#24 楽な☆トレーニング。

 ――業務連絡ッ!


 小さな少年、スルトくんに出会いました。


 ムスペル族っていうのはよく分からないけど。

 シンモラさんが言っていた小人族っていうのは、この子のことなんじゃないかなあ。

 ちっちゃくていかにも小人って感じだし、片手には金槌を持ってるし。


 だとすれば、この子こそ奈落脱出のカギを握る重要人物ッ!


 ともあれ迷子で困ってるみたいだし、おうちには帰してあげたいなあ。

 ……とは言ってもおうちがどこか本人も分かってないんだよなあ。

 うーん、どうしましょ。

 

「奈落ちゃん。この子、封印されるような魔族には見えないし、迷って穴に落ちちゃったのかも」

「そうかもしれませんね。とりあえず、またカラスどもに襲われるかもしれませんし一緒に行きましょっか」


 スルトくんは持っている金槌をぶんぶんと振り回す。


「助けてくれたお礼に、ボクがおねーちゃんたちを守ってあげるね!」

「うん、ありがと! ふひひ」

「特にちっちゃいおねーちゃんは弱そうだし!」


 はぐあ!


 ……まあ間違っちゃあいないけど。

 ……けど!

 ……ちっちゃいおねーちゃんだけは納得出来ないね!

 ……そりゃあ魔王さんと比べたらアレだけど、別にそんなちっちゃくないもんね!


「スルトくん」

「なーに?」

「私のことはラクナおねーちゃん、もしくはでっかいおねーちゃんと呼ぶのです」

「うん、わかった! ラクナおねーちゃん!」


 むむ。

 なんて素直でいい子なんだ。

 私の優しっ子やさしっこセンサーもビンビンに反応している!


 よし決めた!

 私は君をおとこにする!

 同じつつかれ仲間として!


「スルトくん」

「なーに?」

「キミの夢は英雄になること。そうだね?」

「うん!」

「じゃああんなカラスどもにつつかれてちゃあ駄目です!」

「うん!」

「今から強くなるために、トレーニングを開始しますッ!」

「うん!」


 よおおし、やるぞお!

 うおおお、まずは筋トレからだあああ!

 私に続けえええええ‼


「おい私の筋肉!」

「おいボクの筋肉!」

「待って待って奈落ちゃん」


 あれ。

 なんか魔王さんがすっごい困惑してる。


「急にどうしたの奈落ちゃん。あとそれ本当に筋トレなの? 昨日もやってたけど……」

「……すみません、急に私の中のトレーナースイッチが入ってしまいました」


 でもこれでムキムキになった人を知ってるので、効果は間違いないはず!

 

「ラクナおねーちゃん」

「どうしたのスルトくん」

「それも大事だけど、重い物を持ったりして筋肉にダメージを与えるのも効果的だよ!」

「え。そ、そうなの?」

「うん。例えばおっきいおねーちゃんが持ってるその袋とか!」


 あ。

 お、ふーん。

 なるほどー?


 私は魔王さんへ手を差し出し、袋を渡してもらった。


「な、奈落ちゃん大丈夫? 無理しちゃダメだよ?」

「だ、大丈夫ですよこれくらい!」


 あがががががが!

 おっもコレ!

 うぐああああああ!

 えいゆううううううう!


「し、し、しぬ」

「し、死ぬ!? ラ、ラクナおねーちゃんムリしないでよ!?」

「むむ無理などしてはござらん! 獅子ヌって言ってるだけだし!」

「獅子ヌってなに!?」


 パッ。


 ……魔王さんが私から袋を取り上げる。


 ……ハァー。ハァー。

 ……なに、あれ……。

 ……なんなんあれ……ッ!


「あんなに重そうなのに、すごいやラクナおねーちゃん!」

「で、でしょ?」


 よし、筋トレはもういいでしょう。

 なんならもう一か月くらいはいいかな。

 それくらいやったな。


「じゃあ次は魔法のトレーニングをしよう!」

「あ、ボク水の魔法を勉強したい!」


 え、水?

 うっそお。

 私、まだ火しかお取り扱いが無いんだけどな。


 いや待てよ。


 確かに水は良いかもしれない。

 もし習得できれば、自分で水分補給が可能になるし。

 もうあんな恐ろしい思いをしなくて済む!


