第10話 七日目
「ありがとね、ロクドト。わたしをあそこから出してくれて」
「ワタシは何もしていない」
あの後私達は、紫野原翠の自宅だという屋敷に来ていた。魔王ディサエルもずっとここにいたらしい。屋敷の周辺には特殊な結界が張ってあったから、探しても見つからないのも納得だ。
「ううん。あなたはいっぱい役に立ったよ」
「魔王がワタシを投げ飛ばした時の事を言っているのではないだろうな」
「おいおい。オレの事はディサエルって呼んでくれよ。本当は魔王じゃない事知ってるんだろ?」
「あんな事をしておいて魔王ではないとよく言えるな」
ディサエルが創造と太陽を司る神である事は知っているが、それは魔王ではないという証明にはならない。
「魔王らしく振舞うのも悪くないからな。楽しいし」
「はぁ……」
私は今、翠の治療をしている。愚か者共を送り返す時、彼女は双子の強すぎる魔力を浴びた事で倒れてしまったのだ。蛮族共が使っていたベッドに彼女を寝かせる事を双子が強く反対した為、彼女の自宅まで来て治療をしている。治療中、意識の無い彼女に私が何か変な事をしないか見張る為だ、と言って双子も横にいる。もう少しくらい信用してほしいものだが、こればかりは自分のせいでもあるので反論し難い。
「投げたのも確かにそうだけど、あなたはわたしの本来の姿を知ってたし、使徒になってくれたでしょ? そういう子があいつらの中に一人もいなかったら、わたしは今ここにいない」
「そうは言うが、キミ達は最終的にはこうなる事を分かっていてわざとこの世界へ来て、わざと捕まったのだろう? そういう意味でもワタシが何かをしたとは言い難い。ワタシがキミ達の本来の姿を知らなかったとしても、催眠術でも使って使徒にさせたのではないか?」
「あれ、知らない? 催眠術で使徒にさせても効果が薄いんだよ」
「では誰かを捕まえて、実は破壊神である事を告げて使徒にさせる予定だったのか?」
「あの子達の誰か一人でも、わたしが破壊神だって信じると思う?」
「……ありえないだろうな。ではどうする気——」
はた、と手を止めた。横を見ると、スティルがニコニコとした笑みを浮かべている。
「最初から、知っていたのか?」
「わたし、自分ではどうしようもない理由で大切なものを壊しちゃった子って大好きなんだよね。見ていて面白いから」
「その内の一人が、ワタシだと?」
彼女が頷いた。
「わたしが本来どういう神なのかを調べようとする子も大好き。その二つを兼ね備えた子ってなかなかいないから、あなたの事がずっと気になってたの」
「ワタシがディカニスにいる事を知ったうえで、計画を立てたのか」
「うん。だから、あなたは役に立ったの」
「ありがとな」
「……」
ディサエルにまで礼を言われた。
「……不服だ」
己の行動が、己の意図しない形で利用された。不服である。
「そうは言っても、あなただって他人の行動を自分のいいように利用する事あるでしょ? それと同じ事をわたし達もしただけ。文句があるなら、自分がやられたくない事を他人にやらない。分かった?」
「う……むぅ」
「おい。ちゃんと返事しねぇと殺すぞ」
「わ、分かった! 何も文句は無い! 頼むから治療に専念させてくれ!」
恐ろしい事に、脅してくる奴が増えてしまった。
だがこの双子も己の使徒である彼女の容態は心配しているようで、それからは比較的静かにしていてくれた。彼女の体内で複雑に絡み合った双子の魔力を取り除くのは容易ではなく、予想以上に時間が掛った。もうすぐ夜明けだ。
無事に治療が終わってから、私は彼女の為に魔法薬を作るべく屋敷内の一室を借りた。彼女も自分で魔法薬を作るようで、その部屋には必要な道具は大体揃っていた。世界が違えば生えている植物にも違いがあったりするが、資料さえあればそれがどんな事に使える植物なのか分かるから問題は無い。必要な材料を集めて、魔法薬作りを始めた。
(どうしたものか……)
スティルを守ると言った時から、いずれはディカニスを脱退するのだろうと予想はしていた。だがいざ脱退すると、これからどうするのか、という当然の問題が浮かび上がる。その点については何も考えていなかった。自分一人の力では元の世界に戻るのも難しい。
(この世界で暮らす……のは難しいな)
魔法が一般的な世界で暮らしてきた私にとって、魔法が一般的でないこの世界で暮らすのは厳しい。
(……)
こうなったら、取るべき手段は一つだけだ。
「わたしと一緒に来て」
「ああ」
声がした方を振り向くと、扉の側にスティルが立っていた。
「即答するとは思わなかったな」
「丁度今それしか道は無いと思ったところなのだ。タイミングを見計らって声を掛けたのではないか?」
「バレちゃったか~」
えへへ、と彼女は笑った。
「だって、折角手に入れたものをみすみす逃したくはないでしょ? わたしはあなたが欲しい」
「そうか」
「使徒を連れ回していれば、どんな世界に行っても魔力不足に陥る心配も無いしね。ディサエルに相談したら連れていっていいって言うから、これで決定ね。あなたはわたしのもの」
「……ワタシはペットか?」
「うん」
悪気の無い笑みで頷く。
「わたし達神にとって人間はそんな感じだから。沢山いる中で、自分のお気に入りを見つけて可愛がる。あなたを可愛がるのは、破壊と月を司る神、スティル。己の過ちのせいで妹を死なせ、それが耐えられず自分が生まれ育った街を破壊した哀れな男、ロクドトをわたしの使徒とし、あなたの全ての破壊行為を祝福します」
破壊神の名とは程遠い、慈愛に満ち溢れた笑みを彼女は浮かべた。
「それも知っていたのだな」
「だって、破壊神だもん。あなたが何を壊したいと思ってるのかも知ってるよ」
今度は唇の端を吊り上げた、嘲笑うような笑み。彼女には笑顔のレパートリーが幾つあるのだろう。
「それを知っていて、ワタシを連れ回すのか?」
「うん。だって絶対無理だし」
絶対無理、か。そうした考えは、私は嫌いだ。
「本当に絶対無理かどうか、試してみなければ分からないだろう。ワタシはキミを壊してみせる」
壊れる事の無い彼女の身体を、私は壊してみたい。形あるものは、いずれ壊れる。だが目の前の神は、何をしても壊れない。魔力不足を起こさせて消滅させる方法もあるが、その手段を取る場合私は観測できない。私自らの手で彼女を壊したい。壊れないものは無いのだと証明したい。
「わたしを壊しちゃったら、わたし達が創造した世界も壊れちゃうかもよ?」
「何故だ」
「ほら、わたしって、神様だから」
彼女はくすりと笑うと「翠の治療ありがとね」と言って立ち去った。昇り始めた朝日の光を受けて、彼女の姿が白く輝く。
ああ……彼女の笑顔を、壊したくはない。
医者と神の七日間 みーこ @mi_kof
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