28.悪女、邪悪にほくそ笑む。⑤

「──ねぇ、ギルカロン。あなたは……これからも、ここにいたい?」

「え? えっと……はい。俺は、まだ、ここにいたい……です」

「……そう。なら、好きなだけオデルバイド家にお世話になりなさい。その分のお礼は、私がしておきますから」

「あの、母上達は……このあと、どうなされるん、ですか」

「私達は二人で帰りますわ。だからあなたは、好きなようにしなさい」


 親子のものとは思えない、ぎこちなさを伴う会話。それもそうだ。何せギルカロンとその両親は──これまで、親子らしい会話などした事がなかったのだから。


「……ただ。いつでもいいから、いつかは、家に帰ってきてほしいわ。あなたの好きな時で構わないから」

「──っ、分かりました。都合がつき次第、帰ります」


 ぎこちなさは最後まで消えなかった。

 メイオッドはクローラに引き摺られるようにして屋敷を後にし、サンドランタ伯爵夫妻は早くも帰路についた。

 その後、オデルバイド侯爵邸では──、


「ティディ……あなたがギルカロン君のためにあんな事をしたのは分かるわ。でも、まさかお客様に失礼を働き粗野な口調で脅迫までするなんて……」

(──もしこの事が社交界に知られでもしたら、ティディのデビュタントが悲惨な事になりかねないわ)


 ユーティディアの問題行動への緊急説教が行われていた。

 もっとも、その真意はユーティディアの将来を気にするものなのだが、


「……申し訳ございませんでした。サンドランタ伯爵夫妻を手っ取り早く撃退するにはああする事が最適と判断しまして。以後、気をつけます」

(──由緒正しきオデルバイド侯爵家の名を汚すような真似をするなって事か。それならそうと普通に言えばいいのに。大人って回りくどい会話ばかりで疲れるんだろうな……面倒くさそう……)


 まさに親の心子知らず。両親にはどうでもいい存在と思われている──と勘違いしているユーティディアは、相変わらずシオリノートの言葉を誤解し続けていた。

 だがしかし。それは、これまで両親が共に仕事にかまけて親子の付き合いを持てずにいた事も原因の一つである。


「それじゃあ私は部屋に戻ります」

「あっ、ティディ……!」


 扉が閉まる音に掻き消されてシオリノートの声は届かず、ユーティディアは早々に自室へと引っ込んでしまった。


(どうして帳簿や取引の事を知っていたのか、聞けなかった。──そもそもわたくしは……ティディが変わった切っ掛けすら知らない。母親なのに、ユーティディアの事を……何も知らなさすぎるわ)


 彼女から渡された帳簿に視線を落とし、シオリノートは寂しさから目を細めた。

 少しばかり口が悪い天才。

 少食で病弱な子。

 シオリノートは、我が子であるユーティディアの事をたったそれだけしか知らなかった。──まあ、ユーティディア本人がこれまで一日の大半を寝て過ごしていたため、もはや知るもクソもないが。


「ティディ……ノア……あなた達は、いつの間に、変わってしまったの?」


 ぽつりと零されたその言葉には、先の脅迫事件の際に放たれたユーティディアの言葉を重く受け止めた、彼女なりの辛苦が強く込められていた……。



 ♢♢



「──というわけで。ギリーはこれからもうちにいていいよ。やったね、わーい」


 やり切った面持ちでベッドに倒れ込み、ユーティディアは適当に万歳する。


「わ、わーい? しかし、まさかティディが本当に何とかしてしまうとは思わなかった。流石だな、オマエは」

「姉ちゃんすごい! あの堅物偏屈おじさんを追い払うなんて!」

(堅物偏屈おじさん……第三者から見た父上はそんなものなのか……)


 テルノアの言葉にギルカロンが密かなショックを受けるなか、ユーティディアは大きな欠伸をして目を擦る。


「ふぁ……これからも、みんな一緒……だぞ……ぐぅ」


 そしてあっという間に彼女は入眠した。

 どうやら、脅迫していた時も既に相当眠かったらしい。


「姉ちゃん寝ちゃった。お布団かけてあげなきゃ」


 テルノアが甲斐甲斐しくユーティディアの世話を焼く傍らで、ギルカロンはすやすやと眠る少女を見つめ、小さく微笑む。


(……──これからも一緒、か。そんな事を言ってもらえる日が来るなんて。ありがとう……ユーティディア)


 その胸は、ゆっくりと暖かな高鳴りに満たされていった。

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私が追放される悪女?よし、じゃあ逆に追放してやろう。〜ニート志望の悪役令嬢は攻略対象達に溺愛される〜 十和とわ @1towat0wa

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