「よし、水魔法をやろう!」

「やったー!」


 えーと。

 まずは詠唱だな。


「……キンキンに冷やした究極の雫! ぷはあ、五臓六腑に染み渡るね……。開け滝! とどろけ――」

「おねーちゃん。ラクナおねーちゃん」

「――どうしたのスルトくん。ラクナおねーちゃんはいま大事な詠唱中だよ」

「うん、ごめん。ただラクナおねーちゃんは人間だから、魔道具を付けた方がいいかなって」


 いっけね、そういえば付けてなかった。


 ごそごそ。


 ヤーレンソーラン装着ッ‼


「奈落ちゃん、水魔法なら流れる水を思い浮かべるとイメージしやすいよ!」

「そうなんですね! やってみます!」


 えーと。

 どこまで唱えたっけ。


「……開け滝! 轟け川! 我が渇望せし喉から胃に向かって濁流の如く流れよおおおおおおお!」


 ごぽごぽ。


 おお!

 掌から水があふれ出している!


「やった! 出来ましたスルト先生! 魔王先生!」

「やったねラクナおねーちゃん!」

「あははははは! やったね奈落ちゃん!」


 あれ。

 なんかいつの間にか私が生徒になってる。


 いや、待て。

 そんなことよりこの水!


 ……めっちゃどろどろじゃん。


 うわあ。

 キモチワル。

 絶対飲めないじゃん。

 なんで……。

 あんなに飲料水をイメージして詠唱したのに……。


「そういえば、スルトちゃんはどうしてカラスに襲われてたの?」

「えっとね、この金槌を拾ったら突然襲ってきたんだー」


 ん?

 金槌を拾ったら?


「え、あ、あれ? その金槌ってスルトくんのじゃないの?」

「ちがうよー。突然空から降ってきたの」


 空から降ってきた?

 

 ……そうなると話が変わってくるなあ。

 スルトくんの小人族説が……。


 あ。

 

 太陽が沈みそうだ。

 もうすぐ奈落に夜がやってくる。


 夜はすごく冷えるから、枯れ木を集めて焚火の準備。

 こうして魔王さんの魔力が回復するのを待つんだよね。


「魔王さん、枯れ木集めてきますね」

「大丈夫だよ、奈落ちゃん」


 大丈夫?

 はて。


 あ。


「クーカンをチョッケツ……!」

「ぶぶー、はずれ!」


 魔王さんが口を尖らせながら両手でバツを作る。

 なんだい、可愛いわね。


「今日はヘルちゃんが太陽を作ってくれているから、わたしは夜に魔力回復する必要がないんだよ」


 あ!

 そういえばそうだ!

 え、じゃあこのあとは魔王さんが太陽を作るってこと?


「あの太陽って、おっきいおねーちゃんが作ってたんだね!」

「そうなんだよお。ふひひ!」

「おっきいおねーちゃんもすごいねえ! ボクも作ってみていい?」


 お。

 スルトくん、太陽に挑戦か。

 まあ最初はコツが必要だし、先輩からアドバイスを授けよう。


「スルトくん。まず大事なのは一に想像、二に想像。三四が無くて、五に」

「できたー!」

「ん出来たあ!?」


 スルトくんが両手を天にかざしたその先に、超巨大な火球が浮かんでいる。


 でっっっっっっか!

 あっっっっっっつ‼


 そのまま火球は空に昇っていき、奈落は夕暮れ時から朝になった。

 

「すごい、すごい! スルトちゃん!」

「……えー。わたくしラクナ、本日を以て魔法使いを引退いたします」

「なんか引退表明してる!」


 えええええ!?

 なにこれ!

 初めてなんだよね!

 初めて太陽作ったんだよね!?

 初めてでこんな出来るの!

 これが才能!

 真の天才ッ!

 所詮私は小さい火球一つで一喜一憂する虫けらッ!


「ムスペル族は炎の一族だから、火の魔法が得意なんだー。だからこれくらいは出来て当たり前」

「あ……当たり前……ハァ……ハァ……」

「水魔法も出来るラクナおねーちゃんのほうが全然すごいよ!」

「スルトくんんんんんん!」


 英雄だ!

 君はもうすでに英雄!

 強さも優しさも心強さも兼ね備えてる英雄だああああああ!


「これならまだわたしの魔力も残ってるし、ずっと歩けるね! 奈落ちゃん!」


 満面の笑みでウインクする魔王さん。


 ……ん?


 ……ずっと歩く?


 ……よく考えたらそれって喜ばしいことなのか……?


 ん?

 え?

 は?


 大丈夫? それ。





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