Chapter2-からっぽの王宮。

#7 グラトニーと呼ばないで。

 ――おい!


 

 ……。



 ――おい貴様! いつまでそうしているつもりだ?



 …………ん?

 


 ――こっちがどれだけ待ってやったと思ってんだあ⁉

 


 



 「ふが?」


 気付けば辺りは明るくなっていた。

 魔王さんが新しい太陽を作ってくれたんだろう。


 空には相変わらずどんより雲が覆っているけれど、そこから淡い、優しい光が差し込んでいる。


 カー。カー。


 うんうん。

 小鳥たちのさえずりも、朝って感じだよね!

 

 新しい朝がやってきた。

 魔王さんの、魔王さんによる、魔王さんのための……あいや……私のための朝だ!


「おはよう、奈落ちゃん!」

「お、おはようございます。魔王さん」


 そして金髪美少女からのご挨拶。

 うれしい。

 最高の朝だあ!


 しかもこの美女が私の友! 親友! ブラザーだなんて!

 信じられないい!

 やっふーう!


 それにしても。


「……魔王さんて、起こし方だけ荒々しいですよね……」

「え! そ、そう?」


 まあそういうのもギャップ萌えってやつだよね。

 なんかもう、とか言ってた気がするし。

 でもこんな可愛い子に言われたらぞくぞくしちゃいますねえ。

 うんうん。


「それじゃあ、奈落の王宮目指して出発しよーう!」


 魔王さんは、ガルム紳士が走り去っていった方向を指差し、元気よく歩き出す。


 たしか奈落の管理者の屋敷、なんだっけ。

 管理者を名乗るからには、ここから出る方法も知ってそうだもんね。

 

 魔王さんがいち早く奈落を脱出するために、私も出来る限りのことをしなくちゃ!


 ……かくいう私は、正直このまま奈落住みでもいいような気がしている。

 だって生きていくために必要なものは揃っているしね。


 空気はあるでしょ?(湿気多め)

 太陽もある。(魔王さんのお陰)

 寝床もあるし。(穴)

 友達もいる。(やったね!)


 なんていうか、地上に居た頃より充実している気がして。

 

 ……。


 …………んん?


「あああああ!」

「わあ! 突然どうしたの奈落ちゃん!」


 私は膝から崩れ落ちた。


 いや、立てなくなった、というのが正しい。


 なぜ。

 なぜ思い出してしまったんだ私は……。


 私は! 昨日から! 何一つ口にしてないじゃないかあああ!


 あああああ!

 なぜだか気付いた途端、急激にお腹が空いてきたし喉も乾いてきた!


 ぐるるるるるるー。


 猛烈にお腹も鳴り出した!

 爆音だ!

 立てぬ!

 全身に力が入らないぃ!

 まずい! これはまずいよお!?


「奈落ちゃん! すごい顔だよ、大丈夫⁉ なんか雷みたいな音もしてるし……」

「み……みみ……み……みみみみみず……ッ!」

「え? みみず??」

「ふ! ふざけてる場合ではござりません! 水を! 水をお恵み下さいませえ!」

「え、水!? ど、どうしよう! 奈落に水なんて……」


 困り顔で、辺りを見回す魔王さん。

 私は渾身の力で立ち上がり、彼女の肩を掴む。


「魔王さん、私を熱湯に浸したと申しておりましたよね!? そそその熱湯はどこから!? いや、なんならその残り湯でも構いませんッ!!」

「そ、その残り湯をどうするの?」

「がぶ飲みにございますッ!!」

「シンプルに気持ち悪いよ、奈落ちゃん!」


 緊急事態ッ!

 魔王さんの好感度がぐんぐんと下降しています!


 くうう!

 生命の危機と魔王さんとの友情の危機!

 どっちを取ればいいの!?


「とりあえず、魔法で水を出してみるね?」


 魔王さんが掌を合わせて魔法を唱える。


 あああ!

 ありがとう魔王さん!

 あなたはずっと私の命の恩人ですう!


「それじゃあ、出すよー?」


 掛け声とともに、魔王さんの両手から透き通った水が生成された。


「……ああ! ありがとうございま……ぶぼえらッ!」


 口を開けて待っていた私に、勢いよく放たれた流水。

 そのまま体ごと吹き飛ばされ、泥の上を頭から滑り倒した。


 ……水圧すごい。

 口が裂けるかと思った。


「やったあ! 上手くいったよ!」


 魔王さんは満面の笑みで、嬉しそうに小さく跳ねている。


 ……上手くいった判定でいいんですかこれ!?

 

 その後も次々と魔法の流水を飛ばしてくる魔王さん。


「うおー! くらえー!」


 はぶあ!


 うま、くるし、うま、くるし、くる、ぶほああッ!


「……ハア、ハア……ありがとう、ございます魔王さん。もう勘弁……じゃなくて大丈夫そうです」

「うん! 奈落ちゃん、さっきよりもうんと元気になったみたい! よかったあ」


 もう後半は、流水から逃げ回ってたからね。

 元気になったように見えたかもね。


 ぐるるるるー。


 水分補給は出来た。

 あとはこの空腹を満たすだけ。


 しかし、こんなところに食料なんて……。


 ……ん?


 カー。カー。


 ……。


 …………。


 …………ごくり。


「おいおいおーい! そこのカラス! 昨日はよくもやってくれたな! おーい! かかってこいよ! ビビっちゃってんのか、おいおーい!」


 煽りとかやったことないけど、カラス相手なら全然言えるぞお!

 自分の器の小ささに、少しだけダメージがあるけれど!

 今こっちは命がかかってるんだもん!

 さあかかってこい!

 焼き鳥にして食ってやるう!


 カー。カー。


 二羽のカラスはこちらを向くと、一直線に飛んできた。


 うわ!

 本当に来た!


 この!

 いたい!

 いた、ちょ、たんま!

 いた!

 いたたたたたた!


「こらー! やめなさい!」


 魔王さんが両手から火球を作り出し、カラスを追い払ってくれた。


 ……私が丸焼きになった。

 

「大丈夫!? 奈落ちゃん!」

「ううう……ごめんなさい魔王さん……みっともないところを……」


 ばしゃあ。


 私は体に力が入らず、地面に倒れこんでしまった。


 ううう、もう駄目だあ。

 一歩も動けないぃ。

 

 ……あれ。

 ……この泥って、食べられるのかなあ。

 ……うへ、うへへへへ。


 がばっ。


 突然、魔王さんは地面に突っ伏した私を背中におぶり、足早に走り出す。

 

 ふえ……?


「謝るのはわたしの方だよ。人間が生きていくためには水と食料が必要だってこと、本を見て知ってたはずなのに!」


 ま、魔王さん……!


「急いで王宮に向かうね! それまでの辛抱だからね!」

「は、はい。……ありがとうございます、魔王さん」

 

 ……私は魔王さんの背中で、優しいぬくもりを感じていた。

 

 うん。

 もうじたばたするのはやめよう。

 お腹が空いてるけどがまんがまん。


 私は生命の危機よりも、大好きな魔王さんとの友情を優先するんだ!





 

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