路地裏怪異譚
氷雨
序章
時刻は子の刻。某市にて。
ネオンの街並みは夜が更けてからより一層賑わい、眩めいている。
行き交う人々が交わす活気と歓声は、まるで祭り囃しのようである。
とかく、いつものことだと思いながら男は歩道をずんずんと突き進む。
残業を終えた身体は重くとも帰路を目指す足は止まらない。
今日はいつもよりずいぶんと遅くなってしまった。
このまま長い信号待ちを続ければ、終電を逃してしまうかもしれない。
タクシーを使う手もあるがそれは最終手段だ__ならば、路地裏を通って行くか。
ここの市街の外れには裏路地が広がっている。
人目のない暗がりというこのシチュエーションは身の安全を保証してはくれないだろう。
しかし真っ直ぐ道なりに歩いていけば駅には簡単に着くはずだ。
__さっさと通り抜けて駅へ急ごう。
そう考えた男は、普段は近寄りもしなかった裏路地へと進んでいった。
入り口で思わず立ち止まった。
裏路地とは言え、そこは華やかな夜街から一変していた。
鬱陶しく思っていた人々の喧騒も、あれほど眩しかったネオンの明かりもここには一切入っては来ない。
聞こえてくるのは自分の息づかいだけだ。
男の目の前には塗り潰されたかのような一面の闇が広がっている。
すでに薄気味悪さを感じながらも、人の往来が少ない路地裏なら尚さらだと
男は自身に言い聞かせ光ひとつない闇の中へ一歩、踏み入れた。
そこは、別世界とでも言うべきか。
暗がりから覗くのは薄汚れた家屋が軒を連ねる物々しい通り道。
鼻につく鉄の錆びた臭いや饐えた臭い。
確かに路地裏という以上、退廃的なものだろう。
しかし纏わりつくこの空気は明らかに普通ではなかった。
男の頬を、背筋を大量の汗が伝い落ちる。
それは決して、辺りを吹き抜ける風がやけに生温かいせいではないだろう。
__ここは、一体何なんだ?
路地裏怪異譚 氷雨 @marin0806
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。路地裏怪異譚の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます