#32 楽な☆クリーニング。

 ――業務連絡ッ!


 さあ!

 今日から王宮の使用人としての通常業務、再開ですよー!


 という訳で、私と魔王さんとシンモラさんの使用人ズとフェンリルの四人で謁見の間にやってきています。

 とりあえず気になるのはフェンリル。

 なんかずっと不機嫌なのよね。

 定期的に舌打ちしてるし。

 

 まあ昨日みんなで食卓を囲んだ時、正直フェンリルのこと忘れてたけどさ。

 そんなに怒らなくてもいいじゃない。


「クソ……なんでだ……」

「まあまあフェンリル。シチューくらい、またいつでも作りますから落ち着いて」

「シチューなんてどうでもいい! なんで俺までテメェらと同じ衣装を着せられてんだ!!」


 うわ!

 よく見たらフェンリルがフリル付きのエプロンドレスを着ている!


 いや待て。

 この人、意外と似合ってないか?

 背も高くてスラっとしているし、よく見たら結構鼻筋が通っていて美形だよ?


 あれあれあれ。

 なんか見れば見るほど私なんかより似合ってる気がするなあ。


「おい! そこの執事と同じ服あるだろ!? それをよこせ! こんなの着てられるか!」

「私より似合ってるんだから別にいいでしょうがッ!!」

「なんでテメェがキレてんだ! そもそもテメェは似合う似合わない以前に、エプロンの上に服着てんのがおかしいだろうが! まずそれを脱げ!」

「脱げですって⁉ 奈落ちゃんに欲望を剥きださないでよ! この変態!!」

「テメェはなに訳わかんねぇこと言ってんだ!」

「兄上」

 

 ここまで静観していたヘル様が口を開く。

 騒ぎ立てていた私たちは、その言葉でピタリと制止した。

 

「使用人はその衣装を纏うと決まっております。嫌でもご辛抱ください」

「クソ……なんで俺が……」

「勇者の言う通り、よく似合うておりますぞ」

「ちっ、そうかよ」


 あらすんなり。

 もしかしてフェンリル、妹に頭が上がらないタイプだったりして?

 

「では勇者よ。使用人の先輩として、兄上に掃除を教えてやってくれ」

「え。わ、私ですか?」

「なんで奈落ちゃん!?」

「とりあえず魔王はすぐ兄上と揉めるし」

「う」

「シンモラは論外じゃし」

「あああっ! 論外っ!」

「ただの消去法じゃ」


 ここまで嬉しくない選ばれ方があるだろうか。


「でででも、奈落ちゃんは服がアレだよ!?」


 魔王さん?


「確かに服はアレじゃが、掃除とは関係ないじゃろ」


 誰かフォローしてくれよ。


「でででも、奈落ちゃんの部屋は汚いよ!?」


 ちょ、魔王さん!?


「確かに部屋は汚いが、お主ら三人の中では一番綺麗じゃぞ」


 ずっと消去法!


「でででも、でも! でも!」


 ああああ、もうやめて!

 誰か魔王さんを止めて!


「ええい、五月蠅うるさいぞ魔王! おいガルム! シンモラ! 魔王を連れて外周のパトロールへ行ってくるのじゃ!」

「はっ!」

「かしこまりましたわあ~!」

「いや! ガルムさん離して!」


 魔王さんはシンモラさんとガルム紳士に捕らえられ、そのまま部屋の外へ追い出されていった。

 ……いや、シンモラさんは宝箱を抱えているから実質何もしていないけど。


「ああああ、仲良くする! 仲良くするからああああ! 奈落ちゃんんんん!」


 バターン!


 無情にも謁見の間の扉は固く閉ざされた。


 魔王さん。

 フェンリルが絡むとおかしくなっちゃうよね。

 本当にいったい何があったんだろ。


「まあ安心せい勇者。王宮内はわらわの管理下にある。兄上もおかしなマネは出来ぬ!」

「まずおかしなマネなんてしねぇんだよ!」

「では、よろしく頼んだぞ、勇者!」



 ◇ ◇ ◇



 風呂場にやってきました!


 そういえばフェンリルと二人になるのって初めてかな?


 うーん。

 こうして近くで見ると、結構デカいなあ。

 威圧感半端ない。


「で、どうすりゃいいんだ?」


 ようし。

 では先輩として、掃除の極意を教えてしんぜよう!


「まず水を出します! 魔法は使えますよね?」

「あ? 使えるわけねーだろ」


 えええ!?

 でもずっと魔王さんの水魔法で掃除してきたしなあ。

 どうしよう。


「……それなら、もう私に教えられることはありません」

「諦めるの早えな!」


 仕方ない。

 壺で水を汲んでこよう。

 

 ……いや、待てよ?


