#18 インスペクターの双眸。
――業務連絡ッ!
ガルム紳士が王宮を発って、数日が経ちました。
ここは謁見の間。
「勇者がやってきたということは、ごはんが出来たということじゃな?」
「はい、ばっちりでございまする~」
ヘル様は玉座の上で、足をバタバタさせる。
満面の笑みで目をキラキラと輝かせていた。
ガルム紳士が居なくなって、落ち込んじゃったりしないかと心配したけれど。
意外とヘル様に変わった様子はない。
「お風呂掃除、終わったよ!」
魔王さんが、謁見の間へ元気に登場。
お風呂掃除をしてくれたみたい。
しかも一人で。
むむ。
一人。
なんだろう、この胸のざわめきは。
「……ま、魔王さん。ちなみに掃除ってどんな……?」
「え? このあいだ奈落ちゃんと一緒にやったみたいに、水魔法でバーッ、だよ!」
よ、良かった。
おかしなことにはなってない。
そうだよね、あの時はボーっとしてたって言ってたもんね。
「大丈夫だよ! 掃除の前に、ブラシはちゃんと二つに折ったから!」
「ちゃんと折ってた!」
ああああ、まずいなあ。
ブラシ折りが、お風呂掃除を始める前の変な儀式みたいになってる。
それどころか私のせいで、この王宮からどんどんブラシがなくなっていっちゃうよ。
「あああああっ! 大変でございますわ~!」
シンモラさんがバタバタと足早に駆け寄ってきた。
頭にははたきが括り付けられ。
肩と膝の四か所には雑巾が装着されている。
お掃除をしていたのかな?
「なんじゃ騒々しい! 大変なのはお主の恰好じゃ!」
「あああっ! 申し訳ございません! こんなワタクシめには罰をお与え下さいまし!」
「ええい、いちいち罰を貰おうとするでない! うっとうしい!」
「……久しぶりに来てみたら、随分と騒がしくなったわね」
「キャハハ♪」
聞き慣れない声がした。
謁見の間に、白いローブを着た二人組がゆっくりと入ってくる。
一人は青い髪で、切れ長の目をした女性。
無表情で、冷たい感じ。
もう一人は緑色の髪で、大きな瞳の女の子。
笑いながらキョロキョロ周囲を見回して、落ち着きがない。
どこか似ているけどどこも似ていない。
そんな真逆の二人が、ヘル様へ向かって真っすぐに進んでくる。
警戒態勢!
警戒態勢!
侵入者発見!
侵入者発見!
「うー。わんわんわんわん!」
青い髪の女性は私へ
あ!
なんだ!
なんか馬鹿にされた気がする!
「キャハハ♪ 恰好ダサ!」
なぬ!
初対面でかましてくれるじゃない、緑髪の子お!
サイン入りの服、無理やり着せてやりましょうか!? おーん?
こちとら、ローブの上だろうが構わず着せてやりますけどお!? おおーん?
赤い絨毯をずかずか進む二人の前に、魔王さんが立ち塞がる。
「初めまして、だね! あなたたちはだあれ?」
「……ごきげんよう、哀れな姫君。初めましてとは、笑えない冗談ね」
「キャハ♪ カワイソーな姫君!」
おうおうおう!
なんなんですかこいつらはあ!
礼儀ってものを知らないんですかあ!?
それなら私が教えてあげましょうかあ!?
「おローブのお二人さま! 初めて会ったら初めまして! 太陽出てたらこんにちはですわあ~!」
いいぞおシンモラさん!
このぶれいものめー!
やっちまいましょう、ヘル様!
「よい。こやつらは客じゃ」
ヘル様!
「それにお主らは、初めましてでは無い筈じゃぞ?」
へ?
いやいや知りませんよ、こんな人たち。
会ったら絶対忘れなさそうですし。
ほら、魔王さんも首を傾げてますもん。
「……我らを忘れてしまったのか勇者? いや、
な、なにいいいいい!
私の鉄板ギャグを知っているだとう!?
なななな、なにものですかこの人たち!
「まあ最後に会ったのは結構前だし? あの時は丸焦げになっててマジサイコーだったよ! キャハハハハ♪」
ま、丸焦げ?
私が?
……。
青髪と。
緑髪。
……。
あ。
あああああああ!
「ままままさか! いつも空を飛んでる、青と緑の二羽のカラスゥゥゥゥゥ!?」
「そう。奈落の監視者、フギンとムニンじゃ」
「……よろしく、奈落のラクナ」
「よろしくぅ! 丸焦げラクナたん! キャハハ♪」
むぐぐう。
こいつら絶対私を馬鹿にしてるよお。
正真正銘あのカラスたちだよお。
「で? お主らが来たということは、何か異変でもあったか?」
「……新たに落下物を感知した。そこそこの大きさだ」
そういえばガルムさんが言ってたっけ。
カラスに奈落の様子を報告してもらってるって。
「そうか。では後でガルムに行かせるとしよう」
あ。
ヘル様も「あ」って顔してる。
「あれれー?
