#28 All is well that ends well.

 ――B-side. ▷▷▶ 魔王。


 奈落ちゃんがフェンリルをぶっ飛ばしてくれた。

 一方的で圧倒的。

 やっぱり奈落ちゃんはとんでもなく強い。


 あの反応を見るに、本人は武器のお陰って思ってそうだけど。


 魔法だと自分には才能があるって、いつも大喜びなのになあ……。


 パラパラ……。


 フェンリルが土煙の中を、フラフラになりながらにじり寄る。


「くそ……やっぱり体がなまってやがるな……。そうでなきゃ、こんなダセェ恰好のやつに負けるはずがねぇ……」

「なんてこと言うんですか!」


 そーだそーだ!

 まさに負け犬の遠吠えね!


 ……奈落ちゃんの恰好がダサいのは同意だけれど。


「それじゃまあ、私が勝ったんですから、必ずヘル様に会ってくださいよ? みんなに監視させますからね!」


 みんなに監視って。

 奈落ちゃんは?


 ……あ……。


「ああ? テメェは監視しねえのかよ」

「私はグレイプニルで暫く眠りにつきますので」


 ……そうだった。

 ……奈落ちゃんはガルムさんの為に……。


「は! そこの執事の代わりになるってことか」

「そうです。みんなで王宮に帰るには、それしか方法が無いので」


 ……本当にそうなの?

 ……それしか方法が無いの?

 ……また奈落ちゃん、うなされながら何年間も眠りにつくの?

 ……いやだ。

 ……いやだよ……。


「まあテメェら人形如きじゃ、それしか方法が無いだろうな」

「他になにか方法があるっていうの!?」


 わたしはつい身を乗り出して声を張り上げた。


「ああ。本来は一番簡単で単純な方法がある」

「一番簡単……!?」

「そう。その魔縄をぶっ壊しゃいい」


 壊す?

 この魔縄グレイプニルを……?


 いやでも、わたしがどんなに雷を落とそうが、熱湯で茹でようが、火で炙ろうが、傷ひとつ付かなかったよ?


「なんですと。これ、壊せるんですか?」

「ああ。だが生半可な威力じゃ傷ひとつ付かねぇよ。それこそ、テメェら人形如きが全力出そうが束になろうが絶対に壊せねえだろうぜ」

「なんなんすか。だらだら喋って、結局壊せないんかい!」

「最初からテメェらじゃ無理だって言ってんだろうが!」


 でも、壊せるって分かれば……。

 何か方法は無いのかな?

 それこそ、わたしと奈落ちゃんで力を合わせれば何とかならないかな!?


「だが、可能性があるとすれば……おい、そこのガキ!」

「ん、スルトくん?」

「ボ、ボク?」

「テメェの持ってる金槌。それ、見せてみろ」


 スルトちゃんは恐る恐るフェンリルに金槌を差し出す。


「やっぱりな。こんなとんでもねぇモン、どこで手に入れやがった」

「すごい物なんですか?」

「こいつは奈落で手に入るような代物じゃねぇ」

「え。スルトくん、私にも見せて!」

「ましてや人形ども、テメェらの世界じゃ見ることすら敵わねえ」

「あ、奈落ちゃん、わたしも見たい!」

「そいつなら魔縄を破壊しうるかもな」

「そんなすごい金槌には見えないなあ。ボクはただ、持つところが短いから気に入ってただけで」

「とは言っても、そもそもテメェらには持つことすら無理だろうがな!」

「確かに! 小さくてスルトちゃんにピッタリだね!」

「……って、聞いてんのかテメェら!」

「いや、普通に持てましたけど」


 うん。

 なんか持つことすら無理とか言ってたけど。

 奈落ちゃん、普通に持ってる。


「なにぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 え?

 すっごい驚いてる。

 そんなに驚くこと?

