#34 完全無敵で絶対鉄壁。

 ――業務連絡ッ!


 大盛り上がりの女子会から一夜明け、私は謁見の間へやってきました。

 ヘル様からのご指名です。

 

「勇者よ。お主に頼みたいことがあるのじゃが、良いか?」

 

 玉座にちょこんと座ったヘル様が、こちらを見下ろしている。


 ヘル様!

 なんなりとッ!


「王宮の外でパトロールをしている兄上を手伝ってやって欲しいのじゃ」


 パトロール。

 フェンリルは使用人をクビになって、パトロールを任されていたのか。

 どうりでまったく姿を見ないわけだ。


「良いでしょう! 消去法とはいえ、選ばれたからには全力でパトらせて頂きます!」

「いや、今回は兄上のご指名じゃ。勇者は普段どうしようもないが、戦闘に関してはずば抜けておると褒めておったぞ」


 褒められている気がしないぜッ!


「……ところで、フェンリルは今どこに?」

「蝶々を追いかけたりしていなければ、王宮の外周におるはずじゃ」


 ん?

 蝶々を追いかけたりしなければ?

 

「……わ、分かりました」

「うむ、では急ぐのじゃ! 兄上が蝶々やカラスを追いかけて、行方不明になる前に!」


 ヘル様、お兄ちゃんのことめっちゃアホだと思ってる?



 ◇ ◇ ◇



「お奈落さま、よく似合っておりますわあ~」


 私は宝物庫にやってきました。

 ヘル様には急かされたけれど、外をパトロールするなら装備をしっかり整えないとね!

 

 という訳で、今回は鉄の甲冑を身に付けてみました!


「お奈落さまが防具を着るなんて珍しいですわね」

「まあ外周のパトロールなら動き辛くても問題なさそうなので!」


 初めて鎧を着てみたけど。

 ううう、重いなあ。

 やっぱり戦士さんのようにムキムキにならないと駄目かなあ。

 でもこれなら凶悪な魔物な魔物に出会っても、どんな攻撃をくらっても、余裕で耐えられそう!

 さあ、張り切ってパトっちゃうぞお!



 ◇ ◇ ◇



 がしゃん、がしゃん。


 そういえば、魔王さん今なにしてるんだろ。

 姿が見えない時は、だいたいお風呂掃除かお風呂に入っているか、なんだけど。


 王宮の入り口を出ると、フェンリルが外の門にもたれかかって待っていた。


「おう、勇者。……ってなんだその恰好は」


 ははあん。

 この完全防備に面食らってらあ!

 

「カッコいいでしょう。鉄壁のラクナと呼ばせてやってもいいが?」

「なんでメチャクチャ上からなんだテメェは。てゆーかなんで甲冑の上からダセェ半袖の服着てるんだよ。肩とか伸びきってんじゃねぇか。そもそもどうやって袖を通したんだ」


 ふん。

 そのような口舌の刃も、この鉄壁の鎧では傷ひとつ付かぬわ!


 とりあえず質問があります。

 はい、挙手!

 ……駄目だ、肩が上がらぬ!


「……あのー。パトロールって何するんですか?」

「王宮の周りにある落下物とかを見て回るんだとよ」


 なるほど。

 封印された魔物とか、宝物庫行きのお宝とかを探すのね。

 じゃあとんでもないお宝を見つけて、みんなを驚かせちゃおう!

 シンモラさんとか、すごく喜んでくれるんじゃなかろうか!


 いえーい!

 出発、進行丸ー!


 がしゃん、がしゃん。


 あ。

 そういえば気になることあるな。


「……あのー。質問いいですか?」


 ……。


 フェンリルは随分先を歩いている。

 私の声は届いていないようだ。


「あ、あのー……」

 

 ううう、駄目だ。

 声が届かない上に、重たい鎧で速く歩けない。

 

 くうう!

 心苦しいが仕方ない!

 ヤーレンソーラン装着ッ!

 ていっ。


 私は両手を合わせて水魔法を発動。

 フェンリルの無防備な背中に向けて発射した。


 どろろろろ。


 飛距離が出ないため狙いより少し手前だが、尻尾に当てることに成功した。


「うわああああ! 汚え! なにしやがんだテメェ!」


 おい!

