勢いよく玉座に腰を下ろすと、小さく咳払いをした。
「……ではラタトスクよ。小人族との進捗を伝えよ」
「ほな、とりあえず結果から言いますわ」
ヘル様の言葉に、ラタトスクは体を向き直す。
「小人族との交渉は上手くいきました。素材を集めれば、奈落脱出の道具を作ってくらはるみたいです」
おお!
それは朗報だ!
ああ、魔王さんと一緒に聞きたかったなあ。
まだお風呂に入ってるんだろうか。
「して、その素材とはなんじゃ?」
「死者の爪です」
死者の爪え?
なにそれ。
どーやって集めるの、そんなの。
「そんなもの、奈落には無いぞ」
「ええ、分かってます。けど、それを持っとる奴なら奈落に居てます」
「……まさか」
「そう。かつて大量の死者を生み出した最凶の邪竜、ニーズヘッグですわ」
さ、最凶の邪竜う?
そんなやばそうなのが奈落にいるの?
しししかも、そんな奴から素材を貰ってくるの?
ラタトスクの言葉に、これまで黙って聞いていたフェンリルが口を挟む。
「ニーズヘッグだあ? 野郎、いま奈落にいやがるのか。それにしてもあのニーズヘッグから素材を奪えってのか? いくらこのちんちくりんでも流石に無理だぜ」
え。
フェンリル知ってるの?
てゆーか、貰うどころか奪うの?
てゆーか、ちんちくりんって誰のこと?
「ちゃいます。ウチ、邪竜に顔利きますねん。せやから、素材の準備は既に手配済みです」
「ほう、仕事ができるのうラタトスク」
「その代わり、邪竜側から条件を一個提示されまして」
「……なんじゃ?」
「素材を、勇者と魔王の二人だけで取りに来ること」
え。
「それはなぜじゃ?」
「さあ? 知りません。ただ、邪竜が出してきた条件がそれやったんで。ほんで、それが飲めへんなら素材も渡せん、と」
「信用できんな」
うーん。
確かに、どうして私たち二人をご指名なのかが全く分からない。
でも。
「ヘル様。私、行きます!」
「……勇者」
「もともとその素材を必要としてるのは私と魔王さんの二人です。なら、その条件はいっそ望むところですよ。多分、魔王さんも同じことを言うと思います」
「は……かもしれんのう」
「ええ度胸やんけ、勇者。気に入ったわ!」
ラタトスクが前歯を思い切り出して、こちらに向かって親指を立てた。
「ただ、少し時間を貰えませんか? ちょうど今、魔王さんがいないので」
多分、お風呂に入ってるだけなんだけど。
「全然ええよ、ウチも長旅で疲れてもうてるし。王宮の中ぁ適当にぶらぶらさせてもらいますさかい、それまでにバッチリ準備しといてや! 結構歩くことになりますんで」
う。
また歩くのか……。
ラタトスクはそう言うと、出口へ向かって駆け出す。
が、私たちの前で立ち止まった。
その目は、少年のように輝いている。
「おおお! あんたらの抱えてるモン、奈落の落下物やな? そしたらちょっと見してみ。このラタトクスが目利きしたるわ」
そう言うと、ラタトスクはひょいひょいと私の抱えている宝を手に取って選別を始めた。
じっくり見て、匂いを嗅いで。
右と左に分けていく。
あああ、このリスぐいぐいだよう。
抗えないよう。
でもでも、すごいお宝があったらどうしよう。
ちょっと、リアクションとかイメージしておこうかな!
『これめっちゃエエやん。ほな貰っていきますわ』
「あっあっ」
『なんや勇者。なんか言いたいことありそうやな?』
「なにもありません」
ううう。
なんと惨めか。
ぐいぐいパワーは、たとえ相手がリスだろうと抗えないのかッ!
そして全ての宝を床に置き切ると、前歯を出して親指を立てる。
「うん! 全部ゴミやな!」
全部ゴミかい。
右と左で分けてたのは何だったのよ。
「でも一個、掘りだしモン見つけたで!」
「ほりだしもん?」
「せや。勇者の着てるその服。めっちゃダサいけど、ごっつ珍しいわ。多分、何の価値もあらへんねんけど、気に入った。その絶妙なダサさ、エエわ。奈落を抜け出したら、ウチにも買うてや」
「あ、はい。分かりました」
……褒めてるんだよな?
……褒めてる、でいいんだよな?
「ウチな、あっちの界隈ではファッションリーダーで通ってんねん。ファッションのことならなんでも聞いてや! いつでも教えたるさかい!」
あっちってどっちよ。
しかもファッションリーダーて。
あなた裸同然じゃん。
ラタトスクは私と言葉を交わすと満足げに走り出し、謁見の間を後にした。
最後には、こちらに大きく手を振って。
……陽気だなあ。
「本当に大丈夫なのか? 罠だったら洒落になんねーぞ」
フェンリルが怪訝そうな表情で腕を組む。
同様に、ヘル様もガルム紳士も暗い顔。
まあ、もちろん魔王さんと相談してから決めるけど。
でも、私たちを罠にかける理由も見当たらないしなあ。
「罠でもなんでも構いません。私、何があっても魔王さんを奈落の外へ連れ出すって決めてるので。抜け出すための手がかりがあるなら、突き進むだけです」
それに、奈落を抜け出した後にやりたいことも見つけたしね!
「まあ、今は小人族とニーズヘッグしか、方法は無いかもしれんな」
ヘル様が大きくため息をついた。
よし、とりあえず旅の準備をしなくちゃ!
と、その前に魔王さんへ報告!
とびきりのスープを作って持っていこう! えへへ。
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