「ヤーレンソーラン装着ッ!」

「ヤールングレイプルな? てか、それいつも持ってんのか?」

「偉大なる水の聖霊よ! とても美しいですね……」

「急にどうした?」

「流れる血潮! 飛び散る渦潮! 我が身を永遠に撒き散らせえええええええ!」

「なんかすごいこと言ってねえか!?」


 ボトボトボト。


 よし、水魔法成功だ!

 けど魔王さんの様な水圧が無いから、ここからフェンリルの出番だなあ。

 

「さて、この水を使って、ブラシで磨いてください」

「あ、ああ」


 ゴシゴシゴシ。


「なあ、これ本当に綺麗になってるか? むしろ床がどんどんぬめぬめになっていってんだが」

「ええい! もっと力を入れてください!」

「こうか!?」

「もっとです!」

「こうかあ!」

「もっとです!」

「うおおおおおお!」


 ボガァァァァン!


 え。

 ぼがあん?

 

 ……なんか壁破壊してるううう!

 大きな穴が空いちゃってる!

 外が見えてるよ外が!

 おいどんだけ力入れてんだあ!

 

「ちょっと、何やってるんですか!」

「い、いや俺は言われた通りやっただけで……」

「いたたたたた……」


 む。

 破壊された壁の瓦礫から、人影が……。


「なんで……掃除で……壁が――」

「ま、魔王さん!? どうしてそこに!?」

「――壊れるのよお! フェンリル!」


 ボガァァァン!


 魔王さんが容赦なくフェンリルへ火の玉を投げつけた。

 そして爆発。


 ぷすぷす……。


 丸焦げになったフェンリルから、不気味な笑い声が聞こえる。


「くっくっくっく……。ハァーッハッハッハ!……やりやがったなコラァァァ!」


 うわあ!

 喧嘩だ!

 風呂で喧嘩が始まっちまったあ!


「ああああ! 血で血を洗うお喧嘩が、お風呂場にておっぱじまりましたわあ~!」

「シ、シンモラさん! どうして二人がここにいるんですか!」

「お魔王さまが、お奈落さまのことをどうしても見守りたいと仰いましたので~」

「駄目ですよ、ちゃんとパトロールしないと!」

「でもお魔王さまを野放しにすれば、おヘルさまから罰を受けることが出来るとお教えいただきましたのですわ」

「どういう丸め込まれ方してるんですか!」


 ドゴォン!

 バゴォン!


 ああああ。

 もう滅茶苦茶だよお。

 どうしよう!

 どうしたらいい!?

 武器を持ってない村人Aに、二人を止める事なんて出来ないよ!?


 あ。


 シンモラさんがいつも持ってる宝箱!

 たしかあれには伝説の剣が入ってるんじゃなかったっけ!


 私はシンモラさんへ駆け寄り、彼女が抱えている宝箱へ手を伸ばした。


「シンモラさん! すみません、ちょっとこの宝箱の剣をお借りします!」

「いけませんわお奈落さま! これは意中の殿方へお渡しすると決めておりますのよ!」

「はい、知ってます! なので今だけ! ちょっと借りるだけですから!」

「ああああ駄目なのですわ! だってワタクシ、意中の殿方が出来てしまったんですもの!」


 ――ですもの!

 ――ですもの!

 ――ですもの!(※謎のエコー)


 えええええ!?

 好きな人が出来たってこと!?

 どんなタイミングでカミングアウトしてるのよ!


「なあああああにやっとんじゃあ! お主らあああああああ!!」


 突然、風呂場に怒号が響いた。

 騒ぎ立てていた私たちは、その言葉でピタリと制止する。

 入口には頬を膨らませながら腕組をする、青髪の少女の姿があった。

 そしてその少女は、なぜか裸だった。

 

 ……いやホントになぜ?


「おいヘル! なんて恰好してやがる!」

「風呂は裸で入るもの! 服を着ている兄上たちがおかしいのじゃ!」


 そうなのか?

 

「そんなことより、この大惨事はなんじゃ! なにがあった!」

「悪いのは全部フェンリルだよ!」


 魔王さんが即答する。


「ふざけんなあ! テメェがいなけりゃこんな有様にはなってねぇんだよ! そもそもテメェはここにいる時点でおかしいだろうが!」

「いいえ! 悪いのはすべてこのシンモラですわ! どうかワタクシめに罰を!」


 す、すごい。

 見事に意見が分かれてる。


「……では勇者、お主に問おう。誰が悪い?」


 え、私!?

 えー。どうしよう……。

 えーと。

 えーと。


「ふぇ……ふぇんりるが悪い……です」

「なんでだコラア!」


 ま、まあそもそも壁を壊したのはフェンリルだし……ね?

 しかもヘル様はお兄ちゃんに甘いだろうし、きっと罰も軽いんじゃ……。


「そうか、分かった」

「おい、聞けヘル! 俺は――」

「兄上! 貴方は今日でクビです!」


 クビ来たあ!


「なんでだああああ!」





 

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