#17 風分つ岐路。

 ――業務連絡ッ!


 我は馬糞のようなファッションセンスを携えた、暗殺者ことラクナなりッ!


「それではお掃除、開始ですわあ~!」


 お次はシンモラさんの寝室をお掃除。

 三人とも使用人スタイルに衣装チェンジして準備オッケー!


 お風呂掃除以来のお掃除ミッション。

 あの時は魔王さんが心ここにあらずだったけど……。


「フフ~ン、フ~ン」


 うんうん。

 今日は鼻歌を歌いながら、ご機嫌にはたきで埃を払ってる。


 むしろ今日はシンモラさんが気になるなあ。

 なんか激しく頭を上下に振ってるんだけど。


「ああああっ! お掃除、大変ですわあ~!」


 よく見たら、はたきを頭に括り付けて掃除してる。

 何してるの? この人……。


「……あの、シンモラさん。どうしてはたきを手で持たずに、頭に付けてるんですか?」

「ワタクシ、両手は塞がっておりましてよお~!」


 そっか!

 宝箱を抱えて掃除をしてるから、両手が使えないんだ!


 ……いや、そっかじゃない。

 置けばいいじゃない、宝箱。


「そういえば奈落ちゃん、貰った手袋ずっとしてるね。気に入ったの?」


 あら、さすが魔王さん。

 よく見てるなあ。

 

「お気に召すのは当然ですわ! お小人族が作った道具は、人知を超えた力を持っておりますもの!」

 

 小人族?

 初めて聞いかも。


「……このヤーレンソーランとかいう手袋は、その小人族っていうのが作ったんですか?」

「ヤールングレイプルですわ~! お小人族は道具作りの天才! 金槌一つでどんなものでもお作り遊ばせるのですわ~!」


 その言葉を聞いた魔王様は目を光らせ、はたきを放り投げ、シンモラさんに詰め寄る。

 

「えっ、どんなものでも? じゃあ例えば、この奈落を脱出するための道具、なんてのも作れちゃうの?」

「そんなの、きっと朝飯前ですわ~!」


 私と魔王さんは顔を見合わせた。

 

 ええー!

 すごいすごい!

 もしかしてこれ、脱出の糸口になり得る……!?


「小人族とは、なかなか良いところに目を付けましたね」


 む、この声は!

 出たなくせものめ!


「確かにシンモラ様の仰る通り。もしもこの奈落で小人族を見つけることが出来たならば或いは、といったところでしょうか」

 

 ガルム策士!

 こんどは何を企んでいる!?


 厳戒態勢!

 わんわんわんわん!


「ガルムさんが手伝ってくれるなんて珍しいね!」

「いえ。むしろその逆です」


 逆う?

 ぐるるるるるる。


「お三方に折り入ってお願いがあり、参りました」



 ◇ ◇ ◇



「しばらくこの王宮を離れる?」


 え?

 どういうこと?


「実は、ヘル様が奈落で管理人を続けているのには理由がございます」

「理由?」

「それは、この奈落に封印された兄を見つけ出し、助け出すこと」


 ヘル様って、お兄ちゃんがいたんだ。


「しかしヘル様は管理人という立場故、この王宮を離れることを禁じられ、何百年もの間みつけることは叶いませんでした。代わりに使用人が探してはいたのですが、一人、また一人と行方不明になってしまったのです」


 え。

 ヘル様のお兄ちゃんを探しに行った使用人は、みんな帰ってこなかったってこと……?


「奈落はとてつもなく広大です。闇雲に探しても見つかるはずもありません。王宮でふたりになってしまった私たちは、捜索を諦めておりました。……勇者様が奈落に現れるまでは」


 ……ほう、勇者。


 ……ん……?


 …………ええ!?

 

「……わ、わわ私!?」

「はい。勇者様のお陰で、ヘル様の兄……フェンリル様の居所を掴むことが出来ました」


 え、なんで?

 なんでなんでなんで私??


