#26 羊很狼貪イクリプス。
――業務連絡ッ!
ヘル様のお兄ちゃん。
フェンリルと会えました。
ヘル様と同じく青い髪。
頭の上には大きな獣耳。
口に見えるは大きな牙。
後ろには大きな尻尾も見える。
人獣だが、体はかなり大きい。
鋭い眼光でこちらを睨みつけている。
「テメェらは誰だって聞いてんだ。あぁ?」
おおお。
ヘル様とはまた違った威圧感があるなあ。
今にも飛びかかってきそう。
こ、こわい……。
でもこういう人には毅然とした態度を取ろう。
気圧されたらあかん!
「えー。私たちは奈落の王宮におわすヘル様に仕える使用人でございます。妹さんにはいつもお世話になっております」
ぺこり。
うん。
なんか意外とご清聴。
ありがとうございます。
「で、その使用人がいったい何の用だ」
「フェンリルさん、あなたを迎えに来ました。あ、そうそうヘル様はそもそも封印されたあなたを探すために、奈落の管理人になったんですよ」
「ああ、そこの執事から聞かされたよ」
「それなら話は早い。一緒に王宮に行きましょう。ヘル様が待ってます」
おけーい。
なんかあっさり話終わっちゃった。
「嫌だね」
はぐあ!
……まあこれですんなりいくなら、ガルム紳士がこんなことにはなってないか。
「探していただの、迎えに来ただの。誰も頼んでねえよ。失せろ」
「それならガルム紳士の思いはどうなるんです?」
「あぁ?」
「あなたは魔縄グレイプニルに繋がれてたはずですよね? けど今は解かれてる。ガルム紳士が肩代わりしたんじゃないんですか? あなたにヘル様と会ってもらうために」
「だとしたら何だってんだ」
「だとしたらヘル様に会ってもらわないと、ガルム紳士が浮かばれない。何のために肩代わりしたのか分からない。その気が無いなら、彼の代わりにあなたがもう一度繋がれて下さい」
「嫌だね。それも、そいつが勝手にやったことだ。頼んじゃいねえよ」
かー!
なんという分からず屋!
頑固レベルで言えばヘル様よりもはるか上!
流石はお兄ちゃんだ!
「奈落ちゃん、わたし許せないや」
あ、魔王さん。
さっきまでの美しい泣き顔はどこにもない。
すごく怖い顔。
私この顔見たことある。
すごく怒ってる。
「ヘルちゃんはこいつの為に奈落に繋がれて、何百年も探し続けた。ガルムさんはヘルちゃんに会って欲しくて、命を投げうってでもグレイプニルを肩代わりした。なのに……それなのに……!」
「……そうですね。私も魔王さんと同じ気持ちです。それじゃあ納得できない」
フェンリルはそんな私たちの言葉を一笑に付す。
「は! 許せない? 納得できない? だからどうした?」
その言葉に、魔王さんは両手で握りこぶしを作って構えた。
「あなたをぶっ飛ばしてでも、ヘルちゃんのもとに連れていくよ!」
「ぶっ飛ばしてでも、だと? テメェら人間と魔物だよなァ? かりそめの人形が粋がりやがって!」
はー?
なーに言ってんだあ?
おまえも魔物だろうがあ!
「いいぜ。黙らせてやるから、かかって来いよ!」
フェンリルは姿勢を低く取って構えた。
「はあああああああ!」
魔王さんが叫びながら向かっていく。
最初の一撃は魔王さん。
しかしフェンリルはそれを腕で止め、弾く。
拳と拳がぶつかり合い、両者互角の攻防を繰り広げている。
あ。
魔王さん、太陽を作ってるから魔法が使えないのか!
よし、それなら私が魔法で魔王さんをサポートしよう!
流れる水……。
流れる水……!
私は両手から流水を作り出し、フェンリルに向けて放つ。
バシャァ!
が、片腕一つで簡単に弾かれてしまった。
「効くか、こんなもん!」
「どこ見てるの?」
すかさず魔王さんの拳が、フェンリルの顔面を捉える。
よし、気を散らせてるぞ!
