#10 がんばれ奈落ちゃん。
――業務連絡ッ!
結局王宮に来て、奈落脱出の糸口は何一つ得られなかった。
その上、
くう。
ガルム策士めえ。
「奈落ちゃん。どう、かな?」
魔王さんはエプロンドレス姿に着替えてくるりと一回転。
ああああッ!
可愛いー!
純白のエプロンが魔王さんの金色の髪を映えさせて、最高に輝いている!
やったあ!
先ほどの謁見の間から移動し、私たちは客間にて仕事着へお着替え中。
姿見の鏡に自分を映し、鏡越しの金髪美少女を見てはため息をつく。
魔王さんに引き替え私は……。
「奈落ちゃんも似合ってるよ!」
優しい魔王さんならそう言ってくれるって思ってました。
お世辞でもやっぱり嬉しいです。
「似合ってたのに……」
あれっ。
魔王さん、どうしました?
「どうしてエプロンの上からいつもの服を重ね着してるの? もう上半身パッツパツだよ?」
え、駄目ですか?
エプロンはちゃんと着ましたけど……。
「……こ、これがあると熟睡出来るので……」
「奈落ちゃん、まだ寝る時間じゃないよ? ほら、バンザイして?」
……脱がされました。
それにしても、良かった。
奈落を脱出する方法が無いって言われたとき、魔王さんすごく落ち込んじゃってたけど……。
どうやらもう大丈夫っぽい?
コンコンコン。
むむ、なにやつ!
今ここは、おなご二人が着替えながらお互いを褒め合うキャッキャウフフオアシスでございますよ!
くせものめえ!
であえであ
「はーい、どうぞ!」
「失礼致します」
がちゃり。
出たなあ、ガルム策士!
いや、くせものめえ!
「着替えもお済みのようですね。それでは王宮をご案内致します」
まずは食堂に厨房。
う。
トラウマが。
そして浴場に各寝室。
こーんなに広いのに、使用しているのはたったのこれだけ。
まあその分、私たちの仕事もそこだけで済むんですけどね。
「という訳で、今日は初日ですし、大浴場のお掃除をやっていただこうと思います」
初日なのに、けっこうなお掃除をやらせますねえ。
私たちはブラシを一本ずつ持たされる。
「それでは、ご武運を祈ります」
そんな戦場へ送り出すみたいな。
てゆーかやり方を教えてくれないんですか!?
あのー……。
……。
お風呂、ひろーい。
終わるのにどれくらいかかるんだろう。
よ、よーし。
やるからには最強の使用人目指して――。
バキッ。
「奈落ちゃん、ここからどうすればいいかな?」
魔王さんがブラシを真っ二つに折って、両手に持っている。
何をしてるんですか、魔王さん?
そこからはもうどうにもなりませんよ?
「あれ、ごめん。間違ってたかな? なんかぼーっとしちゃってて……」
ああああ!
魔王さんがしゅんとしちゃった!
そうですよね。
魔王さんは王だもの。
掃除なんてしたことないですよ。
まあ、別に私もしたことないんですけど。えへ。
「いいいいや! 間違ってないです、魔王さん! それをやったら、その二本をゴミ箱へ入れてください!」
「こ、こう?」
「そうです! で、そのあとは……」
「このあとは?」
「……終わりです」
「え! もうお掃除終わり?」
「はい、休憩どうぞ!」
よし、ばっちり!
王よ!
あとはこの最強の使用人、ラクナにお任せくださいませー!
えーっと。
まずは壺で水を汲んで、そのあとブラシを使って……。
バキッ。
「奈落ちゃんの分も折っておいたよ?」
「……あ……ありがとうございます。じゃあそれも捨ててください」
「うん! まかせて!」
おっけえーい。
掃除道具なくなっちゃったあ。
……。
どうしよう!?
どうすればいい!?
えーと。
えーと。
あれか!
舐めようか!
