#19 無明長夜のタイディーアップ。

 ――業務連絡ッ!


 カラスが来ました。

 

 あれからまた数日経ち。

 未だにガルム紳士は帰ってきません。


「奈落ちゃん。やっぱり、わたしたちでガルムさんを探しに行こうよ!」


 魔王さんが窓の外を眺めながら、力強い視線で私に問いかける。


 仕事をひと段落させた私たちは、寝室にて緊急会議中。

 というか、なぜ私の寝室?

 

「お奈落さまのお部屋、意外と綺麗ですわ~」


 正直に言うと、私は迷っている。


 もちろんガルム紳士は心配だし、助けにも行きたい。

 でも彼の残した言葉が、私の足を止める。


『――ヘル様をお願い致します。……

 

 ガルム紳士が心配だから、探しに行く。

 私のことを友と言ってくれたガルム紳士を信じて、託されたヘル様と共に待つ。

 

 うーん、どっちが正解なんだろう。

 分からないよ。選べない。


「……ごめんなさい魔王さん。私にはどうすればいいのか分からなくて……」

「そうですわね。整理ってすごく大事ですわ」

「ガルムさんに、ヘルちゃんのことお願いされたもんね。簡単には整理出来ないか」

「でもお奈落さま、チェストの中は結構ぐちゃぐちゃですわ~」

「……そうなんですよね。なにが正解か分からなくて……」

「ゴミですわ! チェストの中にゴミが入ってますわ~!」

「仕方ないよ。いろいろ考えちゃうもん」

「ああ、お奈落さま! 下着と普段着を同じ引き出しに入れるタイプですわ~!」


 ちょちょちょっと待って!

 ストップストップ!

 気になるな!

 すっごく真面目な話をしてるのに!


「……シ、シンモラさん。さっきから何やってるんですか?」

「お奈落さま、普段着の上から下着を付けてはいけませんですわよ?」


 それくらい知ってます!


「ガルムを探しに行くなど、わらわが許さんぞ」


 可愛らしい声が耳を撫で、私たちは話を止める。

 部屋の入り口で仁王立ちをしているヘル様が、頬を膨らませながらこちらを睨んでいた。


 へ、へ、ヘル様!?


「ど、どうしてここに!? ヘル様は行動範囲の九割が玉座なのに! ヘル様と玉座は一心同体と言っても過言じゃないのに!」

「なんじゃその言い草わあ! 過言じゃわ!」


 いやいやいや!

 いつも玉座から動かないじゃないですか!

 腕組で忙しいとか言ってるじゃないですか!


「あー。ヘルちゃん、謁見の間に一人で淋しかったんでしょ?」

「なにを言う魔王! わらわ愚弄ぐろうする気か!」

「おヘルさま! このシンモラめを玉座として踏みつけの刑に処してくださいまし! そうすればワタクシたちは一心同体ですわ~!」

「お主はシンプルになにを言っておるのじゃ!」


 それにしても。

 やっぱりヘル様は反対だよね。

 そうだよね。


「そもそも、お主らはガルムの居場所がどこか分かっておるのか? この広い奈落を闇雲に探しても、絶対に見つからんぞ。なにせ、わらわの全力の魔力をもってしても感知できんのだからな」

「う……そ、それは……」

「それにお魔王さま、奈落は凶悪な魔物の巣窟! 王宮の外は危険がいっぱいですわ~」


 ああ、魔王さんがしゅんとしちゃった。


「兎に角、わらわは許さんからな。分かったら自分の部屋の掃除をするのじゃ! 魔王、お主はゴミを散らかしすぎじゃ! ちゃんと掃除を覚えるんじゃ!」

「うん……」

「シンモラ! お主は宝物庫の宝を持ち込みすぎじゃ! これ以上宝を部屋に持ち込んだら、宝物庫を出禁にするからな!」

「そんな、殺生でございますわ~!」

「勇者! なんで床に下着が散らばっておるのじゃ! この破廉恥が!」


 ああああ!

 すごく綺麗にしてたのにい!

 なんか怒られちゃったあ!

 くそううッ!!


 ヘル様は私たちに叱咤をかますと、謁見の間いつもの巣へと戻っていった。

 

 ……なんだか、いつものヘル様のようでどこか違うような気がする。

 部屋までやってきたのも、初めてのことだし。


「ヘルちゃん、やっぱりガルムさんのこと心配してるんだね」

「……え?」

「全力の魔力でも感知できないって言ってた。つまり、全力で探してるってことだよね」

 

 あ。

 言われてみれば、本当だ。


 でもヘル様は、探しに行きたくても行くことが出来ない。

 ガルムさん曰く、ヘル様はこの王宮から離れることを禁じられてるって話だもんね。

 禁じられてるって、一体誰に……?

 ううん、それは今どうでもいいか。

 

 とりあえずヘル様は、きっと私たちなんかよりもずっと歯がゆい思いをしているに違いない。

 

「奈落ちゃん、わたしやっぱりガルムさんを探しに行きたい。なにより、ヘルちゃんの為に」

「……はい。私も今、ちょうどそう思っていたところです……!」

「でも、肝心のおガルムさまの居場所が分からないんじゃありませんの?」


 うぐぐ。

 そうなんだよなあ。

 ヘル様も言ってたけど、闇雲に探しても見つかるわけもないし……。


 ん?

 待てよ?

 

「……そういえばガルム紳士。私のお陰でお兄ちゃんの居場所が分かったって言ってましたよね?」

「あ、そういえばそうだね! あれ、どういう意味なの?」

「……それが分からないんです。たしかに私のセンサーは敏感で正確ですけど……」

「奈落ちゃん、センサー付いてるの?」

「でも、兄っ子あにっこセンサーは搭載してないんですよね……」

「奈落ちゃん、なんの話をしてるの?」


 うーむ。

 本当に分からない。

 全く心当たりがない。


「お待ちくださいまし! ワタクシのお宝センサーが反応しておりますわあ~!」


 うわあ!

 シンモラさんが急に興奮しだした!

 お宝センサー!?


「このお部屋にお宝の臭いをビンビンに感じますわ! ビンビコビンですわ! お奈落さま、ワタクシの知らない未知のお宝を隠しておりますわね!」


 うわあ!

 シンモラさんがチェストをひっくり返し始めた!


 やめてえええ!

 これ以上私の部屋を散らかさないでええええ!

 てゆーか未知のお宝ってなに!

 私そんなの持ってないよ!


「あああああ! これですわ! ゴミに混ざってありましたわ! とてつもない魔力を秘めておりますわあ~!」

「……え。、お宝なんですか?」

「待って奈落ちゃん。もしかしたらガルムさんはを使ったのかも!」


 魔王さんが笑ってる。

 赤くて綺麗な瞳に、炎が宿ってる。


「シンモラちゃん。フェンリルは奈落に封印されたって話だよね? もっと詳しく教えて!」





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