#6 Good night to the moon.

 ――B-side. ▶▷▷ 魔王。

 


 ◆ ◆ ◆

 


 仲間と共に城へやってきた勇者は、とんでもない強さだった。

 

 見た目は銀髪で長い前髪が片目を覆っている、ちょっぴり内気そうな女の子。

 

 服装は、他の人間が鎧やローブを着ているのに対して……半袖?

 ……寒くないのかな?


 そんなどこにでもいそうな少女に、わたしはたった一撃でやられてしまった。


 そのまま、土下座を披露する。

 

 とても敵わない。

 降参だ。

 白旗も振ろう。


 パタパタパタ。


「み、皆さん、おおお落ち着いてください。ここは一旦、なな仲間の絆をおおおもいだちまちょう!」


 なにやら勇者パーティーが揉めている。

 しかも、わたしにとどめを刺すか刺さないかで。


 情けないけれど、もうわたしに抵抗する力なんか残ってない。

 どうぞとどめを刺しちゃってください。

 ほら、白旗も二本振りますので……。


 あっ。


 間違えて赤旗出しちゃった。


 パタパタパタ。


「もういい! ふたりまとめて私がやってやる!」


 勇者の仲間の一人が、すごい剣幕でこちらに近づいて来ている。

 ふたりって、勇者も?

 どうして?

 あなたたち、仲間じゃないの?


 わたしのせいで、勇者が責められてる。

 それなら、お腹を見せて斬りやすくしてみよう。

 さあ、勇者。

 早くわたしにとどめを刺して!

 じゃないとあなたまで……。


「ちょっとお待ちになってください。見てくださいこの魔王を。とうとう仰向けになってお腹をこちらに見せていますよ。服従のポーズです。すごく可愛いです。……じゃなくてすごく反省しています!」


 ゆ、勇者ちゃん……。

 どうしてそこまでかばってくれるの……?


 そんな、剣を振り回してまで……!

 ダメだよ、そんなことしたら……!


「きええええい! くたばれ勇者ああああ!」


 勇者ちゃんは黒い縄に締め上げられ床に倒れると、そのまま動かなくなってしまった。


 仲間たちは少しずつ後ずさりをする。


「……こ、これからどうする……?」

「と、とりあえず魔王は倒したんだし、勇者は魔王と相打ちになったってことにすれば……」

「そうと決まれば、他の魔物がやってくる前に、早く逃げましょう!」


 そう言って、三人は王座の間から走り去っていってしまった。


 ……ひどい!

 あなたたち、ここまで一緒にやってきた仲間じゃないの?

 このままじゃ、勇者ちゃん死んじゃうよ……。


「あーあ。可哀想に」


 ……誰?


 ……誰かが王の間に入ってきた。


 ……紫色の長髪。

 ……王族のような、絢爛な衣装を身に纏っている。


 ……知らない人だ。

 ……人間……?


「魔王がやられたって言うのに、誰も助けに来ないなんて。嗚呼、なんと惨めで哀れな王か」


 紫髪の人は姿勢を下ろし、わたしの顔を覗き込むように見下ろした。


「安心して。僕が君を助けてあげる。この世界で唯一、僕だけが君の味方だからね」


 そう言って首を傾けると、紫色の長髪をかき上げにっこりと微笑んだ。

 わたしは、すがるように声を絞り出す。


「……お……おねがい……助けてくれるなら……その子のことを……」


 紫髪の人はゆっくりと勇者ちゃんに視線を移す。


「ふーん、勇者を?……じゃあ移動するから、そのままじっとしててね?」

「……え……?」

 

 

 ◆ ◆ ◆



 ぱちぱちぱち。


 わたしの魔法が切れて、奈落に夜がやってきた。


 奈落の夜は冷える。


 魔族のわたしは大丈夫でも、人間の奈落ちゃんは凍えてしまう。


 だから夜はこうして枯れ木を集めて焚火をする。

 そうしてわたしの魔力が回復するのを待つのだ。


「うーん、むにゃむにゃ」


 奈落ちゃんは、焚火の横で眠りについている。

 突然穴を掘って、体に泥をかけて寝だしたのには驚いたけど……奈落ちゃん的には一番落ち着くらしい。


「えへへ、もう食べれないよう。えへ、えへへへへへ」


 わ。

 びっくりした。


「……奈落ちゃん、寝てるんだよね?」


 ……。


 すぴー。すぴー。


 うん。

 鼻から風船みたいなのが出ているし、たぶん寝ているっぽい。


 わたしはふと、暗雲覆う闇夜の空を見上げる。


 当然だけれど奈落には月が無い。

 奈落に落ちて暫くは、それが心底嫌だった。

 

 だって、月を見ると安心する。

 闇の中で、月だけが優しく見守ってくれている気がするから。


 いつか月を作る魔法も作ろうと思っていたけれど。

 ……今はもう必要ないか。


「魔王さん! おいしいよ! すごくおいしいから!」

 

 うわあ!

 びっくりした!


「うーん、むにゃむにゃ。もぐもぐ。」


 ……起きてない?

 本当に寝てる??


 すぴー。すぴー。


 ……どうして奈落ちゃんは、あの時わたしをかばってくれたんだろう。


 ……ううん、今は理由なんてどうでもいい。


 あの時とどめを刺さずにかばってくれたから、今わたしはこうして生きている。


 でも、そのせいで奈落ちゃんは……。


「やめてください! これ以上は! これ以上は胃袋が破裂してしまいます!」


 ひい!

 こ、怖い!


「あば。あばばばば」


 ……奈落ちゃん、ずっとなんの夢を見ているの?


 すぴー。すぴー。


 …………。


 ……わたしのせいで、ごめんね奈落ちゃん。

 もう少しだけ、待っててね。

 わたしが絶対に、絶対に奈落ちゃんを元の地上へ帰してみせるから!

 

 ぱちぱちぱち。


 たきぎが静かに、音を立てて燃えている。


 わたしもそろそろ寝よう。

 奈落に月は無いけれど、今は全然平気。

 だって安心できる存在が、そばにいてくれているから。


 おやすみ、奈落ちゃん。

 

 わたしの、命の恩人。

 

 わたしの……初めての友達。





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