#3 太陽が咲いている。

 ――緊急事態ッ!


 走れ!

 走るんだラクナ!


「ちょ、ちょっと勇者ちゃん! 突然どうしたのー⁉」


 魔王の声がする。

 でも後ろを振り返っている余裕なんてない!

 逃げろ!

 逃げるんだラクナ!


 捕まったら最後、なにをされるかわからない!

 それはそうだ。

 だって勇者は魔王を倒すために旅へ出るわけでしょ?

 そしたら魔王にとって勇者なんて天敵以外の何者でもない!

 それどころか、さっき魔王城で思いっきりぶっ飛ばしちゃったわけだし!


 ああああ、まさか魔王も此処にいるなんて!

 なにが優しっ子やさしっこセンサーだ! くそう!


 そ、そうだ!

 剣!

 伝説の剣!

 

 あれどこいった!


 ……どこいったあぁー⁉

 

「待ーってってばあ!」


 がしっ。


 ひいいいいい!

 服をつかまれたあああああ!

 伸びちゃううううう!

 お気にの服が伸びちゃううううう!


 あ。

 私が土の上で枕無しでも熟睡出来たのって、きっとこの寝巻きを着ていたからだ!

 うんうん。

 旅に着てきて大正解だったね。

 

 ……いや、今はそんなことどうでもいいいい!

 

「勇者ちゃん、どうして逃げるのお⁉」

「やめてええええ、食べないでえええええ!」

「な、なに言ってるの! 食べないよ!」

「え。……た、食べないんですか……?」

「あ、当り前じゃない!」


 なんということ。

 私には食べる価値すらないというのか。

 圧倒的底辺!

 私はどこにいっても底辺ッ‼


「くそう!」

「な、なんで悔しがってるの⁉」


 諦めよう。

 捕まって、剣も無いならもうどうすることも出来ない。


 それにしても伝説の剣はどこ行ったんだろう。

 伝説の剣を抜いたから、私は勇者として旅に出たし、沢山チヤホヤされた。

 ……チヤホヤされた。えへへへ。

 

 でも、その剣をなくした今。

 私を勇者たらしめる物はどこにあるというのか。

 いや、無いッ!

 ……無い。

 ……うう。

 

 つまり今の私にはなんの価値もないということ!

 よし、正座だ!


「……というわけで煮るなり焼くなり好きにしてください!」

「どういうわけなの⁉」


 魔王は私に合わせるように、向かい合って腰を下ろした。

 とんでもなく整った顔で、まじまじとこちらを見つめている。


 まあいっか。

 宿敵を前にして、仲間と揉める勇者なんてどう考えても敗北者。

 きっとあの時点で負けていたんだ、私は。

 

 それに、こんな美少女に好きにされるなら本望ですッ!

 さあ煮て下さい!

 焼いて下さい!

 魔王ッ!


 私は大きく両手を広げた。


 ガバッ。


「へ?」

「……良かったあ……」


 気付けば私は、魔王に抱きしめられていた。

 あったかい。

 いいにおい。


「もう、起きないんじゃないかと思ったよ……。本当に良かった……!」


 魔王の声が震えている。

 

 ちょっと待って。

 起きないんじゃないかって、どういうこと……?


「あ、あの。……私ってそんなに長い間、眠ってたんですか……?」

「そうだよう。本当に心配したんだからあ!」


 ま、魔王がおっきな瞳をうるうるさせている。

 可愛いぃ。

 ……じゃなくて!


「ち、ちなみに長い間ってどれくらいですか……?」

「分からないよお。ここってずっと暗いから朝なのか夜なのかもわからないもんん!」

「え、で、でも。今って朝ですよね? 雲から光が差し込んでますし……」

「あれは疑似太陽だよ! 私が魔法で作ったのお!」


 え。

 あの空の光は魔王が作ったものなの?

 てゆーか疑似太陽ってなに??


「で、でもどうしてそんなものを……?」

「だって、人間は太陽の光が必要だって本で見たから。だから太陽を作る魔法を作ったの!」


 もしかして、太陽を作ったのは……。

 私のため……?


「でも正直、疑似太陽じゃ不安だった! 本当はちゃんと本物の太陽を作りたかった!」


 魔王さん、たぶん本物の太陽をここで作ったら私死んでたかも。


「そのあとも全然目を覚まさないから、いろいろ試したんだよ?」

「……いろいろ?」

「そう! 雷を落としたり、熱湯に浸してみたり、火で炙ってみたり!」


 うわあああああ!

 すでに煮たり焼いたりされていた!!

 ……よく生きてるな、私。


 でも、どうして助けてくれたんだろう……?

 どうして、こんなにも良くしてくれるんだろう……?

 

 魔王は涙を腕で拭うと、こちらに向かってニッコリ笑った。

 その笑顔は、本当に眩しくて。

 小さな疑問なんて簡単に吹き飛ばしてしまう。

 ついつい私は目を細めてしまった。


 あ。

 一つ謎が解けたぞ。

 

 明るくて、優しくて、誰かのために涙を流せる人。


 勇者っぽいって、きっとこの人のことだ。


 ……私なんかじゃなくて、魔王さんが勇者をやれば、きっとうまくいってたはず……。


 でも、その前にまず。

 言わなくちゃいけないこと、あるよね。

 

「……魔王さん。たぶん私がこうしていられるのも、きっとあなたのお陰ですよね。……ありがとうございます……!」

「気にしないで! 私がしたくてしただけだから! それに……」

「……それに……?」

「ううん、なんでもない! ふひひ!」


 真っ白な歯を見せて笑う魔王を見ていると、自然と私も笑顔になってしまう。

 不思議だな。

 この間まで、私たち敵同士だったのに。


 魔王は立ち上がると、片方の手を差し出した。

 私はその手を借りて、ゆっくりと立ち上がる。


「待ってて! いつかきっと、本物の太陽作るからね!」

「いや……それは大丈夫です……」


 魔王は「えー?」と言いながら、顔をしかめる。

 私はそんな美少女のしかめっ面を肴に、満面の笑みを浮かべるのでした。


 それに、きっともう太陽は作らなくて大丈夫。

 だって私の目の前に、とびきり眩しい太陽が咲いているもん。





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