私みたいなもんは、床を舐めて掃除するのがお似合いだ!
あ。
そうだ。
「……魔王さん、流水の魔法! また出せますか?」
「ああ、奈落ちゃんに使ったアレね?」
プシュー!
魔王さんの両手から、勢いよく水が放たれる。
うん。
この水圧なら、水を撒くのとブラシで磨くのを同時にやってるのと変わらないかも!
「これ、どこに向ければいいの? 奈落ちゃんの口?」
「あいや、ちち違っ。えーと、そのままで! 大丈夫です!」
私は魔王さんの両手を取る。
方向は、私が決めれば。
プシュシュー!
うんうん!
かなり思い付きだったけど、この連携技は良い感じ!
みるみる汚れが落ちていく!
ああ。
奈落にいると、どうして私たちは敵同士だったんだっけ?
って気持ちになるなー。
そしてそして!
あっという間に綺麗になり、お風呂掃除完了!
私たちの初めての共同作業は、大成功に終わったのでした!
◇ ◇ ◇
かぽーん。
ふうー。
気持ちいいー。
まさかご褒美に、そのまま一番風呂に入っていいなんて。
最高すぎるう。
ガルム策士、悪い人ではないかもしれない。
「奈落ちゃん、王宮はすごいところだね」
うんうん。
魔王さんも気持ちよさそう。
「でっかい食堂もあるし。ずっとここで暮らしても平気かな?」
「……ですねえ。なんなら、奈落の方が快適までありますよ。なんて。えへへ」
「そっか。……うん。よかった」
あ。
魔王さん、やっぱり元気ない。
そりゃそうだ。
浮かれてる私と違って、こんな暮らしは魔王城で普通にしてきたことのはず。
……それなら、帰りたかったですよね、きっと。
『――……脱出する方法? そんなものは無い!』
……いや。
いやいやいやいや!
ざばっ。
「……まままま魔王さん!」
「ど、どうしたの奈落ちゃん。急に立ち上がって……」
「……ま、まだ戻れないと決まったわけじゃないですよ! ヘル様はああ言ってましたけど、私たちは奈落のことをまだまだ全然知りませんし、きっとなにか方法があるはずです! ここでお世話になりつつ、だだ脱出は諦めずに探し続けまちまちもちょぱっ!」
ああああ!
大事なところで噛んじゃったあ!
「……うん。うん! そうだね!」
「なあーに、奈落の管理者だかなんだか知りませんが、きっとあの子の知らない情報もきっとありますよ! あの子まだまだ子供ですし!」
「
ん?
この可愛らしい声は!
振り返るとそこには腕組をしながら頬を膨らませている青髪の少女がいた。
「……へへヘル様⁉……てゆーか誰がちんちくりんですかッ!!」
「ほう?
ぐぬぬ。
こ、こいつうう!
「魔王様の豊満なバディーを見たら、私がちんちくりん担当だって思うでしょうがあッ!!」
「ちょ、ちょっと奈落ちゃん! 何言ってるの!?」
「大体、私がちんちくりんならヘル様! あなたは何ですか! そんな
「な、なんじゃとおおお! そもそもお主はなぜ
「あー! 話のすり替えー! 勝てないと思ったんですね! はあーべろべろばー!」
「ああもう
「はいはいクビですかー!…………クビ?……いや、ちょ…………クビ??」
「ぷっ、あはは!」
ん?
「あはははははは! もう奈落ちゃん、面白すぎるよ!」
魔王さんが笑ってる。
あれ、なんか。
魔王さんの笑ってる姿、初めて見たかも……。
なんか、すごく嬉しいな。
「あはははは! ダメだ、涙出てきちゃった!」
「……えへ。えへへへへへ」
なんだかこっちも楽しくなっちゃう。
そんな魔王さんの笑い声は、この広い浴場にいつまでも反響し続けるのでした。
「でもクビじゃ」
「ちょっと待ってえ!」
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