#12 残陽、薄明を待つ。
――おい!
……。
――おい! 聞いてんのかって!
…………ん?
――貴様がそういう態度なら、俺様にも考えがあるからなァ!
「ほえ?」
目が覚めると、目の前には知らない天井。
ふかふかのベッドにふわふわのおふとん。
あれ、私おうちに帰ってきたんだっけ。
ふああ、それにしてもよく寝たなあ。
珍しく、お母さんも起こしに来なかったみたいだし。
私は両腕をめいいっぱい伸ばして背伸びをし、ベッドから出る。
カーテンを勢いよく開け、全身に朝日を浴びた。
シャッ。
窓から広がるのは、どんよりとした暗黒の世界。
……。
カー。カー。
…………?
……え、暗っ。
あれ? 朝日は??
……。
…………。
「ここ奈落ダァ!……ゲェホ! ゲェホ!」
あまりにも快適な暮らしで、すっかり忘れてた!
てゆーか、まだ暗いじゃない。
……。
よし、寝よ。
二度寝! 二度寝! えへへへへ。
――ふん。
……。
――もう起こしてやらねえからな。
…………ん?
――………………。
………………すぴー。すぴー。
――いやまた寝るのかよ! どんだけ寝る気だ貴様ァ!
「おりょ?」
カー。カー。
またまた沢山寝ちゃったな。
あれ?
窓の外、まだ暗いよ?
これは、まさか……。
もう一回寝れる?
三度寝! 三度寝! えへへへへ。
……。
…………。
いや待て待て違う違う!
奈落の太陽は魔王さんが毎日作ってるんだ!
と、いうことは……!
コンコンコン。
む。
「なにやつ!」
「失礼いたします」
ガチャ。
おいおいおい。
この紳士、どうぞも言ってないのに乙女の寝室に入ってきたよ。
どこが紳士だよ。
「勇者様、おはようございます」
「……おはようございますガルム策士」
「魔王様のお体があまりよろしくありません。惰眠を貪る前に、一度お会いになられた方がよろしいかと存じます」
「え……!」
ま、魔王さんが……?
言い方がすごく気になるけど、たしかに魔王さんが心配だ。
すぐに行こう!
◇ ◇ ◇
魔王さんは自室のベッドで横になっていた。
額にはタオルを乗せて、苦しそうな表情を浮かべている。
「けほ、けほ……」
「ま、魔王さん!」
「大事はありません。このままお休みになれば、二十四時間後にはよくなるでしょう」
そうなんだ、よかった。
魔王さん、昨日ありえない時間お風呂に浸かってたからなあ。
風邪ひいちゃったんじゃ……。
「……けほ……な……奈落ちゃん……」
「……ま、魔王さん……」
「……その恰好……やめて……」
「……え?」
私の恰好?
そういえば魔王さん昨日も嫌がってたっけ。
エプロンドレスの上から正装を着る、ラクナスタイル。
ちなみに今日はひらひらのスカートが気になったから、いつものズボンも履いたよ。えへ。
こんなに具合が悪そうなのに、真っ先にここを指摘するって。
魔王さん、ラクナスタイルが相当お気に召さないみたい。
「……奈落ちゃん……ごめんね……」
「……いいいえいえ!……脱ぎます! 今すぐ脱ぎます!」
「……太陽……作れなくって……ごめんね……からだ……大丈夫……?」
……太陽?
……魔王さん、こんな状態でも私の心配をしているの?
「……魔王さん、心配しないでください。……私は大丈夫ですから」
「……うん……ごめんね、色々と……明日になれば……魔力も回復するから……けほ……」
魔王さん、すごく辛そうだ。
ガルム策士は顎に指をかけて、何やら考え事をしている様子。
「おそらく、その太陽を作る魔法が原因でしょうね。毎日欠かさずそんな大規模な魔法を使い続ければ、いくら魔王様とはいえ消耗するでしょう」
あれ。
そーなの?
「……え、これって湯冷めが原因じゃ……」
「ええ。全然違います」
全然違った。
魔王さん、なんかごめんなさい。
「魔族は魔力が全てです。魔力さえあれば、食事や睡眠などはとる必要がありません。しかし逆に魔力を消耗し過ぎると、魔王様のように体調を崩されてしまいますし、魔力が無くなれば死に至ります」
「けほ……けほ……」
魔王さんは辛そうに何度も咳を繰り返している。
うん。
奈落に太陽が昇らないことよりも、友達が沈んでいることの方が大問題!
ガルム策士!
「はい。勇者様、なんでしょう?」
「……あの……お、お願いしたいことがあります……!」
◇ ◇ ◇
謁見の間。
「たのもーう!」
私は両開きの大きな扉を開け、悠々と赤じゅうたんの上を進んでいく。
玉座に座するはもちろん我が主、青髪の少女ヘル様だ。
腕を組み、足を組み、怪訝そうにこちらを凝視している。
「なんじゃ勇者。
相変わらず偉そうな。
腕組で忙しい人なんてこの世にいませんよ。
「ガルム策士から聞きました。ヘル様は、奈落一の魔法使いだと」
「奈落一とは。ずいぶん過小評価してくれたものじゃなガルムは」
「そこで、ヘル様にお願いがございます」
「嫌じゃ」
「かしこまりました」
……。
まだなにも言ってないでしょうがああああ!
……こほん。
落ち着けラクナ。
スマイル&スマイル!
「……えーと。魔王さんがいま弱ってまして」
「うむ。知っておる」
「いつも奈落を照らしている太陽を、作れなくなっちゃったんです」
ヘル様はニヤリと口角を上げる。
「は、読めたぞ。
「いえ。その魔法を、私に教えてほしいんです!」
魔王さんは、ずっと私のために頑張ってくれてた。
あんなになるまで。
だったら、他の人に任せたくない。
私がやりたい。
私が魔王さんを支えたい。
ヘル様は腕組を解くと、首を左右に振りながらため息をついた。
「……分かった、教えてやろう。
「やったあ! ヘル様だーいすき!」
「ただし条件がある!」
「でた!」
「シチューを……。
めっちゃ気に入ってくれてる!
「もちろん! お安い御用です!」
こうしてヘル先生の魔法レッスンが始まった。
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