白里霧中

「元は淡か桃色ん珊瑚やったが、今ではこん有様や」


庭のガボゼから部屋の中に丁重に移動させ、研究台兼ベットに珊瑚の宝石人形を寝かせる。

姫尊は珊瑚の宝石人形を指して目を細めている。


「これは、どこから」


「こん国ん舶来もんやったかな?教会で似たようなもん見かけて、稚児が綺麗やねって見惚れたば思い出して里帰りばさせよ思うてな」


「教会所持の宝石人形なんてあったか……まあいいか。いつから動いてないですか」


「それが、動くなんて知らんやったけん。こん国に来てから知ったっちゃん」


「……航行中に核が壊れたのか?こことは異なる強い理に近づいて崩壊したか、あるいは……」


人形師はブツブツと仮説を立てながら核の収められる場所である紋章を探るため、いつものようにメンテナンス用の白手袋をはめて専用のライトを当て始める。

しかし、東の国に住まう姫尊にはそれが異常な行動に映った。


「な、なんばしよっと!乙女の肌を無遠慮に触りおってからっ」


「なにって、紋章を探してます。あぁ宝石人形は性別のない物なのでお気になさらず」


「気にするわ阿保う」


身を寄せるように身体を掻き抱きながらプルプルと真っ赤になって訴える姫尊に、やはり子どもは面倒だと思った。

しかし、面倒ではあるが顧客である。


人形師は要望を汲み、専用のライトのみで当たりをつけることにし、改めて珊瑚の宝石人形に向き直る。

個体ごとにサイズのバラツキがある宝石人形だが、今まで人形師が見てきた最小サイズよりも明らかに小さい珊瑚の宝石人形をくまなく確認する。


(珊瑚の宝石人形は初めてだ……)


浅瀬に生息するサンゴ礁の珊瑚とは違い、海中深くに生息する硬い珊瑚は宝石珊瑚と呼ばれ海にまつわる神魔的な事象で稀に使われることがある。この珊瑚の宝石人形も間違いなく宝石珊瑚を用いて作られたものだ。

また宝石珊瑚はアクセサリー加工も人気で、元々は女性の御守りの意味合いが強かったのだが、近年品良く存在感を放つと鉱石からなる宝石類を抑え年配者に人気だ。


現在、世界では濃い赤色から白色まで様々な赤色濃淡の宝石珊瑚が発見されているのだが、近海では深い赤色の珊瑚しか採れない。



もっともピンクから白までの淡い色は東の国付近の海域でしか採れないとされており、舶来品であるという姫尊の言葉とは食い違っている。

そのうえ、宝石人形に必ずある紋章が見当たらない。


「もう少し詳しく見ても」


「ううむ……よい」


「一時退出願いたいのですが」


「イヤばい!」


「…………わかりました」


人形師は説得をはなから諦め、更に緻密な確認をするため道具棚から眼鏡を取り出す。

フレームは神魔両方の性質が深く混ざり合う扱いの難しいニワトコに、薄いガラスはウアジェトとラーの目を模した水晶体をレンズ状に加工したものらしい。

らしい、というのもピュスマルシェで神魔石彫刻師の祖母が買ったものを更に譲り受けたもので、詳しいことを人形師は知らないため神魔の濃度のみ見通す眼鏡という認識である。



これを人形師が使うのは、宝石人形の核が見つからない場合の最終手段である。


神魔性の薄い物が極端に見えにくくなったり、逆に神魔性の濃いものがはっきりと見えすぎたりと遠近感が狂うため使い勝手が悪いという理由もあるが、最終手段である最たる理由は他者の神魔を覗く行為は褒められたものでないからだ。


宝石人形などの物質を視ることはあまり問題ではない。(好まないドールマスターもいるにはいるが)

しかし、人形師の顧客であるドールマスターを覗いてしまえば、これまでの信頼は喪失してしまう。

ルビーの宝石人形のメンテナンスのため、この後訪れてくる予定にある神軍楽園守護部隊に所属する戦場の乙女など信心深い人物ならば、二度と店に現れることはないだろう。


だからこそ人形師は万が一にも姫尊を視てしまわないように退出して欲しかったのだが


「なあ、どげん?はようみせえ!」


「もう少しおまちくださっ、」


姫尊に何度も急かされ、迂闊にも人形師は反射的に姫尊を視た。

いや……覗てしまった。


神魔を覗いてはいけない本当の理由、それは、




「くふふ、なんぞ面白いものでも在ったばい?」



理の外にいる者たちに見咎められてしまうからだ。


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