#13 彼誰の光。

 ――業務連絡ッ!


 ヘル先生の魔法レッスン、開幕ッ!

 

 というわけで私たちは王宮の外へとやってきました。

 うーん、それにしても暗い。

 あと寒い。

 魔王さんが作ってくれてた太陽のありがたみ、ひしひしと感じるなあ。


「して、勇者よ。お主、魔法の経験は?」

「ゼロです! 初体験です! よろしくです!」

「なんじゃと! 一度も魔法を使ったことがない分際で、太陽を作るなどとほざいておるのか!」

「ええ、そうですが!?」

「なんとふてぶてしい!」


 太陽を作るって、そんな罵られるほどに高等な魔法なのか。

 魔王さんは、それを毎日私のために。

 くうううっ!


「それに、なんじゃ! お主の恰好は!」

「はいヘル様! 私、このために気合入れてきました!」

 

 広い王宮を歩き回って見つけた、黒いローブ。

 なんとなく、魔力が上がりそうでしょ?

 確か、僧侶さんもこんなのを着ていた気がするし。


「それは、わらわのローブじゃ!」

「なるほど……どうりで魔力が溢れてくる気がしていましたッ!」

「全然サイズが合って無いじゃろうが! ぱっつんぱっつんではないか! 袖の部分とか破れちゃってるじゃろうが!」

「大丈夫です。全然気になりません!」

わらわじゃ、気にしているのは! あとなんでローブの上から更に服を着る!?」

「これがないと眠れませんので!」

「なぜ寝る前提で話をしているのじゃ!」


 うーん、ヘル様めちゃくちゃ怒ってるな。

 先にごはん食べてからの方が良かったかもしれない。

 シチュー作りましょうか?


 ヘル様は息を切らしながら俯くと、大きくため息をつく。


「……まあいい、では始めるとしよう。まずは両手を前に出し、火をイメージするのじゃ」


 両手を前に出して、火をイメージ。

 

 火?

 火。

 火!

 

 めらめらー。

 ぼぼぼぼー。

 みたいな?


「魔法の基本は想像・送像・創造じゃ! まずはしっかり、具体的にイメージすることが大事じゃぞ」

「そーぞー。そーぞー。そーぞー……」


 …………???


 緊急事態ッ!

 全然意味が分かりません!

 

 と、とにかく、火をイメージ。イメージ。


「……めらめらー……ぼぼぼぼー……」

「違う! ごごごごー! ちゅどどどーん、な感じじゃ!」

「う……ごごごごー。……ちゅどどどー……」

「よし! その調子じゃ!」


 よし!……って言われても……。

 全然手ごたえ無いんですけど……。


「しっかりイメージ出来たか? そしたら次は送像じゃ!」


 って……ずっと想像しておりますが!?

 

「しっかり集中するんじゃ! 想像を送像するんじゃ!」

「……そーぞーを……そーぞー……???……うぐぐぐ……あががが……」

「ところで勇者よ。お主は人間か?」

「……はい。私、人間やらせて頂いてます!」

「じゃあそもそも魔道具がないと、魔法は使えんな」

「……え?」


 ……ん?

 いやでも、僧侶さんもメガネさんも魔法使ってたはず……。


「人間には魔力を放出する器官が備わってないからのう。魔道具を通さんと魔法を創造出来んのじゃ」

「ま……魔道具……?」

「代表的なので言うと、杖じゃな」


 はっ!

 確かに僧侶さんもメガネさんも杖を使ってた!


 ……。


 いやそれ早くいってえ!

 なんだったんだ今までの時間!


 ……。


 ……ん?


 ……あれ?


「……いやでも、出来てますけど……」

「……なんじゃと?」


 私のかざした両手の先に、ゆらゆら揺れる小さな火の玉。

 これ、魔法だよね?


「わ、私……魔法の才能があるみたいです。私の隠された魔法の才能が、溢れんばかりにこぼれ出しているッ! ヘル様、今あなたは伝説の始まりを目撃したのだ! 刮目せよ! 驚愕せよ! 我は、最強の――」

「調子に乗るでない! なぜそんな小さい火の玉で、そこまでのぼせ上れるのじゃ!」

 

 やべえ。

 やべえじゃん私。

 これ天下とれるかもしれん。

 今は天下どころか地下に居るんだけど。えへ。


「うーむ。わらわのローブが魔道具の役目を果たしたのかもしれんのう。……まあ、なにはともあれこれでレッスン終了じゃな。ご苦労であった」

「うっす! ありがとうございましたあああっ!」


 ……。


 ……ん?


