#11 楽な☆クッキング。
――緊急事態ッ!
勤務初日でクビになりました!
という訳で、謁見の間でえっへんしているヘル様へ申し開きをしています。
もちろん、清掃した正装に着替えて! (いつもの寝巻き)
だいたい、喧嘩を売ってきたのはヘル様なわけで。
こっちはその喧嘩を買ってあそばせただけだあ!
不当解雇だあ!
「という訳で、クビは勘弁してください!」
「どういう訳か知らんが、許してやろう!
うわあい!
やったね!
「ただし条件がある!」
「じょ、条件……?」
「
なぬ!
美味しいごはん!
「では、食堂で待っておるぞおー!」
ヘル様は満面の笑みで、小走りしながら謁見の間を出て行った。
え。
ごはんを作るだけでいいの?
ふふふ。
奈落の管理人とはいっても、まだまだ幼い少女ですねえ。
なんだかヘル様を見てると、妹を思い出すんだよなあ。
ほっこり。
じゃあ腕によりをかけて、最高の料理、究極の一皿を振舞おうじゃないですか!
あ。
疑問質問が浮かんじゃった。
私は扉の前で静かに佇むガルム策士へ向かって手を上げる。
「はい、勇者様。どうされました?」
「……あの、へル様って人間なんですか?……それとも魔物?」
「どちらかといえば魔物でございます」
なんですかどちらかといえばって。
てゆーか奈落って人間が魔物を封印するための大穴なんだよね?
それなのに管理人が魔物って変じゃない?
……。
ま、とりあえず今は置いといて。
そっかあ、魔物かあ。
魔物の好みは分かんないなあ。
そもそも何を食べるんだろう。
よし、魔王さんに相談だ!
なんといっても魔王さんは魔物の王だもんね!
ん?
魔王さんどこいった?
◇ ◇ ◇
かぽーん。
「あ、奈落ちゃん。大丈夫だった?」
いや、まだお風呂入ってるよ魔王さん。
「……あの、魔王さん。ごはん、何が好きですか?」
「ごはん? うーん、わたしはあまり食事は取らないからな」
え、そーなんですか?
そういえば何かを食べてるところ見たことないなあ。
「魔族って体内に魔力さえあれば生きられるから、食事は魔力を回復させる手段の一つに過ぎないの」
ほええ。
魔物ってごはん食べなくても生きられるんだ。
「まあでも、強いて言うなら生き血かな?」
「いい生き血⁉」
「あっ、でも死に血でも全然いいよ!」
「しし死に血い⁉」
あぶなかったあ!
聞いといて良かったあ!
人間と全然好み違うじゃんん!
ありがとうございました魔王さん!
すごく参考になりました!
では向かうとしましょう。
お客様の最高の笑顔を作りに……ッ!
◇ ◇ ◇
広い食堂を敷き詰めるように置かれた長いテーブルと無数の椅子。
その一角に、涎掛けをした青髪の少女がナイフとフォークを持ったまま、ちょこんと座って待っている。
私は完成した究極の一皿を、彼女の前へ静かに置いた。
コト。
「へいお待ちい!」
「こ、これは……!」
「冷製スープのブラッド☆コングラッチュレーションでございます」
「なんじゃ、これは……!」
「生き血と死に血をじっくりコトコト煮込んで冷静に冷ましました!」
「うげぇ……キモチワル……」
え。
キモチワル?
あれ、おかしいぞ。
待って待って!
ちょ、ちょタンマ!
「ちょ、タイム!」
「ん、なんじゃ?」
「ちょっくらお花摘みに行ってきますう!」
「ずっとなにを言っておるんじゃお主は?」
どうしようどうしよう!
なんか全然駄目っぽくなかった?
まあ食べ物の好き嫌いなんて千差万別多種多様ッ!
魔王さんの好みは、ヘル様には通用しなかったってことか! くそう!
じゃあガルム策士ならどうだろう?
魔物だし、そもそも日頃ヘル様に食事を作ってるのも彼だよね、多分。
うんうん、そうだ! それだ!
私は厨房の前で静かに佇むガルム策士へ向かって手を上げる。
「おや勇者様。どうされました?」
「……あの、ヘル様にはいつもどんな料理を振舞っているのですか?」
「ふむ。彼女は緑が好きです。ですので、いつもは野菜を中心とした献立を組んでおります」
なるほど!
ありがとうございますガルム策士!
これは有益かつ有力な情報だあ!
◇ ◇ ◇
コト。
「へいお待ちい!」
「こ、これは……!」
「前菜、フォレスト☆パニックでございます」
「なんじゃ、これは……!」
「ヘル様は緑をお好きとのこと。ですのでこの世のすべての緑を詰め込んでみました!」
ヘル様は私の出した究極の一皿を見つめ、体を震わせている。
キタア!
感動してくれている!
思った以上の好感触!
なんなら、うっすら涙を浮かべてる!
ドン!
「勇者あ、お主!
うわあ!
大号泣!
ってゆーか食べたくない!?
おいおいおい、どーなってるんですかコンシェルジュ!?
ガルム策士は俯き、口を押えながら肩を震わせている。
笑ってるな?
笑ってるだろ、なあ。おい。
くそう!
このままじゃ私クビになっちゃううう!
あ。
そういえば私、ヘル様が楽しみにしてたごはんを平らげたんだよね。
そうだよ、そう!
あのとき私が何を食べたのか!
それを思い出せばいいんだ!
だってヘル様、あんなに悲しそうにしてたもん!
えーと。
えーと。
……。
だめだあー!
全く思い出せない!
すっごく美味しかったのにい!
あーあ!
あ。
◇ ◇ ◇
コト。
「へいどっこいしょー!」
「こ、これは……!」
「メインのシチューでございます」
「なんじゃ、これは……!」
「私のお母さんがよく作ってくれた、何の変哲もない普通のシチューです」
「ふむ。たしかにフツーじゃな」
「はい。でも、私がこの世で一番大好きなごはんです!」
ヘル様は一口分をスプーンで掬うと、その小さな口へゆっくりと運ぶ。
「……う、うまい!」
その後も「うまい」を繰り返しながら、ヘル様の手が止まることは無かった。
「お見事です、勇者様」
ガルム策士が胸に手を当てながら、私に会釈をする。
策士……!
許してませんよ、さっきのこと。
「それにしても、偏食なヘル様をあそこまで唸らせるとは。さすが勇者様でございます」
まあ、実はなんてことはない。
ヘル様が楽しみにしていたごはんを私が美味しいと思ったなら、反対に私が大好きなごはんを好きだと言ってくれるかもって思っただけ。
うまくいってよかった。
「おかわりじゃー!」
「……して、ヘル様。私のクビの話は……」
「クビになんてするものか! これからももっともっと
わあーい!
やったね!
ヘル様と初めて出会ったのもこの食堂だったなあ。
私の暴走のせいで最悪の出会いだったけど。
……反省。
まあでも結果、この食堂で取り返せた気がする!
うんうん!
うん?
もしかしてヘル様、あの時の
……いや、考えすぎか。
そういえば、家族のみんなは元気かなあ?
なんだか久しぶりに思い出しちゃった。
ま、それは置いといて。
私も大好きなシチュー食べよーっと! えへへ。
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