#8 からっぽカラカラ。
――業務連絡ッ!
お腹が空きました。
そのせいで全く身動きの取れない足手まといを、魔王さんは王宮まで運んでくれました。
「これが王宮かあ。でっかいねえー!」
私たちは、たどり着いた王宮の垣根と門を見上げ、驚きの声を上げていた。
「エリュズニルの垣根はどんな魔物がやってきても侵入されないように高く、門はどんな方でも招けるよう大きく作っておりますから」
そう告げながら現れたのは、ピンと背筋を伸ばした紳士の装い。
狼の人獣、ガルム紳士だ。
私たちが声を上げるなり、すぐに門から出迎えてくれたけど。
「よくわたしたちが着くって分かったね?」
うんうん、そうですよね。
「ええ。お二方がいらっしゃることは、ワタリガラスから聞き及んでおりましたので」
カー。カー。
……あいつらかあ。
いまや私の天敵になりつつある、青と緑のカラスたち。
今は王宮の真上をぐるぐる旋回している。
「その……勇者様とワタリガラスが壮絶な戦いを繰り広げたことも……報告を受けていま……ぷすー」
報告を受けていまぷすー。
じゃないですよ。
絶対笑ってるじゃん。
ガルム紳士は口元に手を当てると「コホン」と咳払いをする。
「失敬。それでは、わが主様のもとへご案内させていただきます。どうぞこちらへ」
奥へ案内しようと
「その前に、なにか食べるものは無い? 奈落ちゃんが空腹で大変なの!」
魔王さん、ありがとう。
私、お腹すきすぎてまともに口も開けないの。
……てゆーか、あるのかな。
奈落にごはん。
「もちろん用意してございます。ではまずそちらへ向かいましょう」
あった。
奈落にごはん。
◇ ◇ ◇
案内された王宮の中は、とにかく広かった。
無限に続いているかのような廊下に、無数の扉。
だからこそ際立つ、この違和感。
こんなに広いのに、人の気配が全くしない。
まるでからっぽだ。
私たちの歩く足音だけが、空しく響いている。
「ここって、誰も居ないの?」
うんうん、そうですよね。
魔王さんは私が聞きたいことをすぐ聞いてくれる。
「昔は沢山居たのですが、今は訳あって主と私、そして二人の使用人の計四人しかおりません」
ガルム紳士は先を歩きながら、淡々とした口調で説明した。
その後、廊下の先にある広い部屋の入口に着くと、こちらへ向きを変えて会釈をする。
「さあ、こちらでお待ちを」
大きな部屋の中には長いテーブルと椅子がいくつも置いてある。
ここは、食堂……?
すんすんすんすん。
むむっ!
この芳醇な香りは。
ごはんだ!
奥のテーブルに、お食事がすでに用意されているではありませんか!
ガルム紳士!
なんと仕事が早いことか!
ああああ、よだれが止まらない!
このままじゃ魔王さんの清廉な背中を汚してしまう!
とうっ!
私は魔王さんの背中を飛び出し、くるりと空中で回転すると、地面へ着地した。
べちゃ。
前言撤回、着地失敗。
思っていた以上に体が動かない。
だが!
ごはんのためならあああああ!
しゃかしゃかしゃかしゃか。
私は四つん這いのままごはんの置いてあるテーブルへ一直線。
「いただきますうううううッ!」
がつがつがつがつ。
むしゃむしゃむしゃむしゃ。
「おい、お主!」
がつがつがつがつ。
う、うまいッ‼
はふはふはふはふ。
「おい、お主! 何をやっておるのじゃ!」
ああちょっと、ゆさゆさしないで!
あとにして!
食事中ですよ!
ばくばくばくばく。
もぐもぐもぐもぐ。
ぺろぺろぺろぺろ。
たはあーっ!
美味しかった!
正直、なにを食べたのか全く覚えてないけど、とにかく美味しかった!
「ごちそうさまでしたあー」
はあ、生き返った。
こんなに食事に感謝したことは今まで無いかもしれない。
それほど美味しかった。
あれ。
そういえば誰か私を呼んでいたような?
ふと顔を横へ向ける。
そこには青髪の小さな女の子が、首元に涎掛けを付けて立っていた。
ナイフとフォークを両手で持ちながら、ぷるぷると体を震わせている。
その大きな瞳にはうっすら潤いがあり、こちらを睨みつける様な視線を向けていた。
わあ。
可愛い!
でも、なんか怒ってる……?
むむ。
むむむ。
……もしかしてだけど。
「……こ、これ。あなたの……?」
私はからっぽの皿を指差すと、少女はこくりと頷いた。
……。
やばああああい!
どうしよう!
これ私のじゃなくてこの子のごはんだったの!?
やばいやばい!
ひとかけらも残さず平らげたどころか、お皿もぺろぺろしちゃったよ!
えーと。
えーと。
なにか!
なにかないかな!?
私は全身をまさぐり、掌を少女に見せる。
「な……奈落名物。泥団子だよー?」
少女はすごい勢いで私の元を走り去っていった。
「うわあああああん! ばーか! ばーか!」
悲しい暴言を吐き捨てて。
あああ。
やってしまった。
しかも苦肉の策がなかなかに最低だった。
これは反省だ……。
大反省会開催だ……。
落ち込む私を見て、魔王ちゃんが声を掛けに近づいて来てくれる。
「奈落ちゃん、死にかけてたもん。仕方ないよ。あの子にはあとで謝りに行こう? わたしも事情を説明するから、ね?」
魔王さんはいつも優しい。
その後ろで肩を震わせているガルム紳士。
……なんか、また笑ってません?
ガルム紳士は「コホン」と咳ばらいをすると、再び会釈をする。
「それではお食事もお済みになったことですし、ヘル様のもとへご案内いたしましょう」
◇ ◇ ◇
私たちは、またも長い廊下を歩き、最奥の大きな扉の前へ案内された。
いかにもお城の謁見の間、って感じだ。
魔王城もこんな感じだったよね、たしか。
「この奥でヘル様がお待ちです。お進みください」
両開きの扉がゆっくりと開き、私たちは奥へと進む。
ヘル様。
奈落の管理人。
私たちが奈落を脱出するための情報を持っているかもしれない最重要人物。
なによりこの凶悪な魔物がはびこる封印の大穴を管理しているとなると、いったいどんな人なのかが気になるところ。
ああああ、緊張してきた。
怖い人じゃないよね?
ね?
ん?
「よく来た、勇者と魔王。
んん?
玉座に座っているのは。
青髪の小さな少女。
真っ黒なドレスに身を包み、首にはなぜか涎掛け……。
え?
ええええ?
「ああー! お主はさっきの!」
少女は玉座から立ち上がり、勢いよく私を指差す。
あれあれあれ!?
この子がヘル様?
なんで?
ガルム紳士、さっき何も言わなかったですよね?
私は困惑したまま視線を送る。
ガルム紳士は俯きながら口元に手を当て、体をぷるぷると震わせている。
「ガルム紳士ぃぃぃぃぃぃぃッ!!」
笑ってます!
あの紳士、絶対笑ってます!
「なーんでごはん泥棒がここにおるのじゃ! お主はこの王宮から出禁じゃあ!!」
「出禁んんんんんんッ!?」
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