 だって、スルトちゃんも普通に持ってたじゃないの。


「なんでそんな驚いてるんですか……まあとりあえずこれで壊せるんですね」

「待て待てテメェ! いったいナニモンだ!?」

「なにって、勇者ですけど……」

「勇者って、結局ただの人間だろ!?」

「まあとにかく、これでガルム紳士が助かるならやってみます!」

「いや! おい待て!」

「どりゃああああああああ!」


 奈落ちゃんが金槌をガルムさんに向かって振り下ろした瞬間。


 ズガァァァァァァァン!

 

 激しい光と衝撃で、わたしは壁まで飛ばされた。

 洞窟全体も揺れている。

 どのくらいの威力なのか、容易に想像できた。


 何がどうなったのか。

 土煙で何も見えない。

 とにかく、わたしは煙をかき分けて走る。


「奈落ちゃん! 奈落ちゃん、大丈夫!?」

「くそ馬鹿野郎が! この威力の反動に、人形が耐えられるわけねえだろうが! 腕なんて簡単に吹っ飛ぶぞ‼」


 え!?

 うそ!?


「な、奈落ちゃん‼」

「あ、全然大丈夫でしたよ」

「全然大丈夫だった!」

「なにぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 ああ、本当に全然大丈夫そうだ。

 よかった……。


 それにしてもフェンリルがずっとオーバーリアクションなのよね。

 ハラハラさせないでよ、もう。


「なんなんだテメェ! ナニモンなんだマジで!……いや、テメェまさか……!」


 フェンリルが突然、奈落ちゃんの手を取った。


 いやあ!

 なに急に奈落ちゃんの手を握ってるのよ!

 やめてよ!

 変態!


「ぎゃあ! ななななんですか突然!」

「テメェ、この手袋。どこで手に入れた?」

「え。えーと、友達がくれました」

「……成程な。ヤールングレイプルを持ってたやがったのか。それなら納得だ」

 

 その手袋って、そんなにすごいものだったの?

 ヤールンなんとかって名前、シンモラちゃんが勝手につけたのかと思ってた。

 

 あとこのフェンリル。

 粗暴に見えて、いちいち長い名前覚えてるのよね。

 鹿の名前とか。


 あ!


「奈落ちゃん、見て! ガルムさんの体!」

「ああ! 魔縄グレイプニルが! 無いッ!」


 やったあ!

 壊せたんだ!

 やったやった!


 これで奈落ちゃんが代わりにならなくても大丈夫!

 みんなで王宮に帰れる!


 良かった!

 本当に!

 本当に嬉しい‼


 どさり。


 ……え?


 突然、奈落ちゃんがその場で倒れてしまった。

 まるで、糸の切れた人形マリオネットのように。


 ……奈落ちゃん……?


「な、奈落ちゃん!? 奈落ちゃんどうしたの!?」

「ち、言わんこっちゃねぇ。あんなもんを使って、人形如きが無事で済むわけねぇだろ!」

「そんな……! 奈落ちゃん! 奈落ちゃん!」


 駄目だ、どんなに揺すっても反応が無い。

 うそでしょ……?

 せっかく全部終わったのに。

 奈落ちゃんのお陰で全部うまくいったのに。

 みんなでヘルちゃんの元へ帰れると思ったのに!


 いやだ!

 いやだよ!

 いやだいやだいやだいやだ‼


「……魔王様。そっとしておいてあげましょう」

「……ガ、ガルムさん……で、でも!……そんな……!」

「よーく、耳を澄ましてみてください」

「……え?」


 ガルムさんは口元に人差し指を当てて、にっこり微笑んだ。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……すぴー。すぴー。


 え?

 ね、寝てる?


「人間には太陽の光と食事。そして睡眠が必要でございますので」


 あ。

 そうだ。

 そうだった。


「そういえば、奈落ちゃん全然寝てないや……」

「勇者様は、どれくらい起きていたのですか?」

「えっと、太陽を三回作ってるから……たぶん、三六時間くらい……」

「は……そりゃ寝るだろ……」


 奈落ちゃんの鼻からは、風船みたいなのが出ていた。

 うん、寝てる。





 

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