 どろどろなだけで、汚くは無いはずだ!

 

「歩くの速いです! あと質問があります!」

「ああ? なんだよ」


 フェンリルは尻尾を触りながら、面倒臭そうに返事をする。


「奈落に凶悪な魔物って、本当にいます? 正直、今のところ出会ったことないんですけど」


 外に出たことは過去に何度かあるけれど、本当に見たことが無い。

 それは、ただ運良かっただけなのか、それとも。

 

 前から気になってたんだよね。

 

「俺も詳しいことは知らねえが。魔物が封印されて落ちて来たとしても、黒い怪物が全部食っちまうんだとよ」

「黒い怪物?」

「ああ。奈落のどこかにいるらしいぜ」


 ほほう。

 その怪物のせいで、奈落に魔物がほとんど居ないってことなのか。

 それにしても全部食うって……。

 恐ろしいな。


 もし今、そんな怪物に遭遇したら……。


『がおー! 黒い怪物だあ!』

『おらぁ! さっさと逃げるぜ!』

 がしゃん、がしゃん。

「ああ! 待って! 置いてかないで下さいいいい!」

『とろいんだよテメェ! あばよ!』

「ふぇ、フェンリル! こんなところに蝶々がいますよ!」

『なんだと! 見せてみろ!』


 ……よし。

 これで猫耳のお兄ちゃんをおとりにして……。


 いやいやいや、駄目だラクナ!

 そんなことをすればヘル様が悲しむ!


 あ。


「そういえばヘル様が管理人をしているのって、あなたを探すためじゃないですか。もう目的を達成したわけですし、管理人やめて出ていこうとか考えないんでしょうか?」

「いや……管理人を引き受けた以上、一生ここから出られねぇだろうな」

「え。そ、そんな……。私、任命した人にお願いしてみますよ! 一応勇者なので顔が利くと思いますし!」

 

 ……いや、そんなことは無いかも。

 下手したら『え、キミ誰?』って言われて終わるかもしれない……。

 とりあえず任命したのはきっと偉い人だよね。

 王国の王様とかなのかなあ。


「無理だな。がそれを許すはずが無え」

「任命した人を知ってるんですか? 誰なんです?」

「……言えねえ。悪ぃな」


 くうー!

 また出たよ!

 監視されてるから言えないとかいうやつ!

 本当によく分からないよ、それ。


「そういやあ、テメェは奈落を抜け出したらどうするんだ?」


 え。

 私は……そういえば何も考えてないなあ。

 まあ、でも。


「ヘル様を管理人に任命した人に、直談判へ行きますよ。ヘル様を解放してくださいって。今、決めました」


 フェンリルは私の言葉になぜかキョトンとした後、盛大に笑い始めた。


「はははははは! そうか! まあやれるもんならやってみりゃいい!」


 んん?

 そんな面白かった?

 また馬鹿にしてるだけか?


「そういうあなたは、やらなきゃいけないことがあるって言ってましたけど。何をするつもりなんですか?」

「は……。テメェと同じかもしれねえな」


 私と同じ?

 もしかしてヘル様の解放?


「なあ、勇者。もしも奈落を抜けたら……」

「……?……なんです?」

「……いや、なんでもねぇ。とりあえず、これからもヘルのことよろしく頼む」


 なんだかんだで、フェンリルはヘル様が大好きなんだな。

 ……そんな大好きな妹にクビ宣告されて、外に追い出されてるわけだけど。


「……ぷっ」

「おい、テメェなに笑ってんだ」

「いえ、なんでもないです。てゆーか、そろそろちゃんと見回りしないと、またヘル様に怒られますよ」

「ああ、そうだな」

 


 ――その後、私たちは外周をパトロールした。


 意外と落下物は沢山あり、私たちは両手いっぱいによく分からない物を抱えて帰路につく。

 きっとヘル様もシンモラさんも喜ぶに違いない。えへへ。


 でも、それよりなにより一番の収穫は、奈落を抜け出した後にやりたいことが見つかったこと、かもしれない。





 

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