拵物

「これは、おそらく宝石人形の模造品ですね」


「……つまらんの。これも、おんしも」


「生憎ですが、こちらにも長寿な方は多いですから」


瞬間空気中の温度が下がり、パキリと薄氷が割れる音が人形師の背後から聞こえる。


「ふーん?言いよーことがさっきと違うなぁ。騙しとったんか?」


姫尊は揶揄うようにくふふっと笑うが、弧を描く瞳の奥にはチリチリと焦げ付いた苛立ちが見える。

人形師は姫尊から発せられる明らかに人の身を超越した圧に身震いしてしまいそうになるが、自身の迂闊な発言から招いた事態を収めるべく事を荒立てないよう明朗に説明する。


「政事は短命な人間の仕事です。時代に遅れないため、禍根を長く残さないため人の理に外れた者などはこの国では要職に就けません」


「続けえ」


「人形師という仕事柄、理に外れた元人間や神魔に属する種族と接することが多いのであのような言説になりました」


「……あいわかった」


姫尊の瞳から剣呑さが消えたのを確認して、人形師は無意識にあがっていた肩をそっとおろす。


「宝石人形シリーズの全貌を掴んでいるというわけではないのですが、それなりの数を診てきた宝石人形修理師としての見解を述べさせていただいてもよろしいでしょうか」


「うむ」




「まず、宝石珊瑚からなる宝石人形というのは初めて拝見しました」


人形師は棚の下段から小さな桐の箱を取り出し中身を並べる。


「我が国の近海で産出されている宝石珊瑚は赤色です。こちらを御覧ください」


「うむ、随分と色の薄い赤ばい」


「貴国では複数の宝石珊瑚が取れるのですか」


「さて、供えられておったのは赤に白に桃に……これとは違う濃い赤。そう、これがあったばい」



姫尊はそう言うとスルリと簪を引き抜き人形師に手渡す。

人形師は黙って受け取り、しげしげとその簪を観察する。


その簪は、細長い手のひらほどの大きさで枝に林檎が成る様子を模したものだった。

枝の部分はべっ甲に細かな彫りで見事に木の枝再現されている、葉はヒスイで林檎の部分は血赤のような濃い赤色で姫林檎ほどのサイズがある。


いまにも唇で触れたくなる、その赤色の果実に人形師は目を見張る。


「これは……逸品ですね」


「そうやろ、そうやろ」


「実物は初めて見ました。こちらで採れる珊瑚とはもはや別物ですね、色味だけでなくそちらは神性の比率高いですから。加工はどなたが」


「……おんしとそう変わらん、普通の人間ばい」


「自然のゆらぎを保ったままこのピュアな加工技術、一度お話を聞いてみたいですね」


「…………幽世で会えるばってん、どげんしたか?」


どこからか吹いた冷たい風が人形師の頬を撫でる。



「カクリヨ?」


姫尊はうっそりと笑みを作りこちらに手を伸ばす


オレンジの匂い、白魚のような血の気の失せた肌




ふわりの漂う死の薫り




「なりません姫尊!!!!!」


「鹿鳴、はやか」

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【3節連載中】宝石人形師のちょっと不思議な日常譚 牡丹 @peonyjewel

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