第2話 マリアの裸を見てなにも思わないなんて嘘
シャーロットは熱を赤石(あかいし)に閉じこめる仕事をしている。熱のこもった赤石は体を暖めるアクセサリーとして売られる。
「ただいま」
市場で赤石を買ってきたエリオットは、普段なら「おかえりなさい」をすぐに言うシャーロットを見て不安になった。シャーロットは疲れ気味でイスに座っていた。
「どうしたの?」
「…マリアに怒られた。石が割れたって」
マリアは熱を吸収した赤石を研いでアクセサリーにする。熱を必要以上に入れると、石は割れてしまい、アクセサリーにできない。マリアはたびたび作業中に石を割り、そのたびにシャーロットを
『入れすぎ! いい加減、研ぐほうの身になってよね! このバカ!』
と本気で怒る。熱はある程度ないと使いものにならないので、シャーロットは石を見きわめて絶妙なさじ加減で熱を入れないといけない。
「そっか…かなり怒ってた?」
シャーロットは無言でうなずいた。
シャーロットはマリアがいないとアクセサリーにできない。マリアは熱能力を持たないため、シャーロットがいないと商売できない。二人は共存共栄の関係だった。
そしてエリオットは赤石の調達係と二人の仲介役だった。
「マリアさんに会ってくる」
揉め事がない日は全力で阻止するが、この日は嫉妬を言葉にする余裕もないようだ。
家を出て隣のマリアの家に向かう。門を開けて庭に入ると、
「エリーくん」
とすぐに呼ばれた。
「マリアさん…って、あぁー!」
マリアは長い布を肩からかけるだけで、服を着てなかった。片手で大きなつぼを抱えていた。エリオットはすぐに目を閉じた。シャーロット以外の裸はできるだけ見たくない。
「いいところにきたわね。ちょうど体を洗おうと思ってたんだけど、やっぱり洗うの面倒だなーと思って」
「面倒なら服着てください!」
「さすがに三日も体を洗ってないから、日が照ってるうちに洗おうと思ってさー。お願い、私に水をかけて。つぼの中に水がたくさん入ってるから」
「それはできないって言ったじゃないですか」
エリオットの能力は不十分で、水流のコントロールがうまくない。遠くの水は動かせないし、水をかける相手をきちんと見てないと的はずれなところに流れてしまう。
「それは、私の体を見たくないからでしょ?」
マリアはいじけて言った。
「私、そんなに美しくない?」
彼は全力で頭を横にふった。
「美しいですよ! きれいな人だから、その…裸を見るのが恥ずかしいんです…」
「見ていいって言ってるじゃん」
マリアはエリオットに近づいて、肩から下がっていた布を落とした。
「ほら、見てよ」
彼はしかたなく目をゆっくり開けて、マリアの顔を見た。見たくないのに、視界に首から胸までが入る。マリアはつぼを下ろして、
「水をかけて。早く浴びたい」
エリオットは右の五指をつぼのほうに向けて、まず人さし指を上げ、ついで中指を下ろした。するとつぼから細い水流が出てきて、マリアの頭上でくるっと反転して雨を降らせた。
「はあ〜ひさしぶりの水だー…」
マリアはセミロングの髪をまとめあげて洗い始めた。親指をくいっと動かして水流を強くすると、頭から水がだらだらと垂れて、顔から首、胸から足へと流れた。
(僕も男だ…なにも感じないわけがない…だけど、この変な気持ちがバレたらシャーロットに殺される)
村にいる同じ年の男たちはみんな『恋仲』の女性がいる。エリオットはいない。シャーロットとはそういう関係でなく、一線を超えたこともない。
シャーロットの気持ちを聞いたことはないが、マリアとなにかあったら自分たちの関係はそこで終わるはずだ。
「ねえ、エリーくん」
「あ、はい」
「エリーくんはいつもシャーロットと体を流しているよね」
「まあ」
「ずるくない? 私たち仕事仲間じゃん。シャーロットはあなたのおかげで体を洗えるけど、私は小さいびんに水をいちいちくんで、ちまちま洗わなきゃいけない」
「あの…そのつぼにそのまま入るというのは…」
マリアは頬を膨らませた。
「入れるわけないでしょー? こんなつぼに私が入れるっていうの? バカにしてる?」
「すみません…」
ほとんどの人はめったに体を洗わない。水は貴重で、浴場に入れる水には限界がある。エリオットの能力で水を雨のように降らすか、びんを使ってこまめに体の一部を少しずつ洗うしかない。
「いいなーシャーロットは。私だけ仲間ハズレかー。私エリーくんのこと大好きなのに」
「わ、わかりました。今度から定期的に手伝います」
「ホント?」
そのとき、門が開いて「それは許可しません」とシャーロットの声がした。
マリアは足を洗いながら、
「何回も言ってるでしょ、エリーくんはあなたのおもちゃでも所有物でもないって。はぁ…」
と言った。シャーロットは腰に手を当て、マリアの体をビシッと指さした。
「年頃の男の子を誘惑して、私からエリオットを奪おうとしてもムダよ」
「所有物って認めてんじゃん」
「所有物ではありません。私の大切な人です。体を洗ってというのは口実で、本当はエリオットを誘惑したいんでしょう?」
マリアは深くため息をついた。
「本当に洗いたいだけなのに…」
エリオットは彼女の萎えた顔を見て、少し同情した。
自分たちは互いの能力を使って、毎日を清潔にすごしている。体を洗っていないとベタベタしてくるし、臭いも少ししてくる。だから体をきちんと洗いたいというマリアの気持ちはわかる。
「あのさ、シャーロット」
ときりだした。
「なに?」
「僕たちは簡単に洗えるけど、マリアさんはそうじゃない。水には限りがあるし、体を洗うのも大変。だから、シャーロットが一緒にいるときに体を洗うっていうのはどうかな」
髪の毛を肩から下げたマリアは、少しホッとしたような顔つきになって、
「ありがと、優しいね」
と言った。シャーロットはしばらく目を閉じて考えた。
「僕がちょっと力を使うだけで、マリアさんの生活が良くなるんだよ?」
「…」
言いたくないが、シャーロットの気持ちを傷つけないために恥をこらえて言った。
「だいじょうぶだよ。マリアさんの体を見てもなにも思わない」
(嘘だけど…)
「それにマリアさんがきれいになったら、シャーロットだって安心するでしょ」
シャーロットは目を開けた。結論が出たようだ。
「わかりました。じゃあこうしましょう。お昼の時間、太陽が出ているとき、私が見ている前で体を流してください。今日のように、私を抜きにして裸になったら、あなたを殺します」
マリアは手を上げて喜んだ。
「本当に? やったー! 本当にいいの?」
「ええ、私もあなたがきれいになってくれたらイライラしないですみます。それに今日、また石を割って、あなたに迷惑をかけてしまったし…」
びんの水がなくなると水流は消えた。
こうしてエリオットはマリアの体を洗う役目を負った。シャーロットのときと同じように、裸を見てもなにも思わないように心を鍛えないといけない。彼の悩みはまた一つ増えた。
愛と熱の永久機関 - 火照った幼なじみは裸で僕を抱きしめる 霧切舞 @kirigirimai
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