#5 夕景インヴィテーション。

 ――業務連絡ッ!


 今日から私の名前は奈落です!


 とりあえず今は、この奈落から抜け出すための手がかりを探すため、この黒い泥道を宛てもなく歩いている訳だけど。

 

 私は、いつどこで凶悪な魔物と出くわすのか。

 それだけを考えてびくびくしている。

 

 魔王さんが守ってくれるって言ってくれたけど……。

 やっぱり私も何かの役には立ちたい。

 

 伝説の剣をなくした底辺勇者に、何かできることは無いものか……。

 うーん。

 

「奈落ちゃん、見て見て!」


 魔王さんの肩に、鮮やかな色をした蝶が止まっている。

 奈落にも蝶っているんだあ。

 ……というより、迷い込んでしまったのかな?


 あ。


 そうだ。私でも出来ること、ある!

 陽キャパワーで仲間を作るんだ!

 凶悪な魔物も、仲間にしてしまえばいいんだ!


 大反省会を活かそう!

 バッチリ練習もしたしね!

 そうと決まればぅおおおお。陽キャパワー、全・開ッ!


「かわいいね!」

「……おま。……おままままま。……魔王さんの方が可愛い……です」

「え?……あ、ありがとう……?」


 ……。


 引かれたよ!

 

 蝶は私の陰のパワーを感じ取ったのか、魔王さんの肩から離れ夕暮れの彼方に消えていった。


 ……夕暮れ?


「……魔王さん、なんか日が落ちてきてませんか……?」

「うん、私が作った疑似太陽がそろそろ消えそうだね。だいたい十二時間くらいで消えちゃうの。次の太陽を作るために必要な魔力が二十四時間経たないと回復しないから、残りの十二時間はどうしても太陽の無い時間が出来ちゃう。ごめんね!」


 すごい。

 奈落の一日は魔王さんが管理していると言っても過言ではないね。

 魔王さんが風邪を引いたら、この奈落は闇に覆われてしまうだろうね!


 ……まあ、それが奈落の本来の姿か。


 でもその太陽も、私のためなんだもんね。

 本当に、魔王さんには感謝だなあ。


 ん……魔王さん……?


「……あ、あの」

「うん! どうしたの?」

「ま、魔王さんの名前も、教えてほしいです……」


 私の問いに、魔王さんは少し困ったような表情で頬を掻いた。


「わたしのことは魔王でいいよ!」


 えっ!

『貴様のような村人Aに、教える様な名など無いわ!』

 ってこと⁉


 ……いやいやいやいや。

 魔王さんに限ってそういうことではない気がする。


 なにか言えないような悩みを抱えているのかな?

 こういう時って、どうして?って聞いた方が良いのかな?

 再び陽キャパワーの力を借りて、聞いた方が良いのかな??


 シミュレーション開始!


「なァ、魔王……!」

『なによ! いきなり話しかけないでよ! 気持ち悪いわね!』

「なにか悩み、あるンだろ? 話、聞こうか……?」

『アンタのような村人Aに、打ち明ける様な悩みなんて無いわよ! ゲラウェイ!』


 駄目だああああああ!

 どうしても最悪の未来を想像してしまうううう!

 

 いや、待とう。

 こういうのはタイミングが大事。

 絶妙なタイミングがあるはず!

 

 あれ?

 魔王さんが立ち止まってる。

 

「……ど、どうしたんですか?……な、悩み、き、聞こ……きこきこ……聞きましょうか?」

 

 いやあ、いざ実践となると緊張しちゃうなあ。

 きこきこ言っちゃったもん。


 と、そんなことはどうでもよくて。

 魔王さんの目線の先。

 一人の男がゆっくりとこちらに近づいている。


 正確には男なのかどうかは分からないけれど。

 ただ、質の高そうな黒の上下を身に纏い、手には一つの汚れも無い真っ白な手袋。

 一目で紳士、といった様相だったから。


 顔は狼だから、人じゃなくて人獣……魔物?


 はっ。


「で、出たあ! きょきょきょきょ凶悪な魔物!」

「落ち着いて奈落ちゃん。彼は大丈夫だよ」


 へ?

 お知合い?


「魔王様、ご無沙汰しております。勇者様がお目覚めになられたとのことで、再びお迎えに上がりました」


 狼の人獣は胸に手を添えると、ゆっくりと会釈をした。


 紳士だ。

 まごうことなき紳士。

 私の紳士っ子しんしっこセンサーも反応を示している。

 

 それにしても。


「奈落ちゃんが目を覚ましたって、よくわかったね?」


 そう、それです!