「……なるほど。出迎えが無いと思ったら、ガルムは不在なのだな……とうとう愛想でも尽かされたか?」
「あ、ああ。ガルムは今しばらく王宮を離れておっての……」
「監視者なのに、そんなことも知らないんだね! フギンちゃん、ムニンちゃん!」
お、おやおや。
魔王さんが。
「残念♪ アタシら
「そうなんだ! 奈落ちゃんにちょっかい出してる位だから、相当暇なのかと思っちゃった!」
「……ふっ。我らに下手な挑発をしても、何の意味もないぞ。哀れな姫君」
「その
修・羅・場ッ!
うわわわわ、魔王さんが怒ってるよお!
ああこの雰囲気、魔王城の日のことを思い出す……。
なんか、胸がざわざわする……。
どうするどうする!
こういうときはどうすればいい!?
ぐぬぬぬぬ!
うおおおおおおお!
「……フギンさん。……ムニンさん」
「……なんだ? 奈落のラクナ」
「おっ♪ なになに、ソッチもやる気? いいねえ! 第三ラウンドといこうか! キャハ♪」
「……腹は立てるもんじゃねえ……満たすもんだ。ウチで究極のごはん、食べて行けYO☆」
決まったあー!
私の伝家の宝刀、陽キャパワー!
修羅場にはコレ!
失敗から学んだこと!
「キャハハハハ♪ 急に何言ってんの、丸焦げたん♪」
おい誰が丸焦げたんだ!
もはや私の原型残ってないじゃんか!
「……えーと。……ちょうどごはんが出来たんですよ。せっかくですから食べて行きませんか?」
「いいの? やったやった♪ キャハハ♪」
「……ヘル。いいのか、我らも馳走になって」
「王宮を
◇ ◇ ◇
広い広い食堂。
まだまだテーブルは沢山余ってるけど。
それでも六人で食卓を囲むのは、王宮に来てから初めてのことだった。
で、みんなに出すのはもはや私の鉄板となったシチュー!
「おいしーい♪ すごいね、丸焦げたん♪」
「……ほう。美味しいぞ、奈落のラクナ」
「……うん。ありがとうございます」
嬉しいけど、その呼び方なんとかなりませんか?
「お奈落さま、ワタクシはおかわりですわあ~」
その呼び方もなんとかなりませんか?
気になって話が入ってこないんですよ、いつも。
「勇者!
うんうん。
ヘル様も相変わらず元気、元気。
……正直、ガルム紳士の話題になったときはヒヤッとしたけれど。
結果、食卓もにぎやかになったし、二人を誘って良かった、かな?
「……奈落ちゃん。気を使わせちゃったよね。ごめんね……」
ああああ!
魔王さんがしゅんとしちゃってる!
おのれえ、カラスどもめ!
「気にしないでください魔王さん。私もあの二人には腹が立ちましたから。でも、だからこそ分かり合わないとって思っただけですので……」
「だからこそ……ってどういう――」
「それに、相手の心を掴みたければまず胃袋掴めって、よくお母さんが言ってましたので!」
「それは意中の殿方へ向ける戦略ですわ~!」
「……え。そ、そうなんですか? じゃあずっと使い方間違ってました……」
「あはははは! もう、奈落ちゃん!」
あ。
魔王さんの本気笑いだ!
やったあ!
「……それでは、我らはそろそろ行くとしよう。御馳走様でした、奈落のラクナ」
「また食べに来るね♪ 丸焦げたん!」
「……礼、という訳ではないが、もしガルムの行方が分かったら御前に知らせよう」
「お、おお。よろしくお願いします」
二人は食堂を後にする。
と、魔王さんの前で足を止めた。
「……御前が来るまで、この奈落は日の当たらぬ氷の世界だった。それが今やこんなにも過ごし易い世界へと変化した」
「いつも太陽作ってくれて、ありがとね♪」
「……え……う、うん」
魔王さんは戸惑いながら、少し気まずそうに返事をする。
「……先ほどの件、気に障ったなら御詫びしよう。……哀れな
いや、
なんていうか、悪気は無さそうなのよね……。
緑髪のムニンも両手で手を振って見せる。
「んじゃ、まったね~♪ カワイソーな魔王たん! キャハハ♪」
「うん、またね。フギンちゃん、ムニンちゃん」
魔王さんは少し困惑気味な笑顔で、手を振った。
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