「すぐにでも王宮を発とうと思ったのですが、ヘル様から『わらわを一人にするつもりか』と止められてしまいまして」

「そりゃそうだよ。ああ見えてヘルちゃんは、ガルムさんのこと大好きだもん!」

「私には勿体ないお言葉でございます」

 

 うんうん。

 何百年もこの奈落で一緒だったなら、なおさらだよねえ。


「そこで私は、使用人を増やそうと考えました」


 使用人を、増やす……?


 あ。


 ガルム策士!


「多少強引にお二人をこの王宮へ引き入れたこと。大変申し訳なく思っております」


 ガルム策士が私たちに深々と頭を下げる。


 あのときはやられた!

 って思ったけれど。

 それはヘル様を一人にしないため、か。


 そういう理由があったんだね、ガルム策士。

 

 いや。

 呼び方を戻そうか。

 ガルム紳士。


「頭を上げてよガルムさん。あの時ガルムさんが王宮に連れてきてくれなかったら、そもそも奈落ちゃんは助かってなかったかもしれないんだから」

「……魔王さんの言う通りですよ。本当に感謝してます、ガルム紳士」

 

 ガルム紳士は頭を上げると、にこやかに微笑んだ。

 彼の笑顔を、初めて見たかもしれない。


「それでは、またお会いしましょう」


 そう言い残し、部屋を去ろうとするガルム紳士へ、魔王さんが声を掛ける。


「ねえガルムさん。その役目、わたしたちじゃダメかな?」


 ガルム紳士は背を向けたまま、ぴたりと立ち止まった。


「ヘルちゃん、きっとガルムさんがいなくなったら淋しいと思うな。だって、何百年もずっと一緒だったんでしょ?」

「……私には勿体ないお言葉。しかし、フェンリル様を見つけることもまた、何百年も課せられた私の使命。そしていよいよ、それを遂げる時が来たのです。これは誰であっても譲ることは出来ません」

「そんな……」


 ガルム紳士の言うことも分かる。

 

 だが!

 しかし!


「……ヘル様がガルム紳士に残ってほしいと願う以上、私はあなたを行かせるわけにはいきませんね!」

「……勇者様……」

「……なぜなら私は使だからです! そして私を使用人にしたのはガルム紳士、あなたです!」

「……フフフ、成る程。やりますね。とてもずるい御人だ、あなたは」


 ふっふっふ!

 策士のガルム紳士にずるいと言われるなら、むしろ本望! 誉め言葉!

 

 だって魔王さんの言う通り、ヘル様はガルム紳士に残って欲しいって思ってる筈だもん。

 お兄ちゃん探しは、我々にお任せあれい!


 ガルム紳士は首を左右に振りながらため息をつくと、体をこちらへ向き直した。


「勇者様、私はあなたに謝罪したいことがございます」

「……え、謝罪……?」


 ん?

 なによ急に。

 なんかあったっけ?


「あの時は心無い返事をしてしまい、申し訳ございませんでした。今一度あの時の返事を、ここでさせていただきます」

「……へ? あの時の返事??」

「私の様な者には勿体ないお言葉でした。ですが、慎んでお受けいたします。私にとっては初めてですので、非常にはばかるのですが……」

 

 ガルム紳士は胸に手を当てゆっくりと会釈をする。

 

 んん?

 どうした?

 急になにを言ってるんだ、ガルム紳士は?


 ……。


 …………。


『――ししししし紳士さん! わわわわわ私と、友達になりませんかッ!!』


「……あ……!」

「……ヘル様をお願い致します。……

「……え! いや! ちょ! ま!」


 ガルム紳士は牙を見せながら、爽やかな笑顔で部屋を去っていった。

 

 私はそれ以上何も言えず、その背中を見送る。


 ……。


 ……友達。


 こんな時、どうすればいいのか分からない。


 友達が心配だから追いかける?

 それとも、友達を信じて待つ?


「まさか、あのおガルムさまが友などと口にするなんて! 驚きですわ~!」

「……奈落ちゃん」


 とりあえず今は、ガルム紳士にお願いされたことを全うすることに専念しよう。


 この答えが見つかるまで。

 私は友達を信じて待つことにします。

 だから、ちゃんと帰ってきてくださいね。

 ガルム紳士。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る