「奈落の情報は、彼女たちが常に届けてくれますので」


 そう言って、紳士は掌を上へ掲げる。


 カー。カー。


 あ、あのいつも空を飛んでる二羽のカラス。

 奈落の様子を知らせる役割をしてたんだあ。


 でも、聞きたいこと、まだまだいっぱいあります紳士さん。

 よし、そういう時は挙手!


「おや、勇者様。どうされました?」

「……えと。……お迎えっていうのは……一体どこに?」

「この奈落唯一の王宮エリュズニル。奈落の管理者にして王、ヘル様のおわす屋敷にございます」

 

 こんな封印の大穴に管理者なんているんだ……。

 そのヘル様っていうのは人間……なのかな?

 奈落は人間が作ったものなワケだし。


 うーん、まだ分からないことが多いかなあ。

 よし挙手、挙手!

 紳士さん、はーい!

 

「はい、勇者様。どうぞ」

「……あの。再びってことは、前にも迎えに来たことがあるってこと……なんでしょうか?」

「仰る通りでございます。お二方が奈落へやってきた際も、こうしてお迎えに上がらせていただきました。ですがその時は勇者様が魔縄グレイプニルに繋がれており、その場から身動きが取れなくなっておりました故、魔王様が勇者様一人を置いてはいけないと……」

「しーっ! 余計なこと言わないの!」

「……これは失礼いたしました」


 え……。

 魔王さんは私のために、こんな何もない場所に留まっていたってこと?


 太陽のことといい、どうして私なんかのためにそこまで……。


「それでは、私はこれで。ご来訪お待ちしております」


 えーっ。もう行っちゃうの?

 まだ聞きたいことあるのに。


「えーっ。もう行っちゃうの? せっかくだから一緒に行こうよ!」


 はう。

 魔王さんは明るいなあ。


「いえ。私の役目は招待までですので。それでは」


 はう。

 魔王さんがしょんぼりしちゃった。

 可愛い。


 ……じゃなくて。

 今こそ私が役立つとき、だよね!


 この紳士を仲間にして、王宮まで案内させる!

 これです!

 

「ちょっ……待……ちょっ…………ちょまッ!」

「ちょま?」

「ししししし紳士さん! わわわわわ私と、友達になりませんかッ!!」

「いえ結構です」


 即答ッ!!

 私、勇気出したよ!

 泣いちゃうよ!


「ちょっと、ガルムさん!」


 あ、この人ガルムさんっていうんだ。

 名前も知らない人と友達になろうとしてたあ。えへへへ。


「そんな即答あんまりだよ! 友達になってあげてよ!」


 あっ、魔王さん。

 なんか逆に心が痛いかもしれません。

 傷口に塩塗られてる感じがします、それ。

 

「……ご友人なら、もうすぐそばにいるではありませんか」


 えっ。


 ええええええええ!


 カー。カー。


 なんかいつの間にか私の両肩にカラスが止まってるううううう!


 友人って、これのこと?


 あっ!

 痛い!


 カラスが凄いつついてくる!


 なんで!

 痛い! 痛い!

 いたたたたたたたた!


「こらー! やめなさい!」


 魔王さんが両手から火球を作り出し、カラスを追い払ってくれた。


 ……私は丸焦げになった。


 その様子を見ていた紳士さんは、俯き加減で口を押え、肩を震わせている。

 ……ってゆーか、笑ってません?

 

「良かったですね……ぷくぐっ……」


 何が良かったですね!?

 良いことなど一つもありませんでしたが!


 紳士さんはそのまま、そそくさと走り去ってしまった。


 ああ! ちょまッ!


 ……くうう、めちゃくちゃ良い姿勢で走るう……!


 結局、私の陽キャパワーで仲間を作ろう大作戦は大失敗。


 お友達申請を断られ、カラスにつつかれ、丸焦げになっているみじめな私を、魔王さんが心配そうに見つめている。


「……す、すみません魔王さん。……仲間を作って少しでも役に立とうと思ったんですが……そもそも私、友達出来たことなかったです……」


 あう。

 悲しい告白。


 魔王さんは不思議そうに首を傾げている。


「何言ってるの奈落ちゃん。友達ならもう出来てるじゃない」


 えっ。


 魔王さんは自分の頬を人差し指でつんつん差している。


「わたしたち、もう友達でしょ?」


 そう告げる魔王さんは、夕日に照らされ、まるで黄金に輝いてるように見えた。


 友達?

 ととととと友達い!?


 えっ。

 

 どうしよう!

 

 どうすればいい!

 

 友達って、なにすればいいの!?


「……え、えへへへへ……とも、だち……えへへへへへ、友達ぃ……!」

「う、うん。……ともだち……」


 ……。


 …………。


 引かれたよ!





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