 いやちょっと待って!


「ヘル様待って! 太陽! まだ太陽までほど遠いです!」

「嫌じゃ! わらわはもう疲れた! 玉座に戻ってゆっくりしたい!」


 疲れるの早いなあ!

 ヘル様まだ何もしてないじゃん!


 ……よーし、こうなったら。


 私はヘル様に耳打ちをする。


「ヘル様、もしもお願いを聞いてくれたら今夜のシチュー、野菜を全部抜きにしてあげますよ?」

「……な、なんじゃと! そんなことをして、ガルムに怒られないか? 大丈夫か?」

「ヘル様のためとあらば、やらせていただきやす!」

「……よし分かった! レッスン再開じゃ!」


 やったあ!

 上手くいったあ!


 魔王さん、もう少しだけ待っててね!



 ◇ ◇ ◇



 ガチャ。


「めそめそ……」


 私は魔王さんの寝室を訪れた。


「めそめそ……」

「あ……奈落ちゃん……どうしたの? めそめそして……」

「あ、い、いえ。なんでもありません。……魔王さん、体調はどうですか? お夜食のスープ持ってきましたよ」

「……ありがとう……けほ……」

 

 私は枕元にスープを置く。

 と、魔王さんは私の手を握り、目を見開いた。


「……どうしたの、この手……やけどだらけじゃない……!」

「……あ、いえ……魔法を覚えたくてヘル様に教わったんですけど……全然うまくいかなくて……えへへ……」

「……魔法……? まさか……!」


 魔王さんはベッドから飛び起き、窓のカーテンを勢いよく開ける。


「あああ、駄目ですよ魔王さん! 無理しないでください!」

 

 窓の外は。

 まーっくら。

 そう。

 ヘル様のレッスンも空しく、奈落の暗闇を照らすには至らなかった。


 たったの一日じゃ、太陽を作るなんて初心者には無理だったらしい。

 それはそうだよね。

 

「……私の代わりに太陽……作ろうとしてくれたんだね……」

「う……そう、です。……でも、全然ダメダメでした。……やっぱり魔王さんはすごいですね、えへへ」

「……太陽を……奈落ちゃんが……」

「……えへへ……少しでも魔王さんの負担を減らせたらって思ったんですけど……。でも、よく分かりましたね。私が太陽を作ろうとしたこと……」

「……分かるよ……だっていま空に浮かんでる光って、奈落ちゃんの太陽でしょ?」

「……はい。私の太陽、ぜーんぜん照らせてなくて、真っ暗なままなんですよ。……まったく、お恥ずかしい……えへ……」


 こんながっかり太陽を見せることになろうとは。

 

 せっかくヘル様がレッスンしてくれたのに。

 恥ずかしい。

 悔しい。

 ぐすん……。


 魔王さんは、私の小さな太陽をずっと見つめていた。

 その表情には、うっすら笑みが浮かんでいる。


「……なんだか、月みたいだね」

「……あ、確かに。……太陽っていうか月ですね。えへへへ」

 

「……ありがとうね、奈落ちゃん。……ありがとう」


 魔王さんの目から、一筋の涙が頬をつたった。

 その涙は月明かりに照らされて、宝石みたいに綺麗で……。


 魔王さん、喜んでくれたのかな?

 それなら、私も嬉しいな。

 

 ……うん。

 そっか。そうだよ。


「……魔王さん、お礼を言うのは私の方です。これからもっともっと魔法を勉強して、いつか魔王さんみたいな大きい太陽を作れるように……魔王さんを支えられるように。……私、頑張りますね!」

「ふふ、もう。……わたしが勝手にやってることだから気にしなくていいのに……!……でも嬉しい。楽しみにしてるね……!」

 

 魔王さんの笑顔を見て、気付いたことがある。


 それは、私がここまで必死になった理由。

 

 辛そうな魔王さんを元気にしたいー、とか。

 今度は私が魔王さんを助ける番だー、とか。


 もちろん色々あるけれど。


 でも、答えはもっと単純。


 魔王さんは私の友達だから。


 うん。

 理由はそれで十分だ。





 

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