Chapter5-おかえりなさい。

#29 オーバー・メモリー(ズ)。

 ――おい!


 ……。


 ――おい‼


「はい、なんですか?」


 ――貴様、いまと言ったか?


「はい、言いましたよ。友達になりましょうって」


 ――ふざけるな! 別に俺様は友なんて――。


「はいはい。じゃあちょっと失礼しますね?」


 ――!?


「はい。これで私とあなたは繋がりました。淋しいときはいつでも話しかけてください。それでは!」


 ――おい! 待て貴様‼


「はいはい、なんですか?」


 ――俺様は、名前も知らない奴と友にならなきゃなんねえのか?


「あ。そうでした。うっかりうっかり。えへへ」


 ――まったく。


「えーと。では改めまして。私の名前は――」

 


 ◆ ◆ ◆



 ……ん?


 ……ここは?


 ふかふかのベッド。

 散らかったチェスト。

 窓からは、淡い光が漏れている。


 私の部屋だ。


 あれ? 王宮?

 フェンリルと戦って、ガルムさんが助かって。


 そのあと、どうしたんだっけ?


「奈落ちゃん!」


 あ、魔王さん!


 開いたままの扉から、魔王さんがこちらを覗いてる。

 口を結び、体を震わせて。

 そしてそのままこちらへ走り出し――。


 がばっ。


「良かったあ! 良かったよお奈落ちゃん! うわあああああああん!」



 ◇ ◇ ◇



「私、丸二日も寝てたんですか?」

「そうだよ。丸二日間、鼻から風船みたいなのが出てたよ。体は大丈夫? なんともない?」

「はい、ばっちりすっきり絶好調です!」


 魔王さんはベッドの横に椅子をつけ、心配そうに私の顔を覗き込む。


 そういえば私、全然寝てなかったんだっけ。

 ああ、そうだ。

 完全シフト制と化したエンドレス太陽のお陰で、洞窟まで休みなしで歩いたんだった。


 丸二日かあ。

 その間、変な夢も見ていた気がするなあ。

 

 あ。


 そういえば、みんなどうなった?


「あの、みんなちゃんと無事に王宮に着きましたか? ガルム紳士は無事ですか⁉」

「うん。奈落ちゃんのお陰で、みんな揃って王宮に帰ってこれたよ!」


 よ、良かったあ。


 ガルム紳士なんて本当に元気なかったもんね。

 フェンリルと戦った後なんて、もうずいぶん弱ってる様子だった。

 正直、早く助けなきゃって必死だったな。

 

 ……とは言え、急いで金槌を使ったのは軽率だったかも。

 ガルム紳士を救いたい気持ちと、戦った直後っていうので少しハイになってたかもしれない。

 鹿の角を振り回したりしたしね。

 結果オーライではあるけれど。

 反省。


「じゃあ、ヘル様はフェンリルに会えたんですね」

「うん、会えたよ。すっごく喜んでた」


 そっかあ、良かった。

 これでガルム紳士も報われる。


「そういえばわたし、ヘルちゃんが泣いてるところ初めて見ちゃった! ふひひ!」


 えー! ヘル様泣いてたの!?

 くそー、私も見たかったなあ。


 初めて出会ったときに大泣きしてたけど。

 ……まあ、あれはまた別物だもんね。


「おい魔王! わらわは泣いてなどおらぬぞ!」


 むむ!

 この可愛らしい声は!


 頬を膨らませたヘル様が、部屋の入り口で仁王立ちをしている。


「えー! 泣いてたじゃない!」

「口を慎め魔王! わらわは泣いてないったら泣いてない! 泣いてないんじゃあ!」

「うんうん、そうだね! 泣いてないね! ふひひ!」


 うん、泣いてるなこりゃ。


「おい勇者!」

「はい! お久しぶりですマイマスター!」

「お主には言いたいことが山ほどある!」


 え?

 な、なんか怒ってない?

 嫌な予感しかしないぞ。

 なんだ⁉

 クビ勧告かッ!?


「……えっと。私は、全力でやったことが裏目に出ることだってあると思います! 失敗は、誰にだってあるッ! 大事なのは後悔するかしないかッ! 失敗を糧とするかしないかだッ!」

「なにを急に訳の分からんことを言っておるんじゃ!」

「はい。すみません」

「とりあえず!」

「はい」

「……お、おかえり……じゃ」


 むむ。

 ヘル様が目を逸らし、頬を赤らめている。

 それを言うためにわざわざ私の部屋に?


 ひゅーう!

 ヘル様あ!

 イエス! マイマスター!


「はい! ただいま戻りました、ヘル様!」

「よし、元気になったなら早くシチューを作るのじゃ! ずっとお主のシチューを待っておったのじゃあ!」


 そう言い残すと、そのまま勢いよく走り去っていった。

 しかし遠くの方で「食堂で待っておるからなあ」と聞こえてくる。


 ヘル様。

 シチューが食べたかっただけかよ。


 私はシチューを作ることしか価値のない女ッ!

 ヘル様ッ!


 いや待て。


 こんな底辺の私に、価値があるだけで十分ではないか?

 うん、そうだ。

 そうだともッ!

 私はシチューの女ッ!

 おお、ヘル様ッ!

 今日も腕によりをかけて、普通のシチューを作らさせていただきます!

 

 ま。

 なにはともあれ。


「ヘル様が泣いて喜んでくれるなんて。フェンリルを連れて来たかいがありましたね」

「うんうん、そうだね!」


 お兄ちゃんを探すために奈落の管理人になって。

 何百年もの間、探し続けて。

 そしてようやく出会えたんだもん。

 そりゃ、泣くよ。


「あ」

 

 横で微笑んでいた魔王さんが、何かを思い出したかのように呟く。


「でも、一つ間違いかも」

「間違い、ですか?」

「ヘルちゃんが泣いたのは、フェンリルに会えたからじゃないよ」


 え、そうなの?

 それならどうして……?

 

「わたしたちが帰ってきた時に『ガルム! 魔王! 勇者! お主たちが無事に帰ってきてくれて本当に嬉しい!』って。わたしたちの帰りを泣いて喜んでくれたんだ」


 ……ヘル様。


「あと、昨日は早く勇者のシチューが食べたいって言って泣いてた」


 ヘル様。

 

「もう……じゃあみんなでシチューを食べましょうか」

「うん! ヘルちゃん、食堂で待ってるみたいだしね! ふひひ!」

 

 ヘル様。

 私も、この王宮に帰ってこれて……ヘル様のもとに帰ってこれて嬉しいですよ。

 無事を祈ってくれている。

 帰りを待ってくれている。

 それだけで、私は嬉しいです。





 

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