役に立ててる!
「クソが!」
即座にカウンターの構えを取るフェンリル。
しかしその直後、その体は爆炎に包まれた。
「ボクもいるからね!」
ナイス英雄う!
「これで終わりだあ!」
魔王さんが叫びと共に拳を思い切り突き出す。
「甘ぇんだよ!」
が、それは躱され、低い姿勢になったフェンリルはそのままカウンターを繰り出した。
しかし、その姿勢こそ悪手!
思い切り拳をしゃくりあげてるけど、その床で繰り出せるかなあ!?
ずるっ。
フェンリルは滑って態勢を崩した。
私のどろどろの水に足を取られて。
魔王さんは低い位置にあるフェンリルの顔を思い切り蹴り上げる。
そして、拳に炎を纏わせ――。
「ぶっ飛べえ! この分からず屋がああああ!」
言葉通り、壁に叩きつけられるほどぶっ飛ばした。
ドゴォン!
爆音と共に砂埃が立ち込める。
ひゅーう!
魔王さんカッコいい!
それにしても、あんな叫び声初めて聞いたな。
なんか新鮮。
でも怖い。
魔王さんは怒らせちゃダメ、絶対。
ん?
砂煙で見えないが、不気味な笑い声が聞こえるな。
「……くっくっくっく。おもしれえ」
うわあ、めっちゃ笑ってるよ。
なんかまだピンピンしてそう。
「おもしれえじゃねえか! 人形の分際で、なんでこんなに強えんだよ? 俺がなまっただけか? まあいい、もっとやろうぜ! あったまってきたからよお‼」
その言葉を放った次の瞬間。
もうフェンリルは魔王さんの目の前にいた。
はやっ!
さっきと全然動きが違う!
魔王さんも対応できてるけど、圧されてる!
捌き切れずに攻撃をもらっちゃってる!
まずい!
「おねーちゃんをいじめるなあ!」
助けに入ったスルトくんの攻撃は簡単に躱され、かつ強烈な裏拳をくらって吹き飛ばされる。
「スルトくん!」
「くそお! よくも!」
魔王さんの攻撃は全て躱され、一撃も与えられない。
カウンターの拳を腹にくらい、更に強烈な蹴りの追い打ちを受けて吹き飛ばされた。
バァァン!
「魔王さんっ!」
一瞬だった。
サポートする暇さえなかった。
これがフェンリル……!
封印されし凶悪な魔物……!
「で、あとはてめぇだけだぜ。せっかくノってきたんだ、楽しませてくれよ?」
フェンリルはリズムを刻むように、その場で小さく跳んでいる。
その言葉通り、戦いを楽しんでいるようだ。
……まあ、ノってきたとこ悪いけど。
ちょっと失礼しますよ。
はい、挙手!
「あ? なんだ?」
「タイム!」
「……ああ?」
「タイムですよ、タイム!」
なんか相手は面食らって棒立ちしてる。
よし、タイム通った!
とりあえず私は魔王さんの元へ向かう。
魔王さんは壁に叩きつけられてぐったりしていた。
壁は衝撃で抉られ、ヒビも入っている。
なんちゅう威力よ。
「魔王さん、大丈夫ですか……?」
「……な、奈落ちゃん。……ごめん……負けちゃって……」
「気にしないで下さい。私もうまくサポート出来ませんでしたし」
私は魔王さんに持ってもらっていた武器を預かる。
重いな。
本当に重い。
「奈落ちゃん……わたし、あいつと戦って気付いたことがあるの……」
「なんですか?」
「あいつより……魔王城で戦った時の奈落ちゃんの方が、全然強かった……!」
魔王さん……。
「奈落ちゃんなら……あんなやつ、楽勝だよ……!」
魔王さんは力強い視線で「ふふ」と微笑んだ。
私にあんな強い魔物を倒せるかどうか、自信なんて無い。
でも、私は決めたんだ。
自分のことを信じられない時は、私を友達と呼んでくれているみんなを信じるって。
「ありがとうございます魔王さん。私、やってみます!」
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