#25 グニパヘリルで待ってます。

 ――緊急事態ッ!


 獅子ヌッ‼


 もうかれこれ三六時間太陽が出っぱなしである。

 その間ずっと歩いてる。


 疲れた。

 眠い。

 

 夜!

 夜はどうしたの!

 夜はなにやってんの!

 夜来て!

 お願い!

 お願いですからッ‼


「とうとう着いたよ奈落ちゃん!」


 着いたよ。

 着いちゃったよ。

 もう私のライフはゼロよ!


「すごい! 洞窟があるね!」


 探検家で英雄のスルトくんも興奮している。


 確かに、何もない黒い平地がずっと続く奈落で、この切り立った岩壁は新鮮だ。

 高い岩壁は何枚も連なって、まるで山のように立ちはだかっている。

 そしてその根元には大きな洞穴ほらあな

 

 きっとその洞窟の奥に、魔縄グレイプニルがある。

 ガルム紳士の目指した場所がある。

 

「ねえ奈落ちゃん。手、繋いでもいいかな……?」


 どきーん!


 え、どうしたんだ魔王さん。

 あれかな。

 実は暗いところが怖かったりするのかな。


 可愛いんだから、もう。


 もちろん良いですよ。

 良いですけど。

 ああ、緊張するな。

 手繋ぐなんていつぶりだろう。

 やばい、手汗出てきた。

 ああああ手汗でニチャニチャしてきたあ!

 

 あ。


 ごそごそ。


 ヤーレンソーラン装着ッ!


 こんな時にも役立つ魔道具!

 なんと便利な道具か!

 ありがとうシンモラさん!


 私は手を差し出して、魔王さんの手を取った。

 手袋越しでも温かい。

 魔王さんは「ふひひ」と少し照れ笑いの様な表情を浮かべると、ぎゅっと握り返してくれた。


「ボクも! ボクも手繋ぎたい!」

「うんうん、三人で手を繋ぎましょう」


 私たちは三人横並びで、先の見えない暗い洞窟の中へ歩みを進めた。




 洞窟の中は、外とは違ってひんやりとした空気が漂っていた。

 私たちの息も白い。

 正直、少し震えるくらいには寒い。


「それっ!」


 魔王さんが反響する掛け声とともに片手を添えると、掌から小さな火の玉が現れた。

 真っ暗な洞窟の中を照らし、視界が開ける。


「よーし、ボクも!」


 同様にスルトくんも火の玉を出現させた。

 洞窟の中はすっかり明るくなり、寒さも吹き飛んだ。

 なんなら、ちょっと暖かい。


 洞窟の中は壁も地面も凍っていて、高い天井からは鍾乳石かか分からないが、それらがいくつも地面に向かって伸びていた。

 私たちの足音はじゃりじゃりと氷を割るような音を奏で、鍾乳石から滴る雫がぴちょんと音を鳴らす。

 それがはっきりと耳で捉えられるくらい、洞窟の中は静かだった。


 ……本当に、ここに誰かいるのだろうか、と不安になるほどに。


「奈落ちゃん、わたし本当はずっと不安だったんだ」

「……不安、ですか?」

「魔縄グレイプニルがある場所に、もうガルムさんはいないって話、あったでしょ?」

 

 ああ、確かヘル様がそんな話をしていたっけ。

 

「わたしも、何度も魔力感知してみたんだけど、確かにここにガルムさんはいない」

「……そうなんですね」

「ただ別の場所にいるだけならいいの。……でも、そうじゃなかったらどうしようって……最悪のことを考えたら怖くて……」


 魔王さんの手を握る力が強くなる。


 そっか。

 ここは奈落。

 凶悪な魔物が蔓延はびこる大穴。

 二度と戻らない使用人たち。


 ……ガルムさんが最悪の結末を迎えている可能性だってゼロじゃないんだ……。


『――勇者と魔王。お主らは必ずこの王宮エリュズニルに帰ってこい!』


 ヘル様のあの言葉は、そういう意味も含んでいたのかな。

 

 ……うん。でも。


「魔王さん。ガルム紳士が別れ際に言った言葉、覚えてますか?」

「……え?」

「またお会いしましょう、って言ったんですよ。笑いながら」

「……うん」

「だから、その言葉を信じましょう。きっと、大丈夫です」

「……うん、そうだね!」

 

 バサバサッ。


「ぴゃあ!」


 む。

 奈落にこうもりもいるのか。

 あ、でも本来奈落って暗闇に覆われてるわけだし、こうもりにとっては居心地良かったりして。

 私と一緒だね!


 それにしても、魔王さんから聞いたことない声が発せられてたけど。

 暗いところ、怖いは怖い……のかな?


「あ、ラクナおねーちゃん! 誰か倒れてるよ!」


 なんだとう!


 あ!

 本当だ!


「ガ、ガルムさん‼」


 ガルム紳士!

 やっぱりここにいたんだ!


「ガルムさん! ガルムさん大丈夫!?」

「……う……ま……魔王……様……?」


 良かった、意識がある!

 でも、すごく弱ってる……!

 

「ど……どうして……来たんですか……!」

「どうしてって……ガルム紳士、あなたが私のことを友達だと言ってくれたからじゃないですか! 私はただ友達が心配で来ただけ! 理由はそれだけです!」

「……はは……それは失礼しました……嬉しいです……ありがとう……ございます……」


 よし、とりあえず王宮へ戻ろう。

 何があったかは分からないけど、ガルム紳士が無事だっただけでもう十分だ。


「……奈落ちゃん……どうしよう……」


 魔王さんが、顔を青ざめてガルム紳士を見つめている。

 その視線の先には、旅の目的地、魔縄グレイプニルがあった。


 ガルム紳士はグレイプニルに繋がれていたのだ。


 ガルム紳士が弱っている理由はこれか!

 どうしてガルム紳士が!

 フェンリルが繋がれてたんじゃなかったの!?


 いや、今はそんなことより!

 

 どうする!?

 どうすれば外れるの、これ!?

 

「ま、魔王さん! これどうやったら外せるんですか⁉」

「ごめん、分からない。奈落ちゃんの時はいつの間にか外れてたし……‼」


 ううう、どうしよう!

 どうすればいい!


 そうだ。

 とりあえずヘル様のところに連れて行こう!

 ヘル様なら何か知ってるかもしれない!


 ……!?


 ガルム紳士の体が動かない!

 動かせない!

 グレイプニルが地面にくっついてる!


「ラクナおねーちゃん、ボク知ってるよ! この縄の解き方!」

「え……! ホント!? スルトくん!」

「解き方は二つあって、一つは縛られてるヒトの魔力が無くなること! もう一つは誰かが代わりに縛られること、だよ!」


 縛られてる人の魔力が無くなれば解かれる……?

 

『――魔族って体内に魔力さえあれば生きられるから』

『――魔力を消耗し過ぎると、魔王様のように体調を崩されてしまいますし、魔力が無くなれば死に至ります』


 うん。

 一つ目は論外!


 もう一つは?

 誰かが代わりに縛られる……?


 あ。

 そうか。

 それだ!


「ガルム紳士! 私が代わりに縛られます!」

「奈落ちゃん!?」

「……な……なにを……馬鹿な……!」

「大丈夫です! 人間は魔力が無くなっても死んだりしません。私が肩代わりして、魔力が無くなるのを待てば良いんです!」

「でも、奈落ちゃん……! 奈落ちゃんが目を覚ますまで、すっごく時間がかかったんだよ!? その間、ずっとうなされてたよ! 苦しんでたよ!?」

「でも死にませんでしたよね。ガルム紳士も救えますし、これで万事解決です! えへへ」

「でも、でも……奈落ちゃん……!」


 魔王さんが泣いてしまった。

 本当にもう、魔王さんは優しいんだから。

 

 よし。

 いつもしてもらっているお返しだ!


 私は力いっぱい魔王さんを抱きしめた。


「せっかく魔王さんのお陰で目を覚ましたのに、本当にごめんなさい。またしばらく眠っちゃうと思いますけど……でも、さよならじゃないですから」

「うう……ううう……!」

「……ゆ……勇者様……!」


 私はガルム紳士に真っすぐ視線を合わせた。

 さあ、あなたにもお返しだ。

 

「魔王さんを頼みます! ! えへへ」


 カツーン。

 足音が響く。


「……ああ、うるせえな。……誰だテメェら」


 聞き慣れない声だ。


 洞窟の奥から一人の男が気だるそうに、頭を掻きながらこちらへ向かってくる。


 青い髪に鋭い目つき。

 頭には大きな獣の耳が生えている。


 獣人……魔物か。

 誰なんだ。

 ただならぬ雰囲気を感じる。


「……フェ……ンリル……様……」


 ……なるほど。

 こいつがヘル様のお兄ちゃん。


 フェンリルか。





 

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