#31 据え膳除け者。

 ――業務連絡ッ!


 フェンリルの呼び出しが終わりました!


 という訳で、私は魔王さんとも別れ、食堂へ戻ってきた。


「おい勇者!」


 ヘル様が声を張り上げながら、こちらへ駆け寄る。


 んん。

 どしたどした。


「お主、いったい何処へ行っておった!?」

「え。お兄ちゃんのところですけど」

「ガルムを厨房に残すな! あやつがシチューを作ったらどうするつもりじゃ!」


 そんな一大事みたいに慌てて。

 別にいいでしょ、ガルム紳士がシチューを作ったって。


 あ、あれか。

 ガルム紳士の作るシチューは、野菜多めだから……。


「そ、そんなに駄目ですか? ガルム紳士のシチュー」

「この世の終わりじゃぞ!!」


 どんだけ嫌なんだよ。

 

「ラクナおねーちゃん、元気になったんだね!」


 私は声のする方へ視線を向けた。

 食堂の椅子にちょこんと座ったスルトくんが、こちらに笑顔で手を振っている。

 

「スルトくん! なんだか久しぶりだね! えへへ」

「そうだね! えっとそれで、ボクもラクナおねーちゃんのシチュー食べたいんだけど、いい?」

「もちろん!」


 スルトくんも王宮で暮らしてるのね。

 ということは逆に、おうちへ帰れてないってことでもあるけれど。


「ラクナ様、お待ちしておりました」


 ガルム紳士が厨房から顔を覗かせている。

 私は「お待たせ致しました」と胸に手を添え一礼した。



 ◇ ◇ ◇



「それで、私に話っていうのは?」

「まずは、彼の話です」


 ガルム紳士は視線を食堂へ向ける。

 その先には涎掛けをしてごはんを待つ少年。


「スルトくんですか?」

「ええ。迷子とのことですが、彼の故郷はムスペルハイムというかなり遠くに位置する国。簡単には帰れないかもしれません」


 そうなんだ……。

 まあそもそも、この奈落を脱出する術を見つけないことには始まらないもんね。


 あ。

 奈落脱出と言えば。


「スルトくんって、このあいだ話していた小人族なんじゃないですか? あの金槌ひとつでなんでも作れちゃうっていう」

「いいえ、彼はムスペル族という種族で、小人族ではありません」

「あう。そうなんですね」


 金槌持ってたから期待しちゃったけど。

 あれ、拾ったって言ってたもんねえ。


「では、次は小人族についてお話ししましょう」

「え。もしかして見つかったんですか⁉」

「いいえ。やはり奈落に小人族はいないようです」

「しょぼん」


 ですよねえ。

 話を聞いている感じ、封印されるような凶悪な魔物って感じじゃないもんなあ。


「ですが、奈落の外にいる小人族とコンタクトが取れそうなのです」

「え! そうなんですか⁉」

「実は、外の世界と奈落を自由に行き来できる男がおりましてね。食料なども彼から送ってもらっているのですが」


 ほうほう。

 食料のことは魔王さんが前に突っ込んでいたけど、協力者がいたのね。


「その男を通じて、小人族とコンタクトを取ってもらっているのです」

「おお! 本当ですか!」

「結果は後日、その男が王宮を訪れた時に」

「分かりました!」


 すごい!

 奈落脱出に向けて、大きく前進した気がする!

 魔王さんはこのこと知ってるのかな?

 あとでお話ししたいな!


「そして最後、これが一番大事な話なのですが……」


 ん。

 今の話よりも大事な話?


 ガルム紳士は静かに目を閉じると、ゆっくりとこちらへお辞儀をする。


「ラクナ様、助けに来てくださりありがとうございました。改めてお礼申し上げます」

「わわ。やめてくださいよガルム紳士。それに、友達を助けるのは当然ですから!」

「ふふ……そうですね。ですので私も、ラクナ様と魔王様が奈落を脱出出来るよう全力で助けさせていただきます」

「うん。ありがとうございます、ガルム紳士」


 あれ。

 そういえば。


「ガルム紳士って、私のことって呼んでましたっけ?」

「いえ。魔王様から教わったのです。友達なら名前で呼び合うものだ、と」


 なるほど。


「それなのに魔王様が名前を教えてくださらないのは、どうにも腑に落ちませんが……」


 た、たしかに……。

 ガルム紳士も教えてもらえなかったんだ……。


「おい勇者! ガルム! いつまで喋っておるんじゃ! わらわのシチューはまだか!」


 やっべ。

 我が主がご立腹だ!


「ああ、そうだ。ラクナ様」


 んん、まだなんかあるの!?

 てゆーかヘル様のこと全然気にしてないじゃん!


「先ほどのご質問ですが」


 え。

 私なんか質問したっけ。


「申し訳ありませんが、ラクナ様が成長されたかどうか私には分かりません」


 ああ、そのことか。

 そういえば、返事貰ってなかったんだっけ。

 

「ま、まあ仕方ありませんね」

「なぜならあなたは出会った時からすでに強くてお優しい方でしたので」

「へ」

「そして何より、とても愉快でした」

「ゆかい?」

「特に、丸焦げになったり、最速で王宮を出禁になったり……。本当に、今思い出しても……ぷぐ……く」


 おい、思い出すな。

 私にとっては忘れたい記憶だ。

 

「お奈落様ああああ! お奈落様ああああ!」


 おうおう。

 もっと愉快な人が食堂に入ってきたぞ。


 私は厨房から顔を出して、手を振る。


「シンモラさん! お久しぶりです!」

「ああ! そのクソださファッション! ご無事でなによりですわあ~!」


 今クソださファッションて言う必要あった?

 ……まあ、相変わらずでなによりです。

 

「うわあ、みんな揃ってる!」


 あらあら魔王さんもキタ!

 すごい賑やか!

 

 よーし!

 全員揃ったし、こりゃあ最高のシチューをお出しするしかないなあ!

 ……って、あれ?


「ラクナ様、どうされました?」

「なんかもう、出来てません? シチュー」

「ええ。ラクナ様はお忙しいと思い、作っておきました」


 ガルム紳士が微笑む。


 おお。

 見事だ。

 見事に緑色のシチューだ。


 ヘル様の!

 大好きな!

 緑色だあ!


 ヘル様はしっかりと涎掛けをし、ナイフとフォークを両手にいまかいまかと待ち焦がれている。


 うん。

 私はこの後の未来が予想できる。

 ごめんねヘル様。

 ヘル様の泣き顔、私だけ見れなかったけれど……。

 

 ……拝見させて、いただきます。



 ◇ ◇ ◇



「嫌じゃあああああ! 食べとうないいいいい!」


 ……ごちそうさまでした。





 

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