あまり特別にならないタイプのバレンタイン
★まえがき
本編後 高校三年 バレンタイン
★
「こーとき、くん」
自動販売機に飲み物を買いに出た帰りがけに幕張琴樹は浦部仁に呼び止められた。
平日の校内でのこと。けれどこうして顔を合わせるのが珍しいと呼べるくらいには、仁は自由登校期間になってからというもの登校しない自由を行使しまくっている。
諸々の帳尻合わせで自由がない琴樹としては若干は憎たらしい。
「元気してたか?」
「元気だよ。一昨日会ったばっかだろ。なんでいんだよ今日も元気に不登校しとけよ」
「だっはっは。いやー休み過ぎて? 逆にたまには学校の空気吸ってみっかなぁみたいな? あ、琴樹は毎日だっけ? 大変だねー」
「うぜぇ」
自業自得はそれはそれとして友人の態度は純粋にウザかった。
「はぁ。……どいつもこいつも」
「まぁまぁそう言うなって。てか琴樹はおまえ、あれだ我慢しろっつーか文句言う資格ないっつーか言わせねぇってか」
「なんでだよ。いいだろ文句の一つや二つ。どいつもこいつも今日は登校しやがって」
「おまえそれ優芽の前でも言えんの?」
「言うわけないが」
「うぜぇ」
仁は少し考えてから顎に指を添えて訊ねる。
「優芽も毎日登校してる?」
「ああ、してる」
「あそ」
ため息未満に息を吐き出して肩を竦め、仁は祝福半分辟易半分に付け足した。
「お熱いことで」
「まぁな」
「うぜぇ」
仁の口を突いて出た言葉は今回ばかりは本心九割だった。
紀字高校の三年生が自由登校期間という名の高校生活のボーナスステージに突入して久しく、当たり前にほぼ全員が制服に腕を通すことをしなくなった。校風や学友、環境や立地的に全然いい学校だというのは多くの生徒に共通の認識だが、それはそれとして行かなくていいならわざわざ行くこともない。それぞれに学校以外の場所で今しかない時間を謳歌している。
そんな中にあって幾人かは通常どおりあるいは近いかたちで登校しているのだった。
それはただ単純に登校しない理由もないからであったり、特別に学校のなにがしかを好んでいるか必要としているからであったり。
幕張琴樹ならば出席日数に特例を認めてもらうためにであったり。
そうして登校を余儀なくされている人と同じ時間を過ごすためであったり。
「なになになになんか文句でもあるわけ?」
「別にぃ。ほんとに毎日がっこ来てんだなぁってふかぁく感心しただけですが?」
「だからぁそう言ったじゃん」
お昼も近い時間にふらっと登校してきた篠原希美に、白木優芽は唇を尖らせる。
以前に遊びにいった際に言ってあったとおり優芽は自由登校期間に入る前と同じような日々を送っている。多少違うところだと、人数の関係や授業割りの都合でクラス分けは機能しない点などだろうか。
それも今日に限ってはほとんどの生徒が久方ぶりの挨拶を交わしたせいで優芽としては遺憾なことに本来のクラス教室に振り分けられているが。
「この不純異性交遊者め」
「……純粋だし」
優芽が薄っすら頬を染めつつ視線を逸らすから希美はぺっと唾の吐き真似だけはしておいた。おかげで優芽がぼそっと続けた言葉は希美には届かなかった。
「……週三くらいは」
ちなみに辛うじて純粋と言えなくもないのは多くて週に二日だし胸を張って純粋だと言える日はないことをここに注記しておく。
「大体さ、希美だって言っちゃえば今日来たのは不純異性交遊目的でしょ」
「なんかその言い方はアレっすな」
「今のは自分でもちょっと思った。でもそういうことでしょ? ん? あれ? え、そういうこと?」
言いながらどんどんと表情に占める驚きの色が増えていく優芽に希美は苦笑する。
「いんやいやそういうわけじゃないって」
目線を移す。目に映るのは黒板だけれど、見るのはもっと先の方。
「わたしはね」
「あー……そうなんだ」
「んで優芽は? 考えるーってそれきりだったよね」
「買うことにした。ので、買ってある」
「てっきり今年も手作りかと思ってた」
「最初はそうしようかなって思ってたんだけどね。そうしようかなっていうかそうするつもりで、考えてた。でも色々……考えて買うことにした」
「色々って……どんなん?」
「手作りって、いま別に特別感ないんだよね。毎日手作りだし。琴樹にも訊いてみてね、むしろちょっといいの買うとか、バレンタインっぽいのとか、そういう方が特別な感じになるかもねって、え、なにその顔」
「ちょっち緊張したところに砂糖の原液ぶっかけられて全身甘ったるくて死にそうな顔」
「とりま砂糖の原液ってなにって訊いていい感じ?」
「だめな感じ」
「というわけで、はいこれ」
「どういうわけだよ……」
「気にしない気にしない。あげるタイミングとかどうしようかなって考えてたんだけど……なんかめんどくさくなっちゃったから今あげる。どうせあげるのはわかりきってるし悩んで遅くなるだけ勿体ないかなって」
「一理……いやあるか? まぁ……ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ早速食べてみよ? 私も気になってたんだよねこのチョコ。すごくおいしいらしいよ」
「へぇ。ほんとだおいしいな」
「ん~おいしい~あま~い」
幼女さん、それ以上はいけない サイドストーリー置き場 さくさくサンバ @